ゴミと乙女

優木悠

ゴミと乙女 一

「そもそも、ゴミとは何者かね」

 えらく曖昧な問いかけを、いちめん草のはえた土手にすわった司馬懿しばいさんが口にする。

 私は問答をするつもりは毛頭もなく、ひろったゴミを袋にいれる。

「レジ袋にしろ、スイーツの容器にしろ、ペットボトルにしろ、人が創造し、便利に使っていた道具たちだ。それが、道端にすてられた瞬間、迷惑なゴミへと変貌をとげる」

 答えが用意されているなら、無駄な質問を私にしないでもらいたいものだ。

「ゴミとはしょせん、人間の作り出した観念でしかない、と言えなくはないかね」

 しらん。

 司馬懿さんの浅薄なゴミ講義を聞き流し、私は最近日課となっている、道路の清掃活動を続けた。


 私、白沢舞しらさわ まいは高校1年生。

 ……になっているはずだった15歳の乙女だ。

 ずばり、受験に失敗したのだ。いや、人生に失敗したのだ。

 人生の、極めて早い段階でけつまづき、この歳ですでに人生の酸いも甘いもかみしめている、この国の北から南までくまなくさがしても、そうそうおめにかかることはないであろう、おそらく稀有な部類の少女だ。


 あ、ちなみに言っておこう。

 司馬懿氏はご本人ではない。

 私の妄想である。

「ひろえども、ひろえども、ゴミの山なくならざり」

 司馬懿氏は、流ちょうに日本語をしゃべる。吹き替えのように。いや、完全吹き替え音声で。

 良い声した今は亡き名声優の大塚さんの声で、司馬懿氏は喋っているのだ。

「ふむ、タバコの吸い殻や空箱に、ビールの空き缶。あきらかに、成人のしわざだな」

 司馬懿氏は土手に投げ捨てられたゴミに視線をむけて言う。

 タバコやビールのゴミだけではない。

 ウチの横の土手は、コンビニで購入した飲食物を食べ歩きして、食べ終わり飲み終わりして、ちょうどよいころあいに位置しているせいか、お菓子の袋やおにぎりやサンドイッチの包みなどのポイすてゴミが非常に多い。

「なげかわしいものだ」

 言ってないでひろえよ、司馬懿。

 いや、無理だ。私の妄想の産物だからな。


 私はカワイイ。そりゃもうそうとうカワイイ。

 子供のころから、NHKBSの子供番組にでているメイちゃんに似ていてべっぴんさんね、なんて通りすがりの見知らぬおばちゃんから褒められるほど、カワイイ。

 男子にもモテる。モテた。

 そう、思い起こせば、――いや、思い起こすまでもなく、あれが人生のケチのつきはじめ。

 学年イチの男前と評判のとある男子に、ある日告白された。私は男性に対する興味をまったくもっておらず、そいつとつきあうつもりもなかったのだが、まあ告白されたことだし、好奇心から、男女のつきあいというものを経験しておこうか、くらいの気持ちで、つきあうことにした。

 田舎の中学生ということもあり、たいしたデートはしなかったのだが、ある土曜の午後、公園での散歩デートちゅう、なんとなくキッスをしようという流れになった。

 した。

 吐いた。

 唇と唇が重なった瞬間、彼の唇のぬくもりやら、口の臭いやら、唾液やらがまじりあい、一種異様な気持ち悪さを感じ、がまんしきれずに、嘔吐してしまったのだ。

 彼と食べた昼食がまだ消化しきっておらず、ラーメンやらネギやらモヤシやらが、ほぼそのままの形で、わが口内から流れ出た。

 男はドンびき。

 吐きつづける私。

 走り去る男。

 翌週の月曜日の朝登校すると、すでにクラスにその話は広まっており、私のあだなはキスゲロ子となった。そして、翌日には学年じゅうに、翌々日には学校じゅうにうわさは広まって、私はもはや顔をあげて登下校できない体になってしまったのだ。

 そんな不安定な精神状態をかかえたままで、受験にのぞめば、そりゃ、落ちますわ。

 第一志望のお嬢様学校はもちろん、第二、第三志望の高校も落ち、スベリどめの近所の平凡な頭脳をもった学生が進学する平凡な公立高校のみ合格した。

 だが、そんな高校に通って――いや、そんな高校、というと語弊がある。高校のレベルではなく、中学の知り合いが大勢通うような高校に通っても、当然例の話が持ち込まれるわけで、私は高校三年間をキスゲロ子などという不名誉なあだ名で呼ばれてすごさなくてはいけない。

 そんな高校に通えるわけがない。

 入学辞退である。

 高校はあきらめた。高等学校卒業程度認定試験でも受けて大学に進学すればいいのだ。

 そんなわけで、大事な青春のまっただなかで大挫折である。


 若いみそらで、昼日中ひるひなかに町をふらふら歩いている女の子を、人口千人にみたない田舎町のおばさん連中が目をつけないわけはなく、私がろくでなしの烙印をおされるまでにさほどの月日はかからなかった。

 私は生活の激変とご近所からの注視による過度のストレスで平静ではいられなくなった。そうとう神経質になった。

 隣の家の玄関先で、おばちゃんたちが井戸端会議に花を咲かせていれば、窓を開けてにらみつけ、おばちゃんたちがこちらを向いた瞬間に窓を勢いよくドンと閉める。朝に近所の土建屋の資材置き場でドタンバタン作業をしていれば、飛び起きて、寝ぐせもそのままに、うるせえバカヤロウと目くじらたてて怒鳴りこむ。

 そうとうクレイジーな女の子である。

 ご近所からは変人あつかい。

 道を歩けば後ろ指をさされる。


 私が町をふらふら歩いている、と先に述べたが、べつにほんとうにふらふら歩いているわけではないのだ。

 それはいわゆるウォーキング、である。

 いちにちじゅう家にいても体がなまるだけだし、当然のように体重計の数値も増加傾向をしめしはじめる。

 動かなくてはならない。ので、ウォーキングをはじめた。

 町を歩きはじめて、はじめて気がついたのだが、道端に投げすてられたゴミのなんと多いことか。

 お菓子の袋、コンビニスイーツの容器、空き缶、空き瓶、空きペットボトル、エトセトラ、エトセトラ。

 ウォーキングをすればするほど、腹が立ってきた。道はゴミ箱じゃない。どうして平然とゴミを捨てられる。どうして誰もひろわない。ウォーキングがストレス解消にいいなんて言っていたのは、どこのどいつだ。不快なだけじゃないか。腹が立つ、ああ、腹が立つ。

 そんなわけで、暇つぶしもかねてはじめたのがゴミひろいだ。


 世間から変人あつかいされている人間が、凡人がやらない善行をしているのだから、皮肉なものである。まったく、これほど痛快な皮肉はない。

「そもそも、その理屈は世間がお前に注目しているという前提があればこそなりたつ理屈だ。誰がお前をみているのかね。誰が気にとめているというのだね。だれもお前さんのことなんぞ、見てはいないよ」

 いや、きっと誰かがみてる。そして、あのカワイイ子は誰だ。見た目だけじゃなく心もキレイだとは、じつに感心な少女だ、などと思ってくれているに違いない。

「それはどうだろうな」

 心がすさんでいるなぁ、司馬懿さん。私も人のことは言えんけれども。

「ははは、似た者同士だから、私は召喚されたのかな」

 いや、似てないって、おじいちゃん。


 司馬懿氏との無益な問答をしていると、近所のおばさん三人が、私のよこを通りすぎる。

 通りすぎながら、私をジロジロみて、こんにちはと声をかける。

 私は聞こえないふりで、ゴミ拾いを続ける。

「おい、挨拶くらいしたらどうだ」

 すかさず、司馬懿氏が説諭する。

 以前どこかでだれかに、それだけカワイイと愛想をふりまかなくてもモテるでしょう、などと言われたことがあったが、それはちょっとちがう。

 私は異性にモテたいなどと考えたことがない。なぜ思わないと聞かれても、興味がないものは興味がないのだからしかたがない。好きだとか嫌いだとかだったら理由はあるのだろうが、興味がないことに理由はない。つまるところ、異性に好かれる必要がなければ、愛想を身につける必要もないという話だ。

「愛想がなくてもゆるされるのは若いうちだけだぞ。歳をとると愛嬌や愛想がなくては人間社会でやっていくことは難しくなるものだ」

 いや、だからモテたいと思わないんだって。ついでに言えば、人間全般に好かれたいとも思わないのだ、私は。

「目の不自由な人がいるとしよう。その者に対するに真に大切なのは見た目ではなく心だ。つまり、見た目の美しさなどは無意味であって、心のつややかさのみが盲目の者の心にとどく」

 ええ、どうせ私の心は艶やかさとはほど遠い、くすんだ色をしていますよ。

「みがけばよかろう」


 さて、そろそろ場所を移動しよう。

 今度は幹線道路わきの歩道にでも行ってみようか。

 私は、ビニール袋とトングを両手に、司馬懿を土手に残し、歩きはじめる。

 梅雨のおとずれを予感させるしめった風がふき、しかし、ゴミひろいで汗ばんだ私の身体には、さわやかに感じられた。

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