少し先の話。ハロウィン特別編メイドとハロウィンな日常。
その日、目が覚めて扉を開けると。
「……何してるの?」
「あ、先輩。おはようございます? 何かおかしいですか?」
なんか乃安が、着物に袴を履いていた。なんか、モダンだ。
「……どうしたの?」
「……似合いませんか?」
「いや、似合うけど」
すらっとした印象を受ける乃安。和装は良く似合う。一見すらっしていても。出るところは出てるのが恐ろしい。
「うん。とても似合う」
「ふふん。そうですかそうですか。どうですどうです?」
「似合うよ。似合うって」
「それは良かったですよ。先輩、結構こういうの好きじゃないかなーなんて思ったので張り切った甲斐がありました」
僕の少々おざなりな印象を受けそうな感想にも、乃安は満足気な笑みを浮かべた。
「先輩先輩」
そして乃安はそっと腕を絡めてくる。それをやんわりと躱す。
「駄目ですか?」
「……うん」
「そうですか、では、これだけ」
嫌悪感は一切ない、戸惑っているだけな僕の感情をあっさりと見透かし、乃安は頭だけ寄せてくる。求めていることはわかる。
差し出された頭にそっと手を乗せて、後はゆっくりと柔らかく、優しく動かすだけ。よく手入れされていることをうかがわせる。艶のある、思わずしばらく触っていたくなる滑らかさがある。
うっとりと目を閉じて、自分から頭を手に押し付けてくる乃安の様子は、どこか甘えてくる猫を思わせた。
しばらくして、そっと手を離すと、乃安は柔らかい笑みを見せる。
「ふぅ、ありがとうございます。これで今日も頑張れます。でも、たまには、また、抱きしめて欲しいです」
「……うん」
「えへ、では、失礼します」
軽い足取りで階段を降りてくる乃安を見送って。僕も日課をこなしに、朝の空気の中、外に繰り出した。
「おかえりなさい。相馬君」
そういえば、陽菜はどんな仮装をしているのだろう。と思いながら帰ってくると。丁度玄関で出迎えてくれた。
「陽菜、今年は大人しいね」
「相馬君はどの記憶を基準に言っているのでしょう。猫耳メイドな私は幻想の記憶です」
「自分で言ってるし……」
陽菜は陽菜で。最近少し伸びてきた髪を三つ編みにして、眼鏡をかけて、ミニスカートの黒い軍服風の服を着ている。
「いかがでしょう?」
「似合うね」
「サー相馬君。シャワーの用意は完了しております。サー」
「了解」
大真面目な顔で冗談みたいなことを言う陽菜に思わず苦笑する。
「相馬君が元気な子どもを見守るような目をしています」
「陽菜は可愛いよ」
「……このタイミングで言われても微妙な気分なのが不思議です」
「おはよう」
「日暮相馬」
登校して鞄を置いて、図書室に行くと、司書の席に君島さんがいつも通り座っている。図書委員ではないが、通っているうちに任されるようになったらしい。「別に嫌では無いから良い」というのが彼女の言い分だ。
「おはよう」
「……はいはい、おはよう。日暮相馬。……トリックオアトリート」
「お菓子はもってないなぁ」
「そっ。じゃあ、どうしてやろうかしら」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて、君島さんの瞳は不気味な光を宿した。
「……そうだっ。これ着けて」
「……えっ……何で持ってるの? ……まさか、君島さん」
「妙な勘違いするな。殺す」
「せめて脅しに留めて」
「そうだねぇ……乃安ちゃんに着けたかったけど。男どもの妙な視線に晒されるぐらいなら、日暮相馬に着けて奇異の視線に晒した方が面白いか」
「なにその悪魔のような考え」
しかもどちらにしても君島さんは美味しい思いができるのか。
「勘違いしないで。日暮相馬の猫耳姿で、莉々が美味しい思いはしないから。乃安ちゃんに着けたら眼福だけど」
「まぁ、そこには同意するよ」
「乃安ちゃんを変な目で見たら地獄に落とす」
……言えるわけが無い。毎朝、頭撫でてるとか。
やんわりと頭を抱えながら苦笑いを返すことしかできなかった。
「おはよう。相馬くん。頭のやつ可愛いね」
教室に戻ると、魔女が登校していた。目ざとく猫耳を見つけてニヤニヤと。
「布良さんも、なんか……」
帽子を被ってマントをつけて杖を持っているだけだけど。
夏樹はクルクルと杖を振り回して何かを思い出そうとしている。
「なんだっけ? えっと、アブラカタブラ? えくすぺく……」
「それ以上はいけない」
「アバタ……」
「なぜ連続で地雷を踏みに行く!?」
「あは、面白い」
ひょいひょいと軽く杖を振りながらカラカラと笑う。
「さて、相馬くん。トリックオア~トリック!」
「悪戯する気しかないのか」
「あは、どうされたい?」
「そっちの選択権はあるのね」
スッと夏樹の肩に手が回され、背中にもたれかかる少女。夏樹の耳元で。
「では、私も。夏樹さん、トリックオアトリートで」
「陽菜ちゃん……えっと……迷うな……」
「迷う要素あるのですか? 鞄の中のビスケットで済ませていただいても構いませんよ? 私は」
「えっ、でも陽菜ちゃんに悪戯されてみたい」
「……真顔で何を言っているのですか?」
陽菜が少し困った顔をしながら、夏樹の口にクッキーを押し込んだ。
「うん。強制トリート美味しい。さて相馬くん」
「何してくるの?」
「んー。そうだ! はい、手を構えて、こんな風に」
と、夏樹は両手を顔の横に、そのまま猫の手のポーズ。
「……僕にやれと?」
「ぜひやりましょう。相馬君。はい、ぜひ。そのまま『にゃん』と言いましょう」
「絶対根に持ってるでしょ、去年のこと。陽菜、絶対根に持ってるでしょ」
「持ってませんよ。ただ、私としましては、相馬君の可愛らしい様子を見たい。ただその一心でございます」
陽菜までポーズをとって僕に催促してくる。そこまでしたらもはや本末転倒な気がするが。まぁ、仕方ない。
「はい」
と、夏樹の真似をする。
「はい、では復唱してください。『悪戯してくださいニャン』」
「わかりました」
「えっ、あは、あははは、ちょっ、やめて、陽菜ちゃん、あはは、なんで、はは、あはははは」
「悪戯してくださいと言ったのは夏樹さんですよね。ご要望のままに」
「ちょ、相馬くん、とめて、あはは、ははは、ひーっ、ひ、はは」
「陽菜、そろそろ。本物の魔女みたいなことになってる」
涙目で息を切らした夏樹。どこか満足気な陽菜。
ハロウィンな朝は賑やかに終わった。
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