第16話 俺の気持ちは、音を立てて弾ける。



 部活が終わる頃。


 俺はソワソワしながらアイツが来るのを待っていた。

 


 ふらりと顔を出す事はあっても、アイツがわざわざ約束してまで此処に来るなんて事、今までには一度だって無かった。

 そう気付いてしまえば「今日は何かが特別なのだ」と思わずソワソワしてしまっても仕方が無いだろう。


(一体、何の用事なのか)


 考えた所で答えは出ない。

 しかしその事が気になって、何をやっても手に付かない。



 心当たりについてはたった一つだけ、ありはする。

 でも。


(これはどちらかと言えば俺の願望だ)


 「そんな筈が無い」と、早々に淡い期待は思考から追い出しておく。



 結局、机に向かった所で今は何も手に付かないのだ。

 だから俺は諦めて、机の上に腰掛けた。


 この部屋は窓側が上から下までキッカリ一面、ガラス張りになっている。

 このデザインはこの部屋特有の物で、生徒会役員、またはそれに関わる生徒以外には、実はあまり知られていない。




 今日は天気も良くて、太陽を遮る雲も無い。


 此処は学校の4階に位置する為、見晴らしも良い。

 お陰で空一面の夕日が窓一面に一杯に、とても綺麗に見えている。


 遮る物が無い室内には夕日の朱色が真っすぐに差し込んで、淡い錯視さくしが発生している。

 濃いオレンジ色のペンキャップが薄く見えるのは、きっとそのせいだ。



 などと考えながら、俺は少しの間、ぼーっと外の景色を眺めていた。

 しかし急に室内へと訪れたガラッという音で、思考を引き戻される。


 俺は、ゆっくりとそちらを振り返った。

 すると丁度扉を開けて入ってきたアイツと、目が合う。


(あぁ、今日は本当に夕日が出てて良かった)


 放課後。

 夕日が指す2人きりの教室。

 このシチュエーションは、雰囲気がちょっとアレだ。


 つい先程、自分に都合が良すぎる妄想をしたばかりでもある。

 今の俺は、きっと顔が赤い。


 夕日の朱が無かったら、きっと一発で俺の気持ちなんてアイツにバレバレだっただろう。



「あ、の……」


 アイツが口を開いた。


 しかしいつものアイツとは明らかに様子が異なる。

 朝も少し違和感を感じたが、その比じゃない。


 まず、声が震えている。

 その瞳は自信無さげに揺れているし、明らかな躊躇の色が見て取れる。

 


 今までだって何度か、アイツの意外な言動にドキッとさせられる事はあった。

 しかし今までのとは破壊力が段違いだ。


 いつも活発で、物事をはっきりと言うのがアイツだ。

 バスケの県体の時も思ったが、アイツがしおらしかったり躊躇ったりしていると、ギャップが半端なくて思わずグッときてしまう。

 「護ってやらねば」と無意識に思わせられてしまう。


 お陰で今、俺の心臓は絶賛過重労働中だ。


(――あぁ、好きだな)


 いつもは悪態ばっかりついて来るくせに。

 いつもは皆の先頭に立って、周りを先導してたりするくせに。


 見る影もない今のアイツを、俺は不覚にも『愛しい』と思ってしまった。

 そして他の誰にも見せたくないと、そう思ってしまった。


 だから。


「あの、私――」

「好きなんだけど」


 今まで散々グルグルと考えていた事が、まるで嘘の様だった。

 弾けた気持ちは素直な言葉となって、思いの外スムーズに口から滑り出た。



 アイツの目が、ゆっくりと驚きに見開かれていく。

 

(そうだよな。驚くよな、そりゃぁ)


 だって今まで、一度だってそういう態度を取ってこなかったんだ。

 見せない様にしてきたんだ。


 でも。


(それでも『独占したい』と思っちゃったんだから、仕方が無いよな)


 こんなに強い独占欲があるなんて、今まで全然知らなかった。


(誰かを好きになるのも、独占欲を感じるのも、コイツが『初めて』だ)


 胸が、痛い。

 この痛みはきっと、心臓本来の機能のせいだけじゃない。


 ギュッと締め付けられるような、そんな痛みだ。

 想えば想う程強くなるその痛みは、まるでコイツへの気持ちの大きさを体が叫んでいる様で。


 痛いのにどこか心地よく、心地良いのにどこか不安で心細くなる。


(これで、俺とアイツの関係性は変化を始める)


 その事に対する期待と不安。

 アイツからの答えに対する、期待と不安。


 それらが色々な感情入り混じって、今自分がどういう気持ちなのか分からなくなる。




 その時、夕日がちょうど雲に隠れた。

 今まで空間に差していた色がフッと消え、室内が少し薄暗くなる。


 部屋から、朱は消えた。

 しかし赤は未だ、その色彩を保ち続けている。



 顔が、熱い。


 今の俺は、きっと耳まで真っ赤だろう。

 きっとアイツの今の顔と良い勝負なくらい、真っ赤なのだろう。


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