第8話 メイドが告白されたようです。

 中間試験の結果自体は、良かった。

 布良さんは安定の学年一位、陽菜は少しだけ落ち込んでいた。意外と負けず嫌いなのかも。

 まぁ、布良さんも布良さんで、理科系科目の首位を桐野に、国語を陽菜に、数学を僕に取られ、ショックを受けていたけど。

 まぁでも、これでしばらくはゆっくりできると思うと、頑張った甲斐があったというものだが。桐野が補習だと頭抱えていたけど。

 陽菜お手製弁当の卵焼きに箸を伸ばす。

 

「あの、みなさん。少し相談があるのですが。よろしいですか?」

「相談事? 聞きます! 私が聞きましょう! 私は頼れる学級委員長なので」


 そろそろ暑くなってきた頃の昼休み。いつも通りの無表情が、少し暗い気がした。

 思わず姿勢を正した。陽菜が相談事とは珍しい。


「実は、お付き合いを申し込まれまして」

「へぇ、それがまんざらでもなくて受けるか受けないか迷っていると? やめとけやめとけ、この時期に申し込むやつに、碌な奴がいないからな。単純に彼女をアクセサリとしか思ってないような奴だろ」


 桐野が珍しくそれっぽい事を言っている。

僕に陽菜や布良さんを紹介いてくれと言ったやつとは思えない。というか、陽菜が告白されたか、あり得る出来事ではあったけど、確かに時期としては早すぎるか。


「いえ、断ったのですよ。ただ、理由を聞かれまして、それで忙しいのでと答えましたら。それでも構わないと言われまして。誰とも付き合う気は無いと言いましたら、付き合ってみないとわからないと言われまして」


 布良さんと桐野の表情が、明らかにおぞましいものを見てしまったものに変わる。


「それで困ってしまいまして、そしたらほら、付き合わない理由が無くなったと言われまして」


 おぞましいものを見てしまった二人は、さりげなく、目線を明後日の方向に向けた。


「知らない人だったので、そもそも知らない人と恋人になろうというのがあり得ませんと言いましたら、これから知っていけば良いじゃんと……」


 そして僕ら三人は静かに頭を抱えた。


「しかたないので逃げました、そしたら今朝下駄箱にこんなものが」


 それは手紙だった。


『昨日のことは気にしてないから、返事が決まったら連絡してね』


 という文章とともに連絡先が載っていた。最後に二年三組篠田大聖と名前とクラスまでが書いてあった。


「ふむふむ、よし分かった。ちょっと待っていてね。入間いるかー」


 布良さんが突然誰かに呼びかける。


「入間いるよー」


 教室の丁度反対側から声が聞こえる。、

 やってきたのはツインテールの背が低めの女の子。


「どうも、入間入鹿です。以後お見知りおきを」

「彼女の趣味は調査らしくてね、いろんなことを調べて、いろんなこと知っているんだ。早速だけどこの人知ってる?」


 そう言ってさっきの手紙を入間さんに見せるとすぐに


「はい知っていますとも、はっきり言いますと屑ですね。去年四股かけて学校中の女子を敵に回したやつですね」


 パラパラとポケットから手帳を取り出し開く。


「とは言いましても結果的にはあまり大ごとにならなかったのですよ、この男が付き合った女子も二股かけていたりしていまして、どちらかを責めることができなくなったといった感じですね」


 なるほど。どうしたらそんなことを調べられるのだろうか。

 あの手帳、うっかり落としたら火種になって、どこかで炸裂しそうだ。


「ふーん、まぁ要するにその男を諦めさせるのがベストなんだろ、なら良い方法知ってるぜ」


 そう言って僕をじっと見る桐野。


「付き合えよ、お前ら」

「何を言っているんだ、お前は」




 「さて、では、陽菜ちゃんと日暮君、ラブラブストーカー撃退作戦~」

「もう少しネーミングどうにかなりませんか? 夏樹さん」


 作戦はこうだ。僕と陽菜が恋人のフリをすることでその男を諦めさせようというもの。

 入間さんも「去年あんなことがあった人が、今度は他人の女を知ってて手を出したとなれば、それこそもう、誰も擁護できないでしょ」と助言をくれた。

 そして一番ノリノリだったのは布良さんだ。


「まぁまぁ、ほら、まずは手を握って、見つめ合って」

「えっちょっ、待って、布良さん?!」


 時刻は放課後、学校近くの公園にて。桐野は部活でいない。入間さんによると、篠田もテニス部に所属しているためこの時間は部活をしている。


「恥ずかしがらないの。幼馴染、昔からの仲なんだからこの距離も大丈夫でしょ。ほらほら~」


 至近距離で一瞬だけ目が合う。恥ずかしくて思わず逸らす。 

 一月前に出会ったなんて言えないけど。

 ほんの一瞬でも、陽菜の顔の造形の良さがわかってしまう。


「相馬君、私は大丈夫ですので、こちらを向いていただけますか?」

「陽菜はどうして平気なのさ」

「恥ずかしいのはそうなのですが、それ以前にさっさとあの男をどうにかしたいので」

「ほら、陽菜ちゃんもこう言っているのだから、男を見せて、日暮君」


 女子にそう言われてしまったら仕方がない。意を決して陽菜の方を向く。至近距離で見つめあう。陽菜の手が僕の手を握る。

 きれいな顔だなぁ。人形みたいだ。感情の浮かばない顔、じっと目を見つめていると吸い込まれそうだ。

 周りの音がだんだん遠くなっていく心臓が早鐘を打つ。うるさい。

 陽菜の表情は変わらない。こんなに僕はドキドキしているのにな。ちょっとだけ悔しい。

 自然と視線は唇に向けられる、少し慌てさせてみたいな。顔を近づける、距離が近づいていく。陽菜が目を閉じた。

えっ、良いの? 陽菜さん? 良いの?


「だめー!ストップ!ストップ!これ以上はちゃんとお付き合いしてからー!」


 布良さんの叫びで我に返ると、目を開いて、特に慌てた様子の無い陽菜と、顔を真っ赤にした布良さんが視界に入る。


「もう二人とも、どっかに意識飛ばしたかのように近づいていくのだもん、びっくりしちゃった」

「私は、相馬君が望むのであれば構わなかったのですが」

「駄目だよ、陽菜ちゃん自分を大切にしなきゃ。ファーストキスは一回きりだよ」


 顔が熱い。熱でも出たのではないのだろうか。


「でもこの様子なら、恋人のフリは問題なくできそうだね、明日から頑張ろう」

「はい、大丈夫そうです」

「頑張るよ」

「でも、恋人の真似をするだけで、キスとかその、えっと、一線を越えるのは無しだよ。えぇ、ダメ、絶対。学級委員として風紀の乱れは許しません」

「わかってるよ」


 大丈夫、これは恋人の真似、フリ、緊張するな。興奮するな。勘違いするな。クールダウン、クールダウン。


「ねぇ陽菜ちゃん、日暮君って女子とあまり関わったことないの?」

「私が知る限り、相馬君は女性経験ゼロです」

「なるほど」


 聞こえてるのだが、畜生、あの親父、そんなことまで知っているとは許さん。

しかも陽菜に教えてしまうとは……。他にどんなことを教えたのだろう。


「ちなみに陽菜ちゃんは?」

「無いです」

「そう……なんとなくわかっていたけど」

「さて帰ろう、今日は帰ろう」

「そうですね、帰りましょうか」




 家に帰り自分の部屋に入りベッドに飛び込む。まさかこんなことになるとは、恋人のフリか。

 どうすればいい、次陽菜と会うとき、おそらく夕飯ができて呼びに来るときだろう。どんな顔で陽菜を見ればいいのだろう。わからない。困った。

 そんな感じでもんもんと悩んでいると足音。


「ご主人様、夕飯ができました」

「わかったすぐ行く」


 扉を開けるよりも早く返事。

 よし!

 気合を入れて外に出ると陽菜がそこに立っていた。


「ご主人様、この度は私事に巻き込んでしまい、申し訳ありません。ご主人様のご負担になるようでしたら作戦は中止し、自力で解決する所存です」


 ……その言い方はずるい。それに珍しく表情が乱れてる。顔にはっきり書いてある、助けて欲しいと。


「見捨てないから」

「理由を聞いても、よろしいですか?」

「知らない仲じゃないし。状況を知ってて何もしないとか、そんな器用なこと、僕にはできない。それに、そうだな……君のご主人様は、そんな薄情な奴だったか?」

「いいえ。ご主人様は、とてもお優しい方です」

「なら、心配するな。できる限りのことはするさ」

「……ありがとう、ございます」


 引き受けてしまった。やる気ではあったけどはっきりとやると言ってしまってはもう後には引けない、退路は断った。

 夕飯を食べ、お風呂に入り、ベッドに沈む。

 目を閉じると夕方の公園、間近に見える陽菜の顔。


「うぐっ」


 ベッドを殴る、とりあえず殴る。

 眠れない!

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