好物

 四歳になったばかりの娘が、一生懸命サツマイモを切っている。その隣で夫は、娘のおぼつかない手つきを見守っている。

 そんな様子に注意を向けながら、フライパンでタレを作った。満足げな表情を浮かべて娘が持ってきたサツマイモをさっと揚げると、タレの入っているフライパンに移す。

 タレとイモを絡めている娘が火傷しないように見守りながら、黒ごまをパラパラとかける。

 甘くて芳ばしい香りが、家中にただよった。

「さあ。お父さんと一緒に、ピクニックに行こうか」

 大きく頷いた娘は寝室へ走っていき、仏壇に置いてあったパイプを持ってきた。

 できたての大学芋をパックにつめて、娘と一緒に作った弁当を忘れていないのを確認して、家を出た。


 空は雲一つない晴天。歩き慣れた道を、娘と手を繋いで進んでいく。夫は、少し後ろを付いてきている。

 道中にあるいつもの花屋で花束を購入して、少し上り坂になっている道を進んでいく。娘の顔が少し赤くなってきた。

 坂を上りきると、いつものお寺が見えてくる。木々に囲われた境内は少し涼しかった。

 三人でお参りをすませて、その奥へ進んでいく。

「あそこ!」

 走り出した娘を、夫が追いかけていく。

 ここまでくれば、迷子にはならないだろう、とゆっくりと二人の後についていく。

 娘が立ち止まったところには、我が家の名前が刻まれている。

 この前来た時の花は、すっかり枯れていた。

「お花、新しいのに代えようね」

「やる!」

 花立を娘に渡すと、真っ直ぐと水場へ向かっていった。随分と慣れたものだ。夫はまだ心配なのか、彼女の後を追っていく。

 持ってきた雑巾で石の表面の埃をおとし、箒で落ち葉を掃く。さっさと汚れを流したところで、水を一杯ためた花立を持った娘が戻ってきた。

 途中でこぼしたのだろう、黒い服が少し濡れている。

「ありがとう」

「これ、いれるの?」

「そうよ。できる?」

 ちょうどいい長さに切った花を渡すと、娘は水の中にそれを立てた。

 その隣に持ってきた大学芋を置く。

「これも!」

「そうだね」

 仏壇にあったパイプを置いて、線香を取り出した。

「熱いところ、触らないようにね」

「うん」

 細い束を渡すと、おぼつかな気に銀色の網にそれを乗せた。

 二人並んで、手を合わせる。夫は、大学芋に手を伸ばしている。一つ口に入れた彼は、微笑んでいた。

「無くなってる!」

 目を開けた娘が、すこし欠けたタッパーを指していた。

「お父さん、食べにきてくれたね」

「うん!」

「一緒にお弁当、食べようか」

「うん!」

 お邪魔します、と声をかけて墓に腰掛けると、私たちの間に夫も腰を下ろした。

 歪な形のおにぎりに、彼が笑みをこぼす。

「おにぎりも、お父さんにあげる?」

「うん!」

 大学芋の横に一つ置くと、娘はもう一つのおにぎりにかぶりついた。小さな口に頬張っている姿は、彼と良く似ている。隣の彼もまた、供えたおにぎりにかぶりついていた。

「おとうさん、おいしいっていってる?」

 娘が見上げてくるので、彼の方を見ると、親指を立てながら涙を流していた。そんなに美味しかったのか。

「うん。美味しいって」

「またつくる」

「そうね。また作って持ってきてあげましょう」

 彼が娘の頭に手をおくと、娘がパッと明るい笑顔を浮かべた。

「おとうさんだ」

「そうだね」

 もう片方の手に、私の手を重ねる。

 透き通ったその手に、温度はなかった。

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