第11話 もう、手遅れ。



 文化祭の、片付け途中。

 俺はアイツと2人、使った道具を倉庫へと返却する為に歩いていた。


「それにしても今日は楽しかったー!」


 そんな事を言いながら、アイツは両手で抱えた備品入りの段ボールを「よいしょ」と持ち直す。

 その顔は言葉通りの晴れやかさで、羨ましいくらいまだ余力を残している。


 しかし俺はと言えば。


「……何でお前はそんなに元気なんだ」


 もう、ヘトヘトだった。

 何故なら今日1日の実行委員としての仕事、その半分をコイツと一緒に過ごしたからだ。


「予定外の事にまで一々首を突っ込みやがって……。お陰で、必然的に俺の仕事も倍増だ」

「えー? でも仕方が無いじゃん。みんな困ってたんだし」


 確かにみんな、困っていた。

 しかしそれらは全て『実行委員本部に相談するほどでは無い』という現場判断がなされた案件ばかりだったが。


(まぁ確かに今日手を貸したのはどれも、もし本部に相談があれば何かしら委員が動いていた様なのばっかりだったけど)


 現場が遠慮さえしなければ結局は自分たちの仕事だったのだから、一概に『無駄な仕事』とも言えない。



 コイツは意外と、そういうのを見つけるのが得意だ。

 お陰で一般生徒からのコイツに対する信頼は厚い。


「さっきはアンタ、ホントに困ってたもんね」


 フフフっと、アイツが思い出し笑いをしてくる。



 アイツが言う『さっき』とは、おそらく過疎化した特別棟への客の斡旋時の事だろう。

 そこに出店がある事を知らない。

 そういう客が多かった様なので、少し宣伝と呼び込みをしたのだ。


 大きな声で道行く人達に声をかける必要があった為、そういうのが苦手な俺はとても苦心した。

 より具体的に言うと、緊張から盛大に噛み倒した。


「……さっきは俺の事嘲笑って、偉く楽しそうだったもんな。お前」


 それは疲労から出た、ヒネた言葉だった。

 ただの愚痴のようなものであり、答えなど期待していなかった。


 でも。


「え? 私は確かに笑いはしたけど、別に嘲笑ったりしてないじゃん」


 アイツは足を止めると、キョトンとした顔をこちらに向けてくる。


「っていうか、そもそも何で私がアンタの事嘲笑わないといけないわけ?」


 本当に疑問だと言わんばかりの顔で尋ねられて、俺は思わず面食らった。

 だからだろう、本音がそのまま口から零れる。


「え、いやだってその……格好、悪いだろ?」


 格好悪い。

 男だったら誰だって、そんな自分を恥じるだろう。



 背が低い事。

 運動の中でも特に球技は壊滅的な事。

 人前に出て皆の中心で率先して騒ぐのが苦手な事。

 大きな音や急に脅かされるのが苦手な事。

 

 それらは全て、俺のコンプレックスだ。


 そのうちの1つに、今回の件は見事に該当しているのだ。

 それを恥じない筈がない。



 俺は『何が』とは言わなかった。

 コンプレックスが擽られるから、言いたくなかった。


 でもその意図は、アイツにも分かった様だった。

 しかしアイツはその上で、こんな風に声を上げた。


「はぁ?」


 顔に、「アンタ馬鹿なの?」と書かれている。


(……なるほど。お前がその気ならその喧嘩、買ってやろう)


 アイツの返しは、どう考えてもこちらに喧嘩を売ってきている様にしか聞こえない。


 だからこれをいつもと同じ『売り言葉』だと思い、「ならば買ってやろう」と思ったのだ。


 しかしその後に続けられた言葉は、俺の予想を大きく裏切る物だった。


「だってアンタはアンタでしょ? じゃぁもうそれで良いじゃん」


 まさかそんな言葉が返ってくるなんて、思ってもいなかった。

 驚きに、思わず目を丸くする。



(何だよ、それ)


 その言い方じゃぁまるで「それは個性なんだから気にする必要は無い」と言ってくれている様に聞こえてしまう。


 それはつまり、俺という人間のダメな所さえ、コイツは肯定してくれている様に――。



 コンプレックスとは、本人が周りからマイナス要素として見られるだろうと思っている部分だ。


 それを予想外に肯定されてしまえば一体どうなるかというと……。



 俺は一度俯いて、深く息を吐いた。


 一見するとソレは、普通のため息の様に聞こえたかもしれない。

 でもその吐息が僅かな熱を帯びていた事を、俺自身は確かにこの時自覚していた。



 顔が上げられない。

 上げたらきっと、バレてしまう。


(いや。コイツの事だから、もしかしたらこっちの気も知らずにまた揶揄ってくるかもしれないけど)


 そんな状況さえもう不快に思えないくらいには、もう手遅れだった。


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