小話

榎本英太

氷菓子

アット、居るだろ?」

「居るよー。あれ?シンギ君は?」

 薄暗い部屋の中にロギは躊躇いなく入る。並べられたモニターの明かりで辛うじて照らされた、座り心地の良さそうなデスクチェアーがくるりと回ってロギの方へと向く。そこには一人の青年が座っていた。

「シンギは君原きみはらの所だ。宛がわれてた銃が調子悪いから見てもらいたいって」

「あー、銃は手入れとかいろいろあるしね」

「それで俺は仕事まで暇だからこっちに来たわけ」

「お前から仕事って言葉聞くと変な違和感を感じるのは何故だろうな」

 からからと笑う@に対し、ロギは鼻で笑って見せた。

「そういうお前は仕事してるわけ?」

「そりゃあ、ここでの仕事は俺しかできないからね」

「それもそうだ」

「それよりさー。アイス、持ってきてんだろ?」

 ロギが片手に下げるビニール袋を指差す。

「はいはい。まったく目敏いな。俺のだったらどうすんだよ」

「とか言いながら俺の部屋来るときは絶対アイス持ってきてくれてるだろ?そう簡単に誤魔化されるわけねーじゃん」

「その謎の自信は何処から来るんだか……」

 ロギが持っていたビニール袋をそのまま@へと放った。@はそれを難なく受け取る。

「あれ?本当に自分の分も買ってたわけ?」

 自分の手に渡ったビニール袋とは別にロギが持っていたビニール袋を見れば首を傾げる。

「そ。今日暑いからアイス買ったんだよ」

「へー。めずらし」

 然程気にした様子もないように@は袋へと手を突っ込む。

「お前アイス好きだよな」

「好きだよー。特に人の金で食べるアイス程美味いもんは……」

 ロギの問いに軽い気持ちで答えつつ袋から取り出してパッケージを見た瞬間、@の顔から表情が抜け落ちた。

「……ロギ」

「あ?」

「俺さ、いつもソーダ味の氷菓子アイスって言ってるやん」

「そうだな」

「……何で小豆あずき?」

 @の手にあるのはいつものソーダ味の氷菓子ではなく、小豆アイスだった。

から」

「そう」

「ははは……」

 ロギの言い訳を聞き、@は乾いた笑い声を漏らす。それからゆっくりとデスクチェアーから立ち上がった。

「あずき、カリバアアアァァッ」

 袋に入ったままの小豆アイスを手に@はロギへと殴り掛かる。小豆アイスは今この瞬間、武器へと成るのだ。

 当のロギはというとその様子に慌てる様子もなく無表情で見据えていた。それから。

「うるせえ」

 と、彼の声を聞くと同時かそれより早く、足と脇腹に鋭い痛みを感じた。

「ぐへえ……」

 気づけば自分は床へと倒れ伏していた。それでも手に持ったアイスは床に着くことない。アイスだけは守り抜いた。武器に使おうとしていたけれど。

「小豆嫌いだっけ?」

 上げていた右脚を元に戻しながらロギは床に倒れたままの@に問う。その姿を見た瞬間彼は察した。自分は足と脇腹を蹴られたのだと。

「嫌いじゃないけど……」

「じゃあそう怒るなよ。なかったんだから仕方ないだろ?別のコンビニ行くほどの用事じゃないんだし」

「俺にとってはこれがどれだけの楽しみかお前にはわからんだろうな!」

「そう騒ぐなよ。あと、後で君原がお前の様子見に来るらしいからちゃんと仕事しろよー」

 床に倒れ伏したままの@を放置してロギは部屋を出ていく。その後ろで彼の悔しがるような呻き声を聞いて楽しそうにロギは笑うのだ。



 ゆっくりとドアを閉めて軽く耳を澄ます。まだ呻き声が聞こえるかと思ったが、ガザガザと袋を破るような音が聞こえてきた。多分自分が渡したアイスを食べているのだろう。

(最初からそうしとけばいいのに)

 ロギは溜息を吐きながらドアに背を向けた。

(しかしまあ……)

 ロビーへと向かいながら彼はまだ持っていたビニール袋に手を突っ込む。そこから取り出したのは自分の分にと買ったアイス。@が好んで食べているソーダ味の氷菓子アイス

「仕方ないよなー」

 袋を破って中身を取り出しながらロギは呟く。

んだから、仕方ないよなぁ」

 酷く悪い顔を隠すこともなくロギはアイスに噛り付いた。

「……お?」

 見え始めた木の棒に当たりの『あ』の文字が入っていることに気づき思わず声を漏らす。

「氷菓子なんて珍しいね」

 ロビーへと戻った途端、君原との相談が終わったらしいシンギがそんな彼に声をかける。

「いつもバニラとかじゃん」

「気が向いたからな。それより相談は終わったのか?」

「うん。なんか、銃身が歪んでたみたい。だから銃ごと交換してもらった」

「ふうん」

 シンギの話を聞きながらスマートフォンで時間を確認する。仕事までまだ時間があることを確認して、ロギは場所を変えようとまた歩き出す。シンギもそれについて行った。

「あれ?」

 シンギが何か思い出したように声を漏らす。

「あ?」

「@さんにソーダ味のやつを渡したんじゃないの?自分用に小豆にしたんだと思ったんだけど……」

「……なんのことやら」

 シンギの問いに彼は鼻で笑う。アイスを食べきると木の棒を改めて見る。


『あたるといいね!』


「……」

 ロギあからさまな舌打ちにシンギは大きく肩を震わせた。

 この後、ロギを仕事に向かわせるまでにシンギは体力と気力のほとんどを使い果たすことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小話 榎本英太 @enomotoeita0421

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ