夜行性民族

「私たち、ずっとこんなところにいるのかしら」

「じゃあ、貴方はどこへ行きたいの?」

「そんなの、決まってるじゃない!」

 切り株から立ち上がった蕗霞ふみかは、森に向かって大きな声で叫んだ。

「この森の外だよー!」

 近くで草をんでいた牛が、びくりと耳を揺らした。

 呆れた表情を浮かべた夜永は、土の入った布を牛に括り付けた。

「うるさい」

「でもぉ」

「帰ろう。そろそろ時間だよ」


 彼女たちが住んでいるのは、深い森の奥にある小さな村だ。

 一時間もあれば村を一周できるし、住んでいるのは幼い頃から知っている人たちばかり。

 男たちは密林で獣や鳥を捕まえ、女たちは家畜の世話をしたり野菜を育てたりして生活している。

 たまにこの深い森を抜けて人が尋ねてくるが、彼らは蕗霞には分からない言葉で村長たちと話すと、さっさと帰っていってしまう。


「私たち生まれてから死ぬまで、ずっとこの村にいなきゃいけないのよ」

「安全で良い場所じゃない。居るなら手伝ってよ」

「夕飯のお裾分けに来ただけなの」

 近くの机に鍋を置いた蕗霞は、部屋中に置かれている鉢を眺めている。

 緋色の鉢を手に取った彼女は、それを灯りにかざした。

「不思議ね。これを夜永やえが作ったんでしょ」

「またやってみる?」

「下手っぴだから遠慮しておくわ」

 土の選別に一息ついた夜永は、手を洗いに外へ出た。

 東の空の色が白み始めている。

「蕗霞もここで食べてくの?」

「食べてきたわ」

 蕗霞が一つ欠伸をした。

「蕗霞の家は、朝早くから大変だね」

「家では子どもたちより、牛の方が大切だからね」

「そりゃ、君よりは牛のほうがよく働くからね」

 少し頬を膨らませた蕗霞だったが、眠気には勝てない様子で机に突っ伏した。

「少し寝ていい?」

「奥に布団があるから、使って良いよ」

「ありがとう」

 お裾分けのパンとスープを平らげた夜永も、大きな欠伸をした。

 依頼されている品は、全て完成している。少しくらい寝ても構わないだろうと考え、一枚のメモを残して彼女もまた、仕事場を後にした。

 太陽が天頂を過ぎた頃、一人の男が村へやってきた。村は静まり返っている。まっすぐと夜永の工房へ向かった彼は、残されていたメモを見てため息を付いた。


『日が落ちたら起こしてください』

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