第80話 ケジメ

「ブロ……調子に乗るんじゃない。ない。大人に逆らってどうなるか、分かっているのか。のか?」

「逆らわんぜ。俺はただ、当初定めたルールに従い、そのルールをお前さんを肥えさせるためだけに変えないだけだ。俺の仲間がやった罰は俺が受ける。それでいいだろう?」


 シツツイの恫喝のような言葉に一切怯むことなく立ち上がるブロは、降参のポーズを見せるかのように両手を上げる。

 だが、その目はまるで屈服している様子はない。


「ふ、ふん……キサマァ……『種族としても半端である』貴様に責任ある職を与えた恩を忘れおったか、たか!」

「恩を忘れるはずがねぇ。お前さんには感謝しているよ。だからこそ……これ以上肥えて健康を害さないようにしてやるのさ」

「ッッ!!」

「ケジメは取る。だから、お前さんの欲求は引っ込めてくれ」


 肥えた豚が鼻息荒くして顔も怒りで真っ赤にして立ち上がる。

 そして、テーブルにあった酒瓶を持って、勢いよくブロの頭に叩きつけた。


「なっ、ぶ、ブロ!」

「ブロー!」

「き、きゃあああああ!」

「あっ、ブロ! 『帽子』が!」


 砕け散る瓶。飛び散る破片。そしてその勢いでブロの被っていた帽子が飛び……え?


「おい、何事かね? これは……ん?」

「なっ、お、おい!」

「アレは……ブロくん……ん? え? なに!」


 不良たちは「ヤバい!」と慌てだし、客の貴人たちは「ありえないもの」を見て驚き固まっている。

 俺も……似たようなもんだ……


「な、お、おい、アレは……」

『……』

「なァ、トレイナ……ブロの頭……耳も……」


 トレイナに問うが、大して驚いている様子はない。

 まさか……


『余があやつのことを、こう言ったであろう? ……『半端者』……と』


 トレイナは最初から気づいていたんだ。

 このことを。

 深々と帽子を被ったブロの正体を。

 青く逆立たせた、オールバック。

 その額から、僅かに伸びている一本の「角」。

 そして、人間とは異なる、尖った「耳」。


「おい、アレはブロくんか? どういうことだね、何でブロくんが……」

「まさか、ブロくんは……」


 オークションやギャンブルで盛り上がっていた客たちが一斉に顔を青ざめさせる。

 そして、不良たちは……


「くっ、そが……ブロ!」

「おい、ブロ! ここは俺らが何とかする! おめーは、外に出てるんだ!」

「つか、何で避けなかったんだよ! どうして……」

「おい、落ち着け、おっさんたち! 確かにブロは普通じゃねーが……」


 不良たちのこの反応。そう、不良たちは「知っていた」んだ。


「あー、つめた……いちち……まっ、これも罰の一つ……甘んじて受け入れるさ。俺がどうなろうとな」


 そんな風に笑うブロに誰もが驚く中、シツツイが賭博場全体に声を響かせる。



「ふん、そう! お集まりの皆さま……この男、ブロ・グレンは……我らの目を欺いて人間社会に紛れ込んでいた……魔族なのです、です、ですですです!!」


『そう、あやつは……人間と魔人族の……混血児……すなわち、ハーフだ』



 このことだけは全く予想していなかったブロの正体に、俺も言葉を失って出遅れちまった。

 ざわつく貴人たちは、さっきまでブロに機嫌よく話し掛けていたと言うのに、誰もが手のひらを返したかのように驚き、そして恐れるように後ずさりする。

 しかし、ブロは酒瓶で殴られて濡れた頭や少し出た血を拭いながら、堂々としたままだった。


「俺ァ、別に騙してたわけでも隠していたわけでもねぇ。この帽子が気に入ったからいつも被っていただけ……それに、俺の正体は人間でも魔族でもハーフでもねーしな」


 本来なら隠しておきたかったであろう正体。

 当たり前だ。たとえ、戦争が終わったとはいえ、今の世の中はまだ異形を簡単には受け入れられない。

 だからこそ、アカさんはあんなに苦労し、そしてそれを自覚していたからこそ山奥に隠れていたんだ。

 ましてや、半魔族ってことは、完全な魔族でもなければ、完全な人間でもねえ。

 だから、シツツイもトレイナも、「半端者」と言った。

 なのに、ブロは別に動じている様子は無い。

 自分の異形の姿を隠すどころか開き直り、そしてその正体をあくまで……


「不良。それが俺の正体だ」

 

 人間でも魔族でも半魔族でもない。あくまで自分は不良だと、ブロは自分の正体を宣言し、こだわった。



「ブロ・グレン! 私が貴様を使ってやったのは、半魔族ではあるものの、貴様は街の連中や若者たちから慕われていたので都合がよかっただけだ。けだけだ!それを……それをぉ……少し、いや、かなり痛い目を見ないと気が済まないようだな、だなだなだーーーな!! この先祖代々帝国の発展に貢献し尽くしてきた、この私……シツツイ・パウハラに逆らった罪を、その身に刻んでやろう!」


『パウハラ……? ああ……こやつ、あの文官の……かつて、その知略と政治力で帝国を大きく発展させて我ら魔王軍を苦しめた、あやつの子孫か……なるほど。なぜ、あんな短絡的で頭の悪い醜い豚が大臣などしているのかと思ったが……確かに血筋は良いのだが、先祖の七光だけで地位を得ているだけの無能の豚か……』



 トレイナが何だかものすごい辛辣なことを言ってるんだが……そんな状況じゃねえ。

 たとえ、シツツイ自身がどんなやつであれ、その地位と、そして従えている奴らは本物。


「お前たち、こいつをギッタギタのメッタメタにしてやれやれやれーい!」


 その言葉と共に、シツツイの引き連れたいかつい奴らが、ニタニタと笑みを浮かべた。

 あいつら……護衛みたいだけど……戦士じゃないな……でも、カタギでもなさそうだ。


『……全員が……それなりの腕前だ。恐らくは、戦士ではなく……傭兵だな』


 トレイナがそう見立てるように、どちらにせよ只者じゃねえ。

 だが、仮にあいつら全員がかかったところで、ブロなら……


「へへ、生意気なクソガキだぜ」

「お前みたいな屑がカッコつけてどうしようってんだ?」

「さて、そのイキがりがどこまで通じるかな?」


 そう言って、数十人の男たちが瓶や椅子や鈍器などを手に持ってブロの前に。

 そして、ブロは一貫して動じずに、全てを受け入れようとしている。

 いや、そんなこと……



「「「や、……やめ―――」」」


「お前さんら、絶対に手ェ出すんじゃねーぞ!!」


 

 俺が……そして不良たちが一斉に飛び出そうとした瞬間、ブロがそれを止めた。


「これはただのケジメだ。不良とか、半魔族だ、大臣への侮辱だではなく……最初にルールを破ったのは『俺たち』だ。そこをブレさせちゃならねーさ」


 一瞬、忘れかけていた話のキッカケを、ブロ自身が改めて口にした。

 別に、シツツイはそのことを怒ってるんじゃない。それをネタに持ち出した交換条件を断られたから怒ってるんだ。

 なのにブロは……それに「俺たち」って、別にお前は何もしてねーだろうが!


「や……も、もうやめてくれ、ブロ! 俺だ! 全部、俺の所為なんだ! 俺が償うから! 俺がもう、死ぬからァ! だから、頼むよ、シツツイ大臣! 俺がクビになるし、だから、だからブロは許してやってくれ! おねげーします!」


 そう、事の発端はバケット頭がルール違反をしたことだ。

 バケット頭は泣きながら土下座して許しを請う。

 しかし、ブロは笑みを浮かべて……



「カッカッカッカ、バカたれ。平等で対等な間柄であってしかるべきの仲間やダチ……しかし、それなのに、どうして頭って存在がある? それは、時には誰よりも率先して戦い、時には代表してケジメをつけるため。これこそが、俺の役目なんだよ。だから、ゆずらねーよ!」


「ぶ、ブロ……」


「それに、お前さんが死んだら悲しいだろーが。だからお前さんは、俺がやられるところを見て、心を痛め、ルールを破ったことを後悔する。そして二度と破らねーと誓う。それがお前さんのケジメだ。人に殴られまくっただけで罪を清算した気になるよりゃ、よっぽどキツイし、もう二度としねーって思えるだろ?」



 涙を流すバケット頭にそう告げた瞬間、目の前の男が振りかぶった椅子をブロの頭に叩きつけた。


「いつまでも、寒い友情ごっこしてんじゃねーぞ、ガキが!」

「つごっ……!」

「オラァ! ケジメつけるって言ったろうが、やってみろや!」

「って……」

「ただのゴミ屑のくせによぉ!」


 ブロは一切避けなかった。そんな無防備なブロに、男たちは容赦なく殴り、蹴り、叩きつけ、思う存分にいたぶる。


「や、やめろ、もうやめてくれ!」

「くそ、くそ、くそお!」

「いや、おねがい、ぶ、ブロが、しんじゃう!」


 青ざめる不良や女たち。一方で貴人たちは……


「いや、しかし、ブロくんは……いや、アレは半魔族なのだろう?」

「そうだ! 私たちを騙していた! こんなの詐欺同然だ!」

「もし、アレが半魔族だと知っていたら、関わったりしなかった!」

「そうだ!」


 この光景、本来なら目を背けるようなものを、「ブロは半魔族だから」という理由でむしろ正当化しようとしている。


「そうだ、所詮テメエはバケモンだ! 不良のゴミ共とつるむことしかできない、どうしようもねえやつだ!」

「そんなテメエがカッコつけて、俺ら大人に逆らおうなんて許されると思ってんのか!」

「ほら、泣いて土下座して詫びでも入れろ!」


 やられ放題で、言われ放題。

 しかし、ブロは一切反論せずに、ただ立ったまま攻撃をいつまでもくらっている。

 決して倒れず、折れず、やられ続け、血が飛び散って、そのツラも体も痛々しく傷を刻まれている。

 なのに……


「ぶ……ろ……」


 俺は思わず打ち震えた。この感情をどう表現していいか分からねえ。

 ただ、どれだけやられても、一切その眼光は相手に屈服していない。

 相手よりもずっと強いはずのブロなのに、自分の信念に基づいたケジメをつけるため、それを貫こうとしている。


「こ、いつ……」


 俺は、ブロの開き直った性格や、ケンカの腕や、若者や街の奴らに慕われている様子などをこの目で見てきた。

 確かに、「普通とは違う」、「強い」、「人気者」、などの印象は抱いたが、そこまでだった。

 普通とは違う性格も、力が強い奴も、人気者も、ブロ以上のやつなんてもっと居るだろうと思っているからだ。

 でも、この生き様……あり方……どこまでも自分を貫き、決して弱みを見せないその姿は……


「こいつ……す……スゲぇ……」


 尊敬など出来るはずのない不良。いや、不良とか、人間だの魔族だの半魔族だの、もう俺個人として、 そこは関係なかった。

 ただ、俺は思わず同じ『男』として心が揺れた。

 だからこそ、これを見せられてただ突っ立っているだけでいいのか?

 蚊帳の外でいいのか?

 たとえ、俺は部外者だったとしても、何もできないのは嫌だった。


『おい、童……無粋なことをするでない。バカで理解不能ではあるが……それでも、あやつはあやつなりに戦っている……それに手を出すか?』


 気づいたら、俺は足を踏み出していた。

 そんな俺に、トレイナは苦笑するが、それでも俺は……



「関係ねーな。俺は仲間じゃなけりゃ、不良でもねえ。ただ……目の前でいつまでも不愉快なことを繰り返されるから、手を出すだけだ」


『ふははははは、気に入らないから手を出す。世間はそれを不良というのだ』



 俺は、装着していたゴーグルを投げ捨てていた。

 俺の足は、もう止まらなかった。

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