第71話 メイドと班別行動2

  「私たちは布製品の材料の買い出しです」

「了解。じゃあ、二人も、行こうか」


 さて、どうしよう。気まずいな。陽菜との沈黙は基本的に心地の良いものなのだが。こうして、交流会という名目で集められて静かというのは、なかなか辛いものがある。

 どうにかしなきゃな、なんて考えつつも、一歩踏み出せないのは、僕の弱いところだ。思わず頭を掻く。

 陽菜は陽菜で今、仕事に集中しているところだろう。だから僕がどうにかしないといけないのに。

 成長しないな、本当。いや、まだ始まったばかり、今から動かなければ。そう決心と覚悟を決めた瞬間だった。

 久遠さんが陽菜の方に近づいて行ったのが見えたのは。





 「あの、朝野さん」

「はい」


 目的の店はもうすぐというところで声をかけてきたのは久遠さんだった。どこか困り顔のようにも見える。……これはあれだ、お仕えするようになって最初の頃、話題探しを頑張っていた相馬君がよくする顔に近い。


「朝野さんって、凄いって聞いたんだけど」

「はぁ。凄い? ですか」

「うん。料理も上手で裁縫もできて、成績も良くてって、何でもできるって、布良さんが」

「夏樹さん……なんでもは大げさですね。それに、自分がしていることを凄いと思いながらする人も、そうはいないでしょう」

「……確かに」


 時間の使い方が、違っただけ。それを例えば人間関係を発展させることに、絵の技術を磨くことに、ゲームの技術を高めることに、その他、いくらでもある。何かに真剣に向き合う時間が、誰しもきっとある。

 私はそれがたまたま、メイドとしての技術を磨くことに、費やしたというだけなのだ。


「さて、着きましたね。では、私が話を付けてくるので、皆様はそこで待っていてください」


 そう言って私は目的の品の選定と、受け取りの日取りの話をするために店に足を踏み入れる。


「あっ、私も。一応代表ポジだし」

「助かります」


 二人でお店に入る。さて、どれにしましょうか。


「朝野さんって、付き合ってたりする? 日暮君と」

「返事待ち、ですね」

「あー」


 ……なんかすごく実感のこもったため息が聞こえた。思わず久遠さんを見ると、凄

く同情の気持ちが感じられる視線を注がれているのに気づく。


「大変だね」


 否定しようと思った。けれど、久遠さんのやけに実感のこもった声に、思わず、微かに頷いてしまう。


「でもね、いつか来るよ、答えを出してくれる日。きっとくる」

「そう、ですね」

「ふふっ、ごめんね、急に」

「いえ、ありがとうございます」


 相馬君に疑念を抱いていたわけじゃない。ただ、私も、少しずつ怖くなっていた、彼の出す答えを受け取ることを。それがもし、自分が望んでいた答えじゃなかったとしたら、と無意識でも想像してしまう時があるから。

 だから、嬉しかった。久遠さんが示してくれた。

 答えとちゃんと、向き合わなきゃいけない日がくると。示してくれた。

 臆病な自分の頭を掴んででも、それと向き合わなきゃいけない日が、来るんだって。私にとっては、とても気が楽になることなんだ。


「……これにしましょう」

「うん、良いと思う。頑丈そうだし。簡単には破れないかな」





 「……日暮さんに一つお聞きしたいことがあります」

「どうぞ」


 残された僕と萩野さん。どうしたものかと思ったら、意外にも向こうから話を振って来た。


「夏の花火大会、あったじゃないですか」

「うん。あったね」

「お二人と、すれ違ったことがある気がしまして。朝野さんと、日暮さん」

「うーん? どこで?」

「山の中の神社です」

「山の中の、神社……あぁ、もしかして、朝倉さんと久遠さん。九重君もいた?」

「はい、いました」


 神社からの帰り道、四人組とすれ違ったのを、ふと思い出した。もしかしてと思ったら、そうなのだろう。


「うん、あの日のことは、全部、覚えてる」

「? 何か、あったのですか」

「まあ、色々と」


 そうだ、強くなろう。そう決めた日なのだから。僕がちゃんと胸を張って、陽菜の隣に立てるように決めた日で。情けない先延ばしの日々が、始まった日なのだから。


「君と九重君は、強く信頼し合っているみたいだよね」

「えぇ。わかりますか?」

「うん。目と目で通じ合っているというのかな、それがわかる」


 背中を預け合える関係、というのだろうか。僕はまだ、陽菜の背中を預かれる。そんな域に至っていない。


「私は、それをあなたと朝野さんの間で感じますよ」


 だから、萩野さんの言葉に、素直に頷けなかった。


「あはは、それは嬉しいな」


 こんな風に、笑って誤魔化すことしか、できなかった。


「羨ましいとすら思ったからさ。そう見えるなら、嬉しいよ」

「信頼し合える人がいるというのは、良いものですね」

「僕はまだ、信頼とか、そういうのを預けてもらえるような人じゃ、無いから」

「日暮さん自身がそう思っていても、周りがそう見ていない。立派な人だと評価していることは、往々にしてありますから」


 萩野さんの言っていることに、納得をしないわけではない。

 僕を信じるな、信頼するな、なんて偉そうに命令なんてできないから。それを決めるのは、あくまで相手方。

 観察するような視線を浴びながら、僕は、陽菜が今もまだ、僕に思いを寄せてくれている。その事実を改めて見つめて。その事実に驕るなと、目を背けるなと、戒める。そして直感する。答えを出すことを強いられる日は、近いと。


「あっ、戻って来たね」

「そうですね」

「後日、先生が引き取りに来れるよう、話を付けました。布は重いものですから」

「そうだね」

 その言葉に頷いて、向こうのグループはどうか確認する。

「今、乃安に連絡したから、合流しよう」

「そうですね」

「じゃあ、昼食にしようか」


 久遠さんの提案に頷く。陽菜の親愛を込めた視線がちらりと僕に向いた。これに、応えられる日を掴めるように。




 「あっ、陽菜せんぱーい、相馬せんぱーい」


 乃安がぶんぶんと手を振る。休日のこの場において、制服は目立つだろうか、そんなアピールはしなくて良いと思うんだけど。と、思ったら。


「陽菜ちゃーん。相馬くーん」


 と、夏樹もぶんぶんと手を振り始めた。凄い、この二人。


「お二人とも、あまり騒がないでください。学校に苦情が行ったら困るのは夏樹さんですよ」

「あ、あはは。ごめんなさい」


 ペコリと乃安が頭を下げる。少し呆れたように、陽菜の表情が緩んだ。


「では、一階のファミレスで良いでしょう。お昼時ですから、すぐには入れないと思いますが」


 確かに、外の椅子も近くのベンチも、人で埋まっている。休日のショッピングセンターらしく、人でごった返している。

 これは少しかかりそうだな。でもまぁ。交流先の人たちが悪い人じゃないこと。むしろ、過ごしやすい人達であることに、少しだけ安堵している自分がいる。

 



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