第6話 魔王の魔法

「とにかく、こんなもんさっさと終わらせてやらぁ!」


 罰として与えられたサディスの作った問題集。

 俺は憂鬱な気分になりながらも仕方なしに机に座って取り掛かることにした。


『ほう。一応はやるのだな……』

「だって、やらねーとサディス怒るし……ガチで嫌われたら……俺、困るしよ……」

『…………』

「おい、黙るな。ハズイだろ」

『いや、うん、まあ……口調や態度のワリには初々しいものだな』  


 俺が大人しくサディスに従うことにどこか感心したように覗き込んでくる大魔王。

 テキトーに二~三だけ言葉を交わして、俺はすぐ魔法数学の問題文に集中した。


「……えっと……分解して……ここに代入して……」


 アカデミーの授業で出るものより少し難易度があるサディスのオリジナル問題。

 面倒な計算式ばかりでケアレスミスが本当に命取りだ。

 ましてサディスは、解答は間違ってても途中までの過程が間違ってなければもらえるはずの「部分点」とか絶対にくれない。

 正解か不正解でしか判断しないので、検算に時間もかかる。


『ほう……数式の問題か……』

「るせ、今は集中してるから話しかけるな」


 大魔王も暇なようで俺が解いてる問題を覗き込んできた。

 すると、俺の回答を見ながら大魔王は……


『……ふむ……基礎的な学力は父親よりずっと優秀のようだな』

「ッッ!?」


 持っていたペンを思わず握りつぶしてしまうほどの衝撃に俺は震えた。


「えっ……な……え? お、親父より……優秀?」

『ん? 何か間違っているか? あやつは誰がどう見てもまともな学業成績の無い単細胞馬鹿であろう?』


 親父より優秀だと言われたのは、初めてだったからだ。

 確かに、親父はアカデミー時代、座学的なものは苦手だったと聞いている。

 だが、そのことで俺は親父より「優秀」と言われたことは無かった。

 言われたのは「親父より要領はいい」という微妙な誉め言葉だけだったからだ。

 だからこそ、「親父より優秀」という言葉に俺は戸惑ってしまった。


『まぁ……こんな数式解けたところで、実社会でも魔法研究においても何の役にも立たぬがな……』

「ッ……」

『使うとしても、学力の差を図るための試験のみ……つまり試験のためだけの勉強ということだ』


 誰もが一度は思う「こんなの覚えて何の役に立つ?」その疑問の答えを、大魔王自らが「何の役にも立たない」と切り捨てやがった。


『なんだ? 急に項垂れて、手も止まっているぞ?』

「誰のせいだと……」


 俺は何のためにコレをやってんだよ……と、急にアホらしくなった。

 なぜなら、自称全知全能の御方が役に立たないって言っちゃってるんだから……


『それにしても、貴様ら人間は非効率だな。そんな長ったらしい日常生活では使う機会のない計算をチマチマやってどうする? 重要なのは解答であろう?』


 すると、手の止まった俺に溜息を吐きながら、大魔王は問題の無意味さ以外にも、そもそもやり方が「非効率」と口を挟んできた。


「非効率?」

『そうだ。いちいち細かい計算を一つ一つやるより、方程式さえ頭に入れておけば、後は『自動計算』した方がもっと効率的だろう』

 

 大魔王の言う言葉に、俺はよく理解できなかった。


「じ、自動計算? なんだそれは?」

『ああ、そういえば……貴様ら人間はそれが出来ぬのだったな……仕方ない』


 俺の疑問にすぐに納得したかのように頷く大魔王。数秒少し黙った後、大魔王は俺にある提案をしてきた。

 

『よし。それを終えなければ外に出られんのであれば……少し余も協力してやろう』

「協力? なんだ? あんたが解いてくれるってのか?」

『そうではない。今から余が指示する通り……魔法習得のための契約魔法陣を作れ』

「魔法陣?」


 それは、特定の魔法を覚えるための儀式をしろってことか?


『魔法は修行によってその威力や精度のレベルを上げていくが、初級魔法は全て魔法陣による契約をしなければ習得できん。ちなみに、貴様は魔法陣を自分で作ったことは?』

「あるに決まってんだろ。基礎的な魔法や、風、雷、土の属性も自分で契約して習得したぜ? そういう作業も自分でやってこそ成長するって、サディスがよ……」

『ふむ……それならば大丈夫であろう。よし……床に六芒星を描き、魔力を練りながら余が言う呪文を詠唱しろ』

「……マジか……それでどうなるってんだ?」

『より、効率的になる』


 まさかの勉強中に魔法契約をしろとの指示。

 早く終わらせて外に出るなら、こんなことしている暇があるなら一つでも問題を解いた方がいい。

 だが、それでも大魔王が「その方が効率的」ということで提案していること。

 何だか俺はそれに興味が沸いた。


『詠唱は……『ウェンドウズマアイイクロソフートオフェイスベンリイ』……と、こう唱えろ』


 案の定、今まで一度も聞いたことない詠唱だった。

 つまり、これは大魔王オリジナル……?


「一体……どんな魔法なんだ?」


 もし、これが大魔王オリジナルなのだとしたら、俺は柄にもなくガキのように少しワクワクしちまった。

 いくら人類の宿敵とはいえ、大魔王の魔法を俺が使えるようになるってことだからだ。

 そして、その魔法とは……


『自動計算魔法・エクセイルというものだ』

「えくせ……いる?」


 聞いたことねえ。どんな魔法なんだか……まあいい。


「ふ~ん……まぁ、いい。鬼が出るか蛇が出るか……我と契約せよ『ウェンドウズマアイイクロソフートオフェイスベンリイ』……求めし力の名は……『エクセイル』!」


 そういや、新しい呪文と契約するのは久々だったな。

 独特の淡い光が溢れ、床の魔法陣が俺の肉体へ侵食し、包み込み、そして一つとなって俺に新たなる何かを身に着けさせる。


「……これで……いいのか?」

『十分だ』


 床の魔法陣も綺麗に消え去った。これは、新たな魔法を習得した証明でもあり、うまくいったということだ。


「で……? 俺はこれからどうすればいい?」

『エクセイルを唱え、頭の中で方程式を思い描いて数字を代入してみろ。詠唱も先ほどと同じ古代魔法語だ』

「わ、分かった……ウェンドウズマアイイクロソフートオフェイスベンリイ・エクセイルッ!!」


 唱えた。さぁ、どうなる?

 少しだけ、いや、どんどん頭の中がスーッとしていく感覚に包まれる。

 これは、計算や暗記などで頭を使う時に、調子がいいときに感じる感覚に似ている。

 この状況で方程式を頭に思い描いて数字を代入……ッ!?


「……4545072……え?」


 頭の中で描いた方程式に数字を入れた瞬間、一瞬で数字が頭の中に……まさか!


『自動計算された……それが答えだ』

「ッ!?」


 なっ……!?


「なにいいっ!? ば、ばかな、あ、あんな長い計算を……お、俺、今、一瞬で?」

『そうだ。方程式の中でも細かい分母や分子に分けての計算や関数も全て、式さえ頭で思い描けば、後は自動で解答を導き出す』

「ッ!?」

『それが余の開発した……『エクセイル』だ』


 ばかな! だからって、こんな一瞬であの複雑な計算を……そんなこと……


「ちょ、ちょっと待ってろ! い、今、魔法解除したうえで、け、検算してみる……」

『好きなだけ確かめてみるがいい』

 

 信じられないにも程がある。もし、こんなことが可能だとしたら……魔法数学分野におけるあらゆることが……試験の意味すらも……マジか?


「っ……答え……4545072……同じだ」

『分かったか?』

「こ、今度は他の問題で! ぶつぶつ……エクセイル!」

 

 あの、長ったらしい計算をいちいちやったり、ケアレスミスを気を付けたり、何度も検算する必要もなくなる?

 おいおい、そんなの……


「……69……こ、ま、マジか……はは……おいおい」

『どうだ? 効率が良いであろう?』

「は、はははは! くははははは! 最高だ!」


 俺は歓喜した。

 まさか、こんなことでこんな便利な魔法を習得できるとは思わなかった。

 これは使える。

 というより、方程式さえ覚えれば、後は楽勝。

 なら、これであの姫にも魔法数学だけは……?


 しかし、俺はまだ気づいていなかった。


 大魔王が持つ魔法や知識が役立つのは魔法数学だけではなく、むしろこんなもの序の口だった。

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