第14話 魔王様のケンケンパ

『では、柔軟はそれぐらいにして、早速ラダートレーニングに入ろう。これなら余がデモンストレーション出来よう』


 そう言って、トレイナはハシゴを地面に寝かせる。

 いよいよ始まる大魔王の訓練。

 それは……


『では、まずはラダーの正面に立ち、ハシゴの足場と足場の間にある真四角のマス目を踏むように……』

「ああ……」

『両足を揃えながら素早くジャンプして進んでいく。ストレートジャンプだ。ハシゴに躓かず、踏まず、マス目のみに着地しなければならない』


 ……大魔王が両足揃えてトトトトとジャンプして進んでいった……



『ほら、貴様も続け』


「お、おす……」


『終わったらまた最初の地点に戻り、今度は、両足を揃えて左右にジャンプしながら進む。コツはちゃんと両足でジャンプし、両足で着地すること。片足着地にならぬことだ』



 かつて、世界を震撼させた伝説の大魔王が両足でチョッコチョッコとジャンプして……



『次は片足、もう一回片足で進んで、そして三回目に両足を開いてジャンプ。次は反対側で、こう、開閉を繰り返して、ケンケンパ、ケンケンパ、とリズムよく』


「お、おす……」



 人類を恐怖のどん底に陥れ、血と惨劇の阿鼻叫喚に酔いしれていた(?)残虐非道な大魔王がケンケンパ。


『そして、今度は、ケンパ、ケンパと素早く……』

「……ぉぅ……ぶっ……」


 だ、ダメだ、今笑ったら呪い殺されぶふっ!


『外、中、外、中、外、中、外、と両足でスラロームしていき……』

「お、おぅ」

『次は片足で、スラローム』


 し、しかし、こ、これは、大魔王がお尻を振りながらジッグザグジッグザッグ♪


『スキップしながら、いっち、にっ、さん、し! いっち、にっ、さん、し!』

「ぶぐっ、ぐる、うっ……ぶくくく……」


 大魔王のスキップスキップランランラ~♪



『やる気あるのか貴様アアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


「いや、ちがっ」


『貴様の心はお見通しだとまだ分からぬかァ!? クスクス笑いおって!』



 そして、ついにトレイナがブチ切れた。


『真剣にやると言ったであろうが』

「わ、分かってるって! 俺だって、そういうつもりだし……」


 いや、分かってる。真剣に教えてくれているのに不真面目な態度は怒っても仕方ない。

 だが、目の前であの大魔王がスキップとか、ケンケンパしてるの見て、笑うの不可避に決まってる。

 つか、多分俺は歴史上初めて大魔王のスキップを見た男だ。


『まったく……よいか? このラダートレーニングはウォーミングアップだけではなく、基礎能力向上には効果的なものなのだ!』

「そ、そうなのか?」

『そうだ! まったく、どうやら貴様にはまず効果を説明した方が良いようだな』


 そう言って、少し顔を赤らめて怒りながらも、トレイナは俺にこのヘンテコなモノの効果を教えてきた。


『このラダートレーニングでは素早いステップワークやストップや方向転換、さらには減速、切り返し、そして加速の能力を鍛えられる。それがどういうことか、分かるか?』


 ダメだ、さっきのスキップは忘れよう。もう、笑わない俺大丈夫わらわないもの。

 さて、真剣にこれについて考えねーとな。

 今のトレイナの言葉で得られる機能の向上……つまり……


「体の使い方がうまくなるってことか?」

『もっと細かく言うなら、神経と筋肉の反応スピードを速くするというものだ』


 神経と筋肉の反応スピード? 分かるような、分からないような……



『人間も魔族も脳からの指令を神経から筋肉へと伝達する……反射神経が良いというのは、この脳、神経、筋肉の伝達反応スピードが速いことを言う。このラダートレーニング、狭く限られた空間での、減速、切り返し、加速は脳で分かっていてもちゃんと筋肉まで指示が伝達しなければうまくいかないのだ』


「ほ……ほう」


『脳と神経と筋肉を協調させることで、体を思い通りに、速く正確に動かせるようになり、結果運動能力は向上。更に……反応スピードが速くなるということは……魔法の発動もまた速くなるということだ』


「ッ!?」



 なかなか興味深く、ハッとさせられるものだった。

 マヌケな鍛錬に思えたが、そう言われてみれば効果がありそうな気がしてきた。

 しかも魔法の発動も速くなる?


『戦闘において、頭で分かっていても体が追い付かないということはよくあること。脳で思ったイメージに体が追い付かないギャップやタイムラグが戦場では生死を分ける。そのギャップを埋め、頭で思い描いたイメージ通りに自分を動かすこと……これは『身に付けられる技術』だ。そう思って、このラダートレーニングも真剣に取り組め』


 頭で描いたイメージ通りに体を動かす。しかし、それは意外と難しいというのは納得だった。

 漠然と親父の剣をイメージしているだけだったり、剣の素振りも惰性で行っているだけで、明確に自分が何をしたいかのイメージがそもそも無かった俺には、今までなかった鍛錬だ。



「分かった……なんか、理解できてきたぜ」


『うむ。では続きだ! それ、いっち、にっ、さん、し! いっち、にっ、さん、し!』


「い、いっち、にっ、さん、し!」


『声を出せ! 声を出してリズムをまず覚えろ! 体に刻め! 恥ずかしがらずに声を張り上げろ! ケンケンパ! ケンケンパ!』


「お、押忍! け、け、ケンケンパ! ケンケンパ!」


『腕をちゃんと振り上げ、膝も高く、素早くリズムよく、メ・リ・ハ・リだ!』



 っていうか、真剣にやったら、これ、意外に難しくてキツイぞ?

 しかもステップによっては素早くやろうとすると変な形になったり、体が崩れたり、ハシゴを踏んじまったりする。

 確かにこれでトレイナが言うような機能の向上ができるかもしれねえ。



『よし、慣れてきたら少しずつ難易度を上げる。今度から余が外から行うステップを指示する』


「押忍。指示通りにちゃんとやれってことか?」


『無論、それだけではない。ステップ及び……魔法の属性も指示する』


「は? 魔法……?」


『そうだ。基礎魔法を指先に少し出すだけで構わん。『火』と指示したら、マッチの火ぐらいで十分だ。ただし、貴様は今から余が指示したステップをしながら、指示された属性の魔法を同時に発動させるのだ』



 今度はステップだけじゃなく、魔法も? まあ、基礎魔法だけでいいなら、何とかなるか?


『では行くぞ、雷でクロスステップ』

「おう、クロスで、う、あれ? うおっ!」

『遅い! 次は風でケンパケンパだ』

「ぐっ、ケンパケン、ってやべ!」

『どうした、魔法が出ておらんぞ? 次ぎ、風でキャリオカ!』

「風、よし、出て、うおっ……」

『ダメだ、躓くな!』


 ……いや、ちょ、これ……


「な、なんだこりゃ、メチャクチャ難しいぞ!」


 ステップしようと思ったら魔法が出来なくて、魔法を発動させようとしたらステップができねえ……

 と、そんな俺の手こずっている様子を予想通りだとトレイナはほくそ笑んでいる。



『当たり前だ。別のことをやりながらステップ。別のことをやりながら魔法。すなわち、同時に別々のことをするというのは、かなりの神経を使い、反応を混乱させる。鍛えられていない人間は、必ずどちらかに偏ってしまう』


「偏る……か……」


『例えば、貴様は女のオッパ……コホン、乳房を見ながら魔法数学の勉強をできるか? 計算より乳房に集中力を奪われてしまうであろう?』


「と、とっても分かりやすい……確かに……」


『それと同じだ。ましてや、魔法剣のスタイルとは本来、剣と魔法、二つのことをちゃんと両立して成立するものなのだ』



 俺に合ったとても分かりやすい例を示してくれ、俺は深く納得してしまった。

 そして、それは俺がこれまで模倣でやっていた魔法剣にも言えることなのだと。


『戦闘前に魔法を剣に宿してそれを振り回すだけなら可能だが……剣を振りながらその状況に応じた魔法を臨機応変に素早く発動させること……これはかなり難しいことだ。だが、これを身に付けることが出来れば、戦闘における動きの質が飛躍的に向上し、更には魔法の精度も上がる。精度が上がるということは、魔法の質や威力も向上するということだ』


 聞けば聞くほど、俺が今までやってきたことがいかに考えなしで底が浅かったかを思い知らされ、同時にこの一見マヌケな鍛錬がどれほどのものかを理解してしまう。



「やべえ、ラダートレーニング……ハンパねぇ」


『そう、これぞ余が考案した、マジカルラダートレーニングだ!』



 名前はダセエが、素直に感心するしかなかった。

 これを俺がちゃんとできるようになれば……


『分かったか? このウォーミングアップは、これから毎日行う。これに慣れていけば、貴様は戦いで少し違った風景が見えるはずだ』

「押忍!」

『では、風のスキップ!』


 俺は人生で初めて、真剣に強くなるためのスキップスキップランランラ~をした。

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