第30話 メイドと関係。
「ひーぐらーし君」
「ん?」
新学期初日。午前で今日は終わる。
鞄を背負い、珍しく、まだ席に座っている陽菜を待とうかと思ったところ、布良さんに手を取られる。
「陽菜ちゃんから今日、日暮君をレンタルする許可貰ってるから。行こっ」
「レンタル?」
「うん。今日、もう予定無いでしょ。そんなわけで、レッツゴー」
「えぇ?」
手を引かれ、そのまま、学校の外へと連れ出された。
「どこに行くのさ」
「じっくり話せるところ。日暮君と腰を据えて話したこと、思えば無かったなーって」
駅前の通り。きょろきょろと辺りを見渡しながら歩く。
「腰を据えてお話ね。忙しかったからな、振り返れば」
「そうだね。入学直後でバタバタして、テストでバタバタして。陽菜ちゃんが告白されてバタバタして。家出騒動でバタバタして。夏休みは楽しく遊んでバタバタして」
ここで、別に話をする理由は無いとは言わない。
話をしない理由も無いし。布良さんとは今後も仲良くしたいから、面倒でも嫌でもない。
ただ、陽菜を抜きに二人でということに、戸惑っているだけだ。
「いっそ、私のおすすめのところに行こうか」
「どこ?」
「私の家の目の前の喫茶店」
「じゃあ、電車だね」
「良いんだ?」
意外そうな顔をされる。
「おすすめでしょ」
「う、うん」
そんなわけで、電車で一駅。この前来た、布良さんの住むマンション、その目の前の喫茶店に入る。
落ち着いた雰囲気のある喫茶店。
今は人が来る時間帯では無いのか、静かで、大学生くらいだろうか? 男の人がなにやら一生懸命パソコンに何かを打ち込んでいるのが見える程度だ。
女性の店員に窓際の席に通される。
「ふふっ」
「ん?」
「んー。なんかデートっぽいなぁって」
「まぁ、そう思うのも無理は無いと思うよ」
「ありゃ以外。もうちょっと初心な反応されると思った」
ほくほく顔でメニューを開きながら、そんなことを言う。
「別に、実情は違うし。布良さんとは、仲の良い友人だと思っているよ」
「あは、嬉しい。ちなみに、ここのおすすめはココアです」
「じゃあそれで」
「オッケー。神代さーん」
「はーい。あっ、布良さん。いつもありがとうございます。ココアですね?」
「うん、二つお願いします」
「はーい。少々お待ちください」
顔見知りなようだ。常連なのだろう。そんな距離感だ。
メニューを横に置き、ニヤニヤとした笑みを向けてくる。
「何?」
「可愛いでしょ、あの店員さん」
「ん?」
カウンターの方に目を向ける。
色素が薄いのか、薄茶色の髪色は、布良さんを彷彿とさせた。綺麗な顔立ちをしている。可愛いと美人で考えるなら、美人の方に寄っているな。
スタイルはエプロンの上からでもわかるくらい、かなり良い……と考えたところで頭を振る。何を考えているんだ僕は。
「あは、日暮君も男子高校生だねぇ。いやぁ、顔が良くてスタイルも良いってうらやまぁ。もう少し仲良くなれないかなぁ。ちょっと壁が厚いなぁ」
布良さんも……と言いそうになって、僕は友人に何を言おうとしているんだと思いなおした。ったく……調子が狂うな。
「陽菜ちゃんに言っちゃお」
「やめい」
「安心してよ。からかっただけだから。リベンジ達成」
「ったく」
そんな会話をしている間に、ココアがテーブルに置かれた。
「お待たせしました」
「うん。ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
一口飲んでみる。
……うめぇ。
「すごく、美味しい」
「でしょ。さて、日暮君。お話、しようか」
「お話ってそこまで意気込んでやるものなのか?」
その言葉に答えず、布良さんはマグカップを傾け一口飲んで、姿勢を正す。
背筋を伸ばした。真剣な話なら、真剣になるべきだ。
「ねぇ、日暮君。陽菜ちゃんと、どうなったの?」
「陽菜から聞いてないのか?」
「よくわからないから、日暮君に聞いちゃおって」
「うーん」
いつものふんわりとした雰囲気が引っ込む。
布良さんの可愛らしい顔立ちも引き締まり、圧を感じる。
「好きなんだよね、陽菜ちゃんのこと」
「うん」
「陽菜ちゃんから、告白、されたんだよね?」
「あぁ」
「そして、日暮君も陽菜ちゃんが好きで、どうして恋人になっていないのか。私には理解できない」
陽菜も恐らくしたであろう、あの時の会話を、僕はそのまま説明した。
布良さんは何も言わずに、最後まで聞いてくれる。
話終わり、ココアを一口。
安心する甘さに、少しだけ心が落ち着いた。その奥に感じる苦みに、息を吐いた。
「やっぱりよくわからない。好き同士なら、一緒にいる。そういう関係になるのに、十分じゃん。恋をするのに、付き合うのに、相応しいとかあるの?」
布良さんがぶつけてくる主張は、正しいとわかる。
「陽菜は、僕が良いと言ってくれた。その言葉を受け取るのに、相応しい人に成りたいんだ」
「付き合いながら目指すのは?」
「甘えてしまうのは嫌だ」
「自分に厳しいね。そして、とても誠実で、残酷。片思いで告白するかしないかで迷うなら、その主張も理解できるよ」
「うん」
「陽菜ちゃんは、今の日暮君に、好きだと言ったんだよ。日暮君が自分を許せるか許せないかは知らないけど、陽菜ちゃんが日暮君のことを好きだということは、知っている」
僕は。僕は……。
「自分を許さないのは勝手だけど、ほどほどにね」
「あ、あぁ」
「ごめん、責めるような言い方して」
「いや、良い」
そうだ。正しい。
正しいと思う。
「むしろ、ありがとう。布良さんの客観的な意見はありがたい」
「う、うん」
ある意味、今の僕も、陽菜に甘えているようなものだと、気づけた。
「とりあえずはさ」
「うん」
「今度は、僕から告白したいんだ」
「良いじゃん」
そのために。具体的に何をしたら良いか。
「……布良さん」
「うん?」
「後期、一緒にクラス委員、やって良い?」
「良いの? 文化祭とかで、忙しいよ」
「やったことない、難しい事をやりたいんだ」
形だけでも、成長しにいきたい。
「……良いよ。一緒に頑張ろう!」
差し出される手を握る。
「むしろ、お友達と一緒に頑張れるなら、嬉しいよ」
「ありがとう」
少しでも、一歩でも。前に進んでいれば、きっと、何か得られるはずなんだ。
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