第1話 天才の壁
帝国戦士アカデミー。
俺が入学して既に三年が経ち、学年末の筆記試験結果が張り出されていた。
俺の名前はすぐに見つけることが出来る。
――1位:フィアンセイ・ディパーチャ、2位:アース・ラガン
そう、前から2番目だ。だから見つけるのは簡単だ。
この三年間、大体成績は必ず前から10番目以内には収まっていたから、別に俺にとっては驚くことでもない。
ただし、俺は1位になったことだけは一回もない。
そして、それは筆記だけに留まらず、実技でもそうだった。
「うおおおおおおおっ!」
「甘い……お前の全てを我はお見通しだ、アース」
俺の能力値は人よりも優れている。だが、誰にも負けないほど飛び抜けているわけではない。
「雷属呪文・キロサンダー!」
「先週より呪文の威力も上がっている。この短期間でよほど努力したようだが……想定の範囲内だ」
「ッ!?」
それを俺が自覚したのは、俺の身近に俺をも遥かに凌駕する本当の天才が居たからだ。
ペンだこできるほど勉強しても、鼻息荒くして武器を振り回しても一度も勝てない天才。
「ほら、足元が疎かになっている」
「うおっ、しまっ……ッ!」
「これで……一本だ」
今日も俺はこうして立ち向かうも、あえなく地に平伏せさせられる。
「模擬戦はそれまで! 勝者、フィアンセイ!」
そして、こうやって地面に仰向けになって俺はまた空を見上げ、同時に歓声が上がる。
「うおおお、すげえ! これでフィアンセイ姫の全勝だ!」
「三年間一度も敗北することなく……このまま卒業までパーフェクトでいかれるか?」
「フィアンセイ様……素敵……」
「才色兼備文武両道……流石は……『七勇者の一番槍』とまで言われた『ソルジャ陛下』の血を引く神童」
「ああ。アースも弱くないんだけど、フィアンセイ様には一回も勝てないんだからな」
屋外の演習場。外野から聞こえる同級生たちの声に、俺は溜息を吐いた。
結局いつもと同じような声しか今日も聞こえなかったからだ。
「まだまだ甘いな、アース」
「ぬぐっ?!」
「短期間で魔法と剣技それぞれの力は上がっている。その努力は認める。だが、魔法剣としてはまだ使いこなせていない」
そして、普通は戦った相手と健闘を讃え合うものだというのに、勝者からは敗者である俺を見下した声。
「今のままでは、勇者である父君にガッカリされるぞ? アースよ」
「め、面目、ありませんね、姫様……」
美しい金色の少しロールのかかった長い髪の女。凛とした表情と瞳と、穢れを知らない真っ白い手足。
女の身でありながらスラッとした高身長。母性を感じさせる豊満な胸。
服装こそ、皆と同じように白い半袖ハーフパンツの運動着を着ているものの、その神々しいオーラと存在感は誰が見ても異質だと思わせるほどのもの。
「おい、学校での我らは対等。ましてや幼馴染であろう。フィアンセイと呼べ。慇懃無礼な敬語も癇に障る」
「は、はぁ……」
そしてこうしていつも叱られる。でも、普通に接しろって言われても、無理。だって、この人この国の皇女だし。
「にしても情けない。我に一度も勝てぬとは……これでは次の『卒業記念御前試合』も、優勝は我になるな」
「は、はは、そうすね」
「笑いごとか? 卒業したらお前は晴れて戦士となり、王宮に仕え、父君と共にこの帝都を守る要となるのだろう? そのお前が姫である我より弱いなど、情けないにもほどがある」
この説教を俺は何度聞けばいいのだろうか。
相手が姫でなければ「うるせえクソ女」と叫んでた。
幼馴染じゃなければ殴ってたかもしれない。
「これで世界を救った勇者の息子など、恥ずかしくないのか?」
この学校には俺以外にも貴族だったり、親父と同じ『大魔王を倒した勇者一味』の子供が居る。
だが、その誰もが学問でも戦闘でも、姫であるフィアンセイには勝てない。
なのに、こいつが毎回説教するのは俺だけ。いい加減、俺も腹が立ってくる。
そして、俺がこいつにムカついてんのは、説教だけじゃない。
「でも……姫様は流石だけど……でも、アースくんもやっぱり強いよね」
「うん、ちょっと近づきがたいけど、顔もちょっとワイルドでカッコいいしね……」
「家もお金持ちだし……」
来たッ! クラスの女子たちが、顔を赤らめて俺を褒めてくれている。
これは嬉しいし、照れる。
姫には勝てないが、俺は学年2位だから部類としては優等生なわけだ。
おまけに、家柄だって良いわけだから、普通なら女子はほっとかないわけだ。
なのに……
「……おい、そこのお前たち!」
あっ、もう行きやがった! 観戦席に居た女子たちに姫が早歩きで接近して、顔をグイっと出す。
「お前たちは少し勘違いしているかもしれないが。確かにあいつは秀才で、顔の造形も悪くないかもしれないし、裕福な家庭だ。だがな、あいつは捻くれたところもある。かなり性格が天邪鬼で、素直でない所もあり、何よりも助平だ。幼少の頃、無礼にも我の下着を覗き見たことだってあるし、今だって部屋に艶本を隠している。この間も自室の机を二重底にして魔法トラップまで仕掛けて隠していたことを奴のメイドから聞いた。いや、年頃の男子であればそれも致し方ないのではあるが、そんなコソコソとエッチなものを隠れ見ている情けない奴だ。それに容姿にしても、顔つき自体は悪くないが、目つきがかなり悪い。いや、悪いと言っても野性的で男らしいと思えなくもないが、とにかくガラが悪い。家庭も裕福で奴の御両親は英雄であり、尊敬すべきお二人だ。しかし、優しすぎるところもあり、奴は甘やかされて育っている。そういうのは嫌であろう? いや、でも別に努力してないわけではないぞ? 意外と我に勝とうと勉強も鍛錬もしているのだから。そういう負けん気があり、人知れず影で努力する姿は我すらも見惚れるが、それでも、あ、あれだ、うん。あいつは女子に対するデリカシーがない。うん、だからあいつを狙うのは絶対にやめるべきだ」
早口でまくし立てるように俺の悪口を延々と女子たちに吹き込んでいく。
そして、それを聞いた女子たちは笑顔を見せながら……
「うふふふ、分かってますよ~、姫様」
「私たちの中で……いいえ、この帝都に居る女の子は誰もアースくんの恋人になろうだなんて、絶対に思いませんから」
「ねー♪」
くそ、俺を馬鹿にしてんのか?
そう、俺は普通に考えたらそこまでモテないはずがない。
なのに、この三年間一度も恋人が出来なかった! だから、当然俺は一度も……ムフフな経験がない!
それもこれも、俺をよっぽど嫌いなのか、女子たちに俺の悪口ばかり触れ回る、あのクソ姫のせいだ!
ふん、だがいいんだ別に……俺には……そう、もう心に決めた女が居るんだからな!
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