第26話 二人の会話

 世界を救った七勇者のうちの二人。 

 人類の英雄でもある親父と母さんが、メイドであるサディスに並んで土下座していた。


「すまねえ、サディス。俺がこの馬鹿にきつく言っておくからよ」

「こいつが、こんな馬鹿だなんて……もし、私たちの知らない間にもこういうことさせようとしていたんだったら……ごめんね、サディス」


 親父とおふくろにとってサディスはただのメイドじゃねえ。

 妹のような、娘のような存在であり、二人にとっても家族なんだ。

 そんな家族相手にパンツを見せろと言った俺の言葉は、二人にとっては逆鱗ものであり、病み上がりの俺をぶん殴った後、ひたすらサディスに謝っていた。


「んふふふふ~、いいですよ~、旦那さま、奥様。坊ちゃまもお年頃、女の肉や下着に興味を持ってもおかしくないでしょうしね~」


 一方でサディスは一切傷ついている様子無く、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 どう見ても、サディスが俺をからかったなんて、あの顔を見れば分かるだろうに……


「ったく、アース。お前も反省しろよ?」


 そう言って、親父はもう一度俺の頭を小突いた。

 そして……


「ほんとーよ、こんちくしょう。あんたがエッチ本を隠してたってのは聞いてたし、あんたもそろそろそういう歳なんだろうけど、よりにもよってサディスになんてこと頼んでんのよ!」

 

 そう言って、俺の耳を引っ張るのは、どう見ても十代……というかサディスと同じ歳ぐらいにしか見えない。

 長い赤毛を左右二つに結び、真っ白いパーティードレスに身を包み、キリッとした眩しい目をした少女のような女。

 しかし、これで実は年齢は三―――


「うらあああ、聞いてんの?」

「ごはっ!?」


 おまけに、貧にゅ―――


「なんとなく、もう一発よ!」

「ごほっ!?」


 七勇者の一人として、かつて大魔王トレイナを打倒した英雄。


『ふん……相変わらずの騒々しさだな。マアム……忌々しいこやつすら、懐かしいと思ってしまうものだ』


 そう、俺の母親、マアム・ラガンだ。


「つか、親父も母さんも仕事だったんじゃねえのかよ……」

「お前が倒れて意識失って苦しんでるって聞いたから、休憩時間の合間に戻ってきたんだろうが!」

「なのに、帰って来てみたら、サディスにパンツ見せろとか、何考えてんの!」


 また一発ずつ二人に殴られた。

 くそ、俺としたことが、まさか二人の気配にも気づかないぐらい、サディスのパンツを気になってたとは……



「あ~、もう悪かったよ。とにかく、俺はもう大丈夫だからよ。さっさと二人も仕事に――」


「何だその言い草は! だいたい、俺らを仕事に戻らせて、お前は何をしようってんだ!」


「サディス、本当に大丈夫なの? 最近、全然家に帰れてないけど、エロイことされてないの?」


「はい、オッパイを御願いされたことはありますが……おっと、これは内緒でしたね♪」


「「アーーーーーースッッ!!」」



 そして、また俺は殴られた。くそ、ちょっと納得できねえぞ……


「♪」


 俺がそう思ってサディスを睨むも、サディスはしてやったりの顔だった。

 ただ……


「では、せっかくですので旦那様も奥様も夕食を取られてから戻られたらどうです? 坊ちゃまと一緒に」


 ぬ……ぬぬ?


「あ~……まぁ、それもそうだな。腹も減ったし」

「うん、夜の会談まで少しだけ時間があるし……それもそうね」


 そのとき、俺はまた何とも言えない気分になった。

 そして、もう一度サディスの顔を見ると、今度はニッコリと微笑んで「頑張ってください」と面白がっている。


「よーし、久々にサディスの手料理だな!」

「ねえ、サディス。私も手伝うわ、久しぶりに一緒に作りましょう♪」

「ええ、喜んで」


 いや、別に家族でメシを食うことぐらいは何もおかしくないんだよ。

 つか、それは当たり前のことだ。

 だが、我が家に関しては珍しい方だ。

 親父も母さんもそれぞれ忙しくて、三人揃ってメシを食う機会は殆ど無かった。

 別にそれを寂しいとは思わないし、もう慣れて当たり前のことになっていた。

 だから、逆に家族揃ってメシを食うとなると、少し身構えちまう。


「ヒイロとアースはリビングで待っててよ」

「では、坊ちゃま、私はこれで♪」


 しかも、母さんはサディスとキッチンに向かい、結果的に俺と親父の二人きりで待つことに。

 なんか、スゲー気まずいというか、変な感じというか……


「そーいや、一緒に食うのはどんぐらいぶりだっけ?」

「さあ……忘れた……」

「そっか……」


 なんか気まずい。



「「………………あの……っ」」


「な、なんだ?」


「親父の方こそ……」


「いや、お前から……」


「いや、俺は別に……」


「「…………」」


『貴様ら、お見合いか??』


 

 そんな俺たちの気まずい様子にツッコミ入れるトレイナ。

 ちょっと、呆れた様子だ。


「アカデミーはどうだ?」

「まぁ、……ぼちぼち……」

「そ、そっか……」

「おお……」

「あ、そういや、フーとリヴァルが帰ってきたんだってな。あいつら、スゲー強くなってるみたいだからな」

「ああ……みたいだな」

「今度の御前試合は俺も母さんも見に行く。一生懸命な姿を見せてくれよ」


 一生懸命な姿……マジで、生きるか死ぬかの鍛錬をしているんだけどな。そんなこと微塵も思ってねーだろうな。


「そ、そういや、お前はそろそろ彼女とか出来たりとかねーのか?」

「……は? なに? 唐突に」

「いや、お前もそろそろ、そんなかな~ってさ……」

「い、いねえよ……」

「そうか~? サディスに変なことしてるし……姫様にはどうだ? 失礼なことしてねーか?」

「してねーよ。まぁ、あの御方は俺のこと、嫌いなんだろうけどな」

「……は? 何言ってんだ、お前。姫様が……お前を嫌ってる?」

「見てりゃ伝わるよ」

「……いや、お前……ま、お前はそういう感じか……こりゃ、どーしたもんか……」

「?」


 つか、ハズィ。何で親父とコイバナなんてしないといけないんだよ。

 あ~、てか、そうじゃねえだろ。

 こうして親父と話をすることになったら、色々聞こうと思ってたことがあったのによ。


「……なあ、親父……」

「ん?」

「親父は……何で戦士に……帝国騎士になりたいと思ったんだ?」


 本当に聞きたかったことは……これではない。多分。

 いや、そもそも俺は何を親父に聞きたいのか、まだ整理できていない。

 ただ、トレイナが俺に言われて親父に興味を持つようになり、しかし親父をどうやって知ればいいのか、何を聞けば親父を知れるのか分らず、俺はとりとめのないことを聞いていた。


「なんでって……ああ、そういやお前もそろそろ志望戦士届提出の時期か」

「まぁ、……一応……」

「なんだ~? ひょっとして、お前、帝国騎士になるのを迷っているんじゃねーだろうな?」

「……迷っているというより、何で俺は帝国騎士になるんだったか、よくわかんなくなっちまってさ」


 俺が帝国騎士に進むことを悩んでいる。

 その話をしだすと、案の定親父は慌てふためき出した。

 やっぱり、親父の中でも俺が帝国騎士に入るのは確定みたいな感じだったんだな。


「か~、これだから成績に余裕のあるやつは……父ちゃんは帝国騎士になるの、マジで大変だったってのに……」

「昔はもっとなりやすかったって聞いてるけど、それでも大変だったって、親父も相当……」

「うぐっ……」


 そう、親父は劣等生だった。俺の総合順位は学年2位だから、親父よりも遥かに上だ。

 しかし、それで親父より俺が上だと言うやつは一人も居ない。

 だが、俺はそのことばかりを意識して見ていなかったことがある。


「そんなに、帝国騎士になりたかったのは、何でだ?」


 成績劣等生だった親父が、どうして帝国騎士になりたくて、頑張って、そして大魔王を倒せるまでになった。

 それは、何故?


「……父ちゃんは……そうだな……仲間や友達を守りたいとかそういうのもあったが……最後はやっぱり人類や世界のためにと思って戦った……でも……原点は……」


 守りたいものがあった。

 勇者と呼ばれるようになってからは、心から人類や世界のために戦うようになった。

 だが、最初からそうだったわけじゃない。

 

「俺は……正義の味方になりたかったんだ」


 それは、俺が初めて聞く親父のこと。


「ガキの頃、父ちゃんと母ちゃんがまだ田舎の村に住んでいた頃……モンスターに襲われている所を、正義の味方に助けてもらったことがあるんだ」


 勇者としての親父の「功績」しか知らなかった俺が聞いた……


「俺も……あんな風に誰かを助けられる人になりたい……全てはそこから始まったんだ」


 親父の始まり。すなわち、原点だ。


「そいつ……帝国騎士だったのか?」

「さあな……俺らを助けて、そのまま名前も言わずに行っちまった……だが、その誰かを助けるのが当たり前みたいな姿に……俺はスゲーカッコいいと思って……憧れた」


 照れくさそうに、どこかガキみたいに目を輝かせて俺に話す親父。


「俺は単純だからよ。当時の俺たちの時代は正義の味方って言ったら、帝国騎士って感じでよ。だから、帝国騎士になって正義の味方になりたいと……そう思ったんだ」


 そして、今はその夢を叶え、今でも多くの人々を救い、守っている。

 

「……そっか……」


 初めて親父の話を真剣に聞き、そしてそんな親父を眩しいと思った。

 だからこそ、俺は余計に思い悩む。

 俺にそんな想いはない。

 なら、俺は何をしたいんだろうか?

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