第12話 モチベーション

「……で、マジなのか? あんた……俺を鍛えるって……」

『まぁ、……先ほどは余も少々取り乱したが……だが、暇ではあるし一興かもしれんな』

「いや、しかし大魔王が勇者の息子を育てるとか……」

『むしろそれがいい! ヒイロの子を、余が染め上げるのだ! フハハハハハ、ヒイロの絶望する顔が目に浮かぶ』


 最初は色々と激怒して、俺を鍛える宣言をした大魔王だが、今はとても悪い笑みを浮かべている。

 どうやら、何だかんだで面白そうだとでも思ってるのか、もしくはずっと封印の間に居たものだから、今は何をやっても楽しいのか、その本心は分からねーが、とにかく俺を鍛えるという言葉を撤回する気はないようだった。

 とはいえ、俺も勢いに押されて、訓練のためには必要だと言われるものを色々と買わされたが……


「……なんか……めんどくせーな……」

『ヲイッ!』

「だいたい、たった二カ月だろ? それぐらいで、どうにかなるとも思えねえしな」

『そんなもの、気持ちの持ちよう次第だ。特に貴様のようなヒヨッコは、最初は伸びやすいものだ』

「いや……俺、伸び悩んでるから、困ってるんだが……」

 

 そう、俺だって何だかんだで、自分にできることはやっている。

 アカデミーの中だけでなく、サディスに勉強見てもらったり、自分でコッソリ鍛錬したりもしている。

 だが、そんなものを一蹴するかのように、あの神童は蹴散らす。

 自分の努力が結果に結びつかないどころか、「勇者の息子なのに」とガッカリされる。

 そうなると、段々とアホらしくなってくる。



『なるほどな。モチベーションの低下というやつだな……それは、目的までの距離を遠く感じて憂鬱になったり、自分の道が分からなくなったときなどに起こりがちだが……ちなみに、一つ聞くが、貴様の将来的な計画や目標は何なのだ?』


「……え?」


『貴様は将来何になり、何を成し遂げたいのだ?』



 それは、まるで大人が子供に将来の夢を聞くようなことだった。

 だが、改めて問われると、俺はうまく言葉が出なかった。


「さ、さあ……そんなこと言われてもな……とりあえず、帝国騎士になるんだろうけど……」

『それは自分で決めたのか?』

「……い、いや……そうじゃねーけど……ただ……皆、俺がそうなると思ってるし……」

『なるほど……そもそもそこからか……』


 大魔王はそう言って溜息を吐いた。


『明確な目標や、将来の自分に対するイメージ像も持っていないのであれば、何のためにトレーニングするのか分からんだろう?』

「い、いや、でも俺は……」

『姫に負けたくないとか、親や周りの期待に応える……まぁ、そういうのはあるかもしれんが、モチベーションを維持するには弱いな』


 まさか、大魔王に進路や将来のことを言われるとは思わなかった。更にはモチベーションまで。

 だが、確かに俺は別に「戦士になりたい」と思っているわけではないかもしれない。

 ガキの頃はそれこそ「親父みたいになりたい」と思っていたかもしれないが、今でもそうだとは思わない。


「んなこと言われても……いきなり聞かれても……分かんねーよ……」

『まぁ、そうだろうな……』


 今まで深く考えたこともないんだ。

 いきなり聞かれても分かるはずがないと俺が言うと、大魔王は納得したように頷いた。


『分かった、ではこうしよう。将来は置いておき、まずは身近で明確な目標と期間を設ける。そのためのトレーニングと思えば良かろう』

「身近な……? それって、姫に勝つっていう……」

『もう少し言えば、二か月後の卒業記念御前試合の優勝だな』

「ッ!? ……いきなり……そう来たか」


 将来のことや目標がふわふわしている俺に与える明確な目標として、なかなかハードなことを言ってきやがった。

 まぁ、『姫に勝つ=優勝』みたいなところはあるかもしれねーが……


『そして、次に必要なのはトレーニングを意欲的に打ち込むためのモチベーションをどこに持っていくかだ』

「モチベーションか~……やっぱ必要か?」

『当たり前だ。人に言われてただやるだけのトレーニングより、自分が意欲的に打ち込む方が効果的だ。そこで、何かモチベーションを上げることはないか?』


 言わんとしていることは俺も分かった。だが、それが分かれば一番苦労しないってもんだ。

 なぜなら、そういうモチベーションみたいなのが無いから、俺も最近は腐ってたんだ。

 別に、そこまで帝国戦士になって、帝国の平和をどうのこうのとか大層な理由もねえしな……


『モチベーションを見つけるなら、正義だとか平和だとか薄ら寒いご立派なものよりは、不純なものの方が意外といいぞ?』

「えっ……? 不純?」


 その時。俺は俺の内心を見透かした大魔王の提案に耳を疑った。



『そうだ。なぜなら、人というものは誰もが綺麗で純粋な心をいつまでも持ち続けられるものではない。ましてや、つまらん立派なことにいつまでもやる気を出せるような奴は稀だ。人間の醜さや欲望は、余の方が十分知り尽くしているのでな』


「お、そ、そうか……そういうもんか?」


『だから、金が欲しいとか、もしくは貴様の父に優勝したら好きなものを奢ってもらうなどの褒美を約束させるとか、何でも良いぞ?』



 立派な理由よりも不純な方がいい。考えたことも無かったが、そういうもんなんだろうか?

 だが、それはそれでいいのかもしれないが、難点としては、別に俺は小遣いに困っても無ければ、親父とメシを食いたいとも思ってねえ。


「う~ん……不純なモチベーションか……」


 それもまたパッと思い浮かばず、俺は唸ったままだった。

 すると……


「おや、坊ちゃまお帰りなさいませ」


 気付けば俺は屋敷に辿り着いており、玄関前の庭で掃除しているサディスが俺を迎えてくれていた。

 そして、サディスは俺の持っているものに早速、目を細めた。


「坊ちゃま、寄り道も買い物も自由ですが……なんです? それは。色々と買われているようですが……『ハシゴ』など買ってどうするのです? そちらの袋は……裁縫針? いえ、『鍼』? どちらにせよ、全て屋敷にありますよ?」


 そう、訓練に使うということで、大魔王が俺に買わせたものの中に、何故かハシゴがあった。

 屋敷にもあると言ったが「訓練用・自分専用」で一つ持っておくべきだと、何故か買わされた。

 正直何に使うか今は俺も分からねーが、とりあえず……


「ま、まぁ、ちょっとな」

「……外から私の入浴を覗こうと?」

「ちげーよ! ちょっと鍛錬するのに使うんだよ……」

「はぁ?」


 たまに俺の鍛錬も見てくれるサディスも流石に何にハシゴを使うのか分からずに首を傾げてる。

 そりゃそうだな……おっと、そうだ……


「そうだ、サディス」

「はい?」

「今日からのメシについて……献立スケジュールを見せてもらっていいか?」

「……えっ!?」


 そう、これも大魔王の指示だった。

 食事も訓練の効果を上げるための一つだと、朝、昼、夜のメニューまで徹底すると言ってきやがった。

 当然、今までサディスにそんなお願いをしたことないので、ビックリされてる。



「か、構いませんが……どうされたのです? 坊ちゃま。今までそんなこと気にされたこともなく、私の作ったものは『お嫁さんにしたいぐらい美味』と仰ってましたのに……そして、私がその発言を毎回スルーすることでいつも凹んでいらした坊ちゃまが何故?」


「ま、まあ……それも……とりあえず、勝つためにな」


「……はい?」



 全ては、二か月後の卒業記念御前試合で優勝するため……とのこと。

 だが、そこまでするものなのかと俺もまだ微妙な気分だが……俺がそう思っている時点で、やはりモチベーションが低いってことなんだろうな……


「坊ちゃま、勝つとは? 何かあったのですか? お悩みがありましたら、私も今日はイジメませんので相談に乗りますよ? アホらしい理由だったらイジメますが」


 俺を心配そうに窺ってくるサディスかわいい大好き……モチベーション……不純……う~む。

 そのとき、俺がパッと思いついたあまりにもアホらしい考え。

 

「なあ、サディス」

「はい、なんでしょう」

「二か月後……卒業記念御前試合があるんだが……」

「ええ、存じております。私もその日は応援に行くつもりです」


 こんなもん、怒られるだろうがモノの試しで……


「俺がもし……その大会……優勝できたら……」


 やっぱり……一度、私服姿のサディスとデートしたい……

 

「えっ!? ゆ、え!? ぼ、坊ちゃま……? い、いま、なんと? 幻聴ですか? 坊ちゃまが……自ら……優勝?」


 そりゃ驚くだろう。俺が最近ではあまりやる気なくて、色々と諦めているのはサディスもよく分かっているはず。

 そんな俺の口から、今まで一度も出たことない「優勝」という言葉に、サディスが珍しく混乱している。

 そして俺は……言う。


「そ、その大会で俺が優勝したら……」


 やべ、緊張してきた!

 そりゃそうだ……でも、サディスだって俺の気持ちは分かってるし……別に結婚しろってわけじゃなくて、まずはデート……それだけだ。

 それだけなら、サディスもしてくれるかもしれない。

 デート……手を繋いで歩いて……アーンとかして……ハグしたり、キスしたり……そ、その後は、まあ、雰囲気次第では……夜には……


「オッパイ触らせてくれ!」

「ッッ!? ……あ゛?」

『ほう……』

 

 ん……?


「ッ!!??」


 しまっ、ちがっ?! 

 

「あっ、いや、ちが、サディス! い、今のは……」


 心の中で思い描いた妄想を口に出しちまった!

 あっ、サディスがとってもニッコリ笑顔で怒って……で、大魔王も「ほう」じゃねーだろうが!

 

「……ぼっちゃま……うふふふふ、おほほほほほ、ずいぶんと笑えない冗談過ぎて、逆に笑ってしまいました~……」

「あ、はは……ご、ごめん……間違えて……ワリ……忘れてくれ」

「……………………」


 俺のバカ野郎! 違うだろ……俺はサディスと……もっと、こ~、純愛というか……


「…………………分かりました。いいでしょう」

「………えっ?」


 いや!? えっ?! へ?! え!? えっ!? い、いま、サディス……なんて?


「ハッキリ言ってクソ虫以下の要求であり、セクシャルハラスメント事項として旦那様に報告ものですが……しかし……あの坊ちゃまが、無謀にも優勝を宣言……一瞬ですが私も心が揺れました」


 そう言って、サディスは真剣な顔で俺と向き合い……



「ですので、旦那様には絶対内緒ですが……坊ちゃまが優勝できましたら、そのときは! 私のオッパイを一日好きにしていいこととしましょう!」


「ッ!?」


「まったく……姫様などはこの大会の優勝で帝国民や他国に対して帝国の武威を証明と、これからの時代を引っ張ることを皆に示すなどの尊く気高いことを考えられているでしょうに、坊ちゃまはオッパイですか……」



 聞き間違いじゃない……?

 俺のことを蛆虫以下の存在を見るような冷めた目をしているが、俺にオッパイを触らせる……だけじゃなく、一日自由!? 親父にも内緒!? 優勝したら、マジで、えっ、このオッパイ自由にしていいの!?


「何をガン見してらっしゃるのです? 優勝したらですよ?」

 

 そう言って、少し照れた様子を見せながらサディスは掃除を終えて屋敷の中へ戻っていく。

 そして、残された俺は玄関前で……


「お、お……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 やる気出て来たあああああ! つか、何で一度もこれを思いつかなかった!?

 優勝したら……優勝したらサディスのオッパイをアレしてもコレしてもナニしても!?

 えっ? 純愛? 知らん、何それ? つか、オッパイは十分純愛だろ?


『……ま、まあ……不純な方がいいと言ったのは余の方だしな……』


 少し呆れたように大魔王が呟くが、そんなこと気にしてる場合じゃねえ。



「大魔王ッ! いや……トレイナ! 俺は……俺は絶対に優勝してやる! だから、俺を鍛えてくれ! あんたの言う通りにやってやる! だから……お願いします、押忍!」


『…………』


 

 これから指導を頼むトレイナに、せめてもの礼儀を示すため、俺は姿勢を正して初めて頭を下げた。

 勇者の子が大魔王に頭を下げるのがどうとか、関係ない。

 今から俺たちは、師匠と弟子の関係なんだ。

 そして、トレイナは少し呆れたように溜息吐きながらも……


『う、うむ、よかろう! では、二か月後の御前試合は優勝で、そして乳房だ!』

「オオオオッ!」


 命に懸けても達成してやると、俺は自分自身の魂に誓った。

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