覚えがあるなら

紀之介

何で 早く教えてくれないのよ!

「─ いちごジャム、美味かったか?」


 いつもの公園の、いつもの待ち合わせ場所。


 先に待っていた景冬君の呟きが、明夏さんの足を止めます。


「は?!」


「朝食でトースト、食ったんだろ?」


「どうして 知ってるの!?」


 右手を上げた景冬君は、人差し指を口元に運びました。


 真似をして、同じ動作をする明夏さん。


「え?! 何これ!?」


「食べた覚えがあるなら、多分 いちごジャムじゃないのか?」


「な、何で 早く教えてくれないのよ!」


「だから、会うなり教えただろ。」


「私が、家を出る前に教えてよ!!」


「無茶を言ってるって、判ってるよな!?」


「口の横に…いちごジャムを付けたままで、ここまで来ちゃったでしょ!!!」


 明夏さんの手が動き、景冬君の背中を叩きます。


「この、役立たず!!!!」


「…地味に痛いから、その癖は止めろって言ってるだろ!」


----------


「…ねえ」


 その日の晩。


 自宅の景冬君に、明夏さんから電話が掛かります。


「家に帰って鏡を見たら…私の口の横に 何故か 赤いものが付いてたんだけど」


「多分、ホットドッグのケチャップだろうな」


 明夏さんは、声の温度を下げました。


「─ もしかして、気づいてたの?」


「まあな」


「何で、教えてくれなかったのよ!」


「背中を、叩かれたくなかったからだ」


「え?!」


「教えたらお前、『何で 付く前に教えてくれないのよ!』って 理不尽な理由で叩くだろ?」


 しばらくの沈黙。


 スマホから、小さな明夏さんの声が 漏れ出ます。


「ごめん…もう叩かない様にする。だから……次からこう言う時は………ちゃんと教えて?」


「判った」


「─ ひとつ、教えてくれるかな」


「ん?」


「ベンチでホットドッグ食べた後、ふたりで公園を歩いた時…景冬は恥ずかしくなかったの??」


「俺は、注目を浴びる原因が自分じゃなければ 気にしないタイプなんだ」


----------


「おーはーよー」


 いつもの待ち合わせ場所。


 明夏さんが、ご機嫌で現れます。


 一瞬の躊躇の後、景冬君は口を開きました。


「おい、明夏」


「なーに?」


「髪に、寝癖が付いてる」


「な、何で もっと早く教えてくれないのよ!」


 間髪入れずに、景冬君の背中を叩く明夏さん。


「あ。」 


「めーいーかー」


「ご、ごめん。。。」


「だから、その癖はやめろって言ってるだろ!」

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