第8話 論理の種
論理の種。
論理。
それは物事のスタートからゴールまでの過程を形成するために必要な道筋。
説明・議論・思考する際に非常に有効な手段である。
一方で『論理』の対比として『感情』が挙げられる。
極端に言えば、ロボットを論理の生き物で、人間は感情の生き物。
もちろん人間も論理的思考を用いるが。
ロボットのような人間。
精密機械のようにやるべきタスクを戸惑うことなく誤差なく実行する人間。
厳格な規則の上で生きる論理に縛られた彼らは息苦しくないのだろうか。
***
「高峰希空。君は佐久間神子とどういう関係なんだ?自分はそれが知りたい」
向かいに座る男が僕にそう問う。
***
七月の中旬。
期末試験の順位が発表された。
「まあ、まずまずと言ったところか…」
現在は本日最後の六時限目で、先生が五十音順で生徒に期末テストの成績表を一人ずつ丁寧にコメント付きで渡された。
先生が僕にくれたコメントは「中間試験からクラスで一番成績が上昇していました。これからも継続して頑張ってください」と当たり障りのないコメントをいただいた。
僕は教科ごとの成績分布と自分の立ち位置を見比べながら、浮かない顔で座席に戻ると隣人の神子様からお声が掛かった。
今日も小さな体躯からとめどなく溢れ出る神々しいオーラが眩しい
「テストの結果どうだった?」
小首を傾げてちょこんと僕の報告を待つ様子の神子様。
「思ったよりも奮わなかったな。僕としてはもう少し上位を目指していたんだけど。ほら順位表」
彼女に成績表を見せる。
僕の期末試験の順位は学年400人中、182位(副教科を除く)だった。中間試験の頃の379位に比べればすごい大躍進だ。勉強の成果が現実として現れるのは喜ばしい。でも欲を言えばミスを減らしてもう少し高い順位でいたかった。
今後の課題はそのミスを以下に少なくしていくかということと時間配分に気を配るかということ。意識しないとな。
神子様はブラウンのロングヘアを耳にかきあげて、成績表を見ながら何かを確認するように頷く。
やがて僕の方を向き直る。
「あんなにズタズタな成績だった希空くんが…!現代文の『げ』の字も理解してなくて本当に日本人じゃないか怪しかった希空くんが…!こんなに高い順位だなんて!」
褒める風の罵倒ですか?確かにズタズタだったことは否めないが。
「神子様ほど成績がご優秀なお方なら、当たり前なことだと思いますが、さぞ順位が高くいらっしゃるのでしょう?」
結果は薄々分かっているが敢えて神子様を煽る。
「ま〜私はこんな感じで前回と順位が変わらなかったかな」
ぴらっとご自分の成績表をお見せになる神子様。
「よ、400人中2位…」
僕よりも成績が高いのは知ってはいたがほぼトップかよ!しかも前回も2位だし。
飾ることなく事実を伝える神子様がより一層神に近い存在に見えてくる。
これが強者の強者の余裕というやつなのか。
在学中に僕が彼女に敵う日がやってくる気配が全くしない。
「でも、希空くんだって前回から100番以上順位上がっているわけだからね!別に落ち込むことないと思うよ?ほら!現代文だって5点も上がっているし!」
「ごふぅ…」
重めの一撃がみぞおちにクリーンヒット。
一番引き合いに出して欲しくなかった現代文にスポットに当てるサディスティック神子様。
現代文は一番点数上がっていないから勘弁してくれ!
「で、でもそんな神子様を差し置いて1位をとる人間が学年という狭い集合の中にもいるんだな」
力のない僕の返しにも素直に応答してくれるのが神子様。
「多分今回も1位は一緒だと思うよ?」
「1位の人と面識があるのか」
「うん。中間試験の結果が発表されてからどういう勉強をしているのか気になっちゃって…」
へえ。神子様に興味を持たれるとは。羨ましいやつめ。一体どういう人間なんだ。
「名前を聞いてもいいか?」
「
男性であるってことしかわからんな。感じられる1番を取りそうな名前。
入学当初の僕は人の名前を覚える機会がないくらいには友人に恵まれなくて、こちらも他人に興味がないスタンスでいたけど、久しぶりに興味が湧いた。友人の興味は僕の興味でもあるしな。
あれだ、好きなゲームとかのランキングの上位って気になるだろ?それと同じで、僕の興味の対象は『勉強』だから当然学年のトップくらいは気になる。今まで知らなかったからなんだ。悲し奴とかいってくれるな。自覚している。名前だけは覚えとくぜはじめん。
***
次の日の放課後。
僕は件の男、神楽坂一と大手ファストフード店で向かい合わせで座っていた。
お互い口を開かない中、神楽坂はどういう人間か品定めするように鋭い目つきで僕を見てきた。僕も彼を観察させてもらうこととしよう。
神楽坂を見てまず「真面目」という言葉が出てくる。
身長は僕と同じくらい。しかし伸ばした背筋が彼の身長を底上げしている感じがする。両手はきちんと膝の上に軽く握られて置かれ、彼の礼儀の正しさを備えていることがわかる。
黒色の短髪で、ワイルドなメガネをしているところが他人を威圧し、寄せ付けないようにしているようにも思える。
僕の方が先に痺れを切らして口を開く。
「それで、僕になんの用だ?」
ちなみに言っておくと、この場をセッティングしたのは彼だ。
休み時間に教室で勉強していたところ、廊下から大声で「高峰希空はいるか!」と呼ばれてクラス中の注目を集めたのは記憶に新しい。
それにしても呼び出し方下手くそか。人伝に呼んだり、そっと僕の近くに来たり方法は他にもあったはず。
注目が集まった中で僕は会話をする度胸を生憎と持ち合わせていないもので場所を変えて話を聞くことにした。
僕が神楽坂のもとへ向かう最中にクラスの連中の「どうして神楽坂がここに?」「あれが勉強サイボーグか…真面目そうだな…」「高峰希空って誰?」と言う声がちらほら聞こえてきて、学年1位様は学年の著名人らしいことが確認できた。あと、クラスメイトに認知されていないのは単純に傷つく。他人に興味のないお前が言うなって話だけど。
「高峰希空。君は佐久間神子とどういう関係なんだ?自分はそれが知りたい」
最近よくされる質問ナンバーワンきた。
僕と神子様の関係を聞かれるのはなんでだ。そんなに知りたいならおでこに書いといてやろうか。減るものでもないし、あらぬ誤解を神楽坂に与えるのも後の面倒を避けるためと思って答えるか。あー毎回ちゃんと答える僕ってやさしー。
「ただのクラスメイトで隣の席だ」
そんな回答で神楽坂は納得せずどこか腑に落ちない顔をする。
「しかし!君と彼女はいつも仲が良さそうにしているじゃないか?それをただのクラスメイトとするのは違わないか?論理的に考えて!」
強そうには見えない体から大きな声が発されて僕は内心ビビる。
論理的に考えてそこに辿り着くとは、論理を履き違えていないか?
「仲良くはしている。僕の方から突っかかって勉強を教えてもらっている。それでもただのクラスメイトだ。他意はない」
「だがっ!」
納得のいかない様子の神楽坂。
ここまで食い下がるのはなぜだ。少しイラッとしてしまう。
僕か神子様のどちらかに思うところがあるのは理解できないことはない。おそらくこの場合は多分神子様なんじゃないか?僕に求めるものがこいつにあるわけでもないし。
「素直に疑問なんだが、他人である君が僕とみ…じゃなかった、佐久間さんの関係をどうこう決めるのはおかしいんじゃないか?僕の言っていることが嘘だと思うのなら彼女に聞いてみたらいい。多分同じ答えが返ってくるぞ」
僕の言葉からの苛立ちを感じたがどうしていいか黙る神楽坂。
ああ、神子様が「孤高な人」と言葉を濁した理由が少なからず理解できた。
この男の流れるような喋り方を聞く限りでは確かに賢いのだが、自分の感情の制御ができていない話し方かつ、つっけんどんな言い回しから他人に敬遠される人物であると。
ここからは僕の妄想だから、聞きたくない奴はすっ飛ばしてくれて構わない。
神楽坂一という人間は、人間関係というのも論理的に紐解けると心のどこかに確信がある人間かもしれない。人間関係なんて数式みたいな論理のツールで詳細に定義できる訳ない。心の構造が完全に解明されたら定義できると信じるかもしれないが。その時はその時で。彼は論理が優先順位の一番上にきている。だから勉強においては学年でも一番かもしれないがそれ以外の部門では通用しない現状がある。と僕が勝手に判断しているだけかもしれない。だがそんな短所も『学年1位』の箔があれば気にもならない。
妄想していたら冷静な自分が返ってきた。
下衆い僕は学年1位の神楽坂を僕の勉強のためにどう引き込んでやろうかと悪知恵を働かせる。
返ってテストの解き直しもしたいので話題を主軸に持っていく。
「単刀直入に言うが、神楽坂、お前は佐久間さんに興味を持っているんだろ?」
びくっと肩を震わせる神楽坂。
わかりやっすうううぅぅ。肯定しているのと同じやんけ。
「いや、そんなことは…」
はい、バレバレ。
僕が言えた立場ではないけどここはもう一つ彼の口から「イエス」と言わせて素直になってもらおうじゃないか。
「ここで興味があるのだと答えてくれれば僕は神楽坂に協力しよう。ちょっとしたお願い込みでな」
「うぐぐ…」
目に見えて腕を組んで葛藤する神楽坂。
ほらだんだん可愛く見えてこないか?こんな『学年1位』と言う優良物件をお前らは言動とか雰囲気だけで関わらないことを選択した!全くもって見る目がないな〜。神楽坂というコネを得られなかったことを後悔するがいい!特に僕より順位が上のやつな!成長する僕に震えて眠るがいい!!汚い?なんとでも言え!どんな手を使ってでも最後まで立っていたやつが勝つんだよ!この世ってのは理不尽だなぁ!?
まだ決まってもいないのにすでに勝利を確信する僕。まだ笑うな…はは。
「分かった…自分が佐久間神子を気にかけているのは認めよう」
やがて決心がついたのか渋々了承する。
はい、言質取りやした。ボイスレコーダー回しとけばよかったか。
「それはそうと『お願い』とは何だ?自分にできることは限られている」
恐る恐る彼は問う。
「安心しろ。何も無理をいう訳じゃない。神楽坂に取っては呼吸するくらい簡単な『お願い』だ」
ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
***
夕刻が過ぎ星が見える空の下を歩いて帰宅する。
先ほどまで夏季補習の予習を神楽坂の講義を交えながら教わっていたが。
「あいつ人に教えるの下手すぎ!!!!!」
論理的に彼が問題に取り組んでいるのが端々から分かったが「AならばBでBならばC、よってAならばCである」というところを前半を飛ばして「AならばC」と論理の飛躍に振り回された僕であった。
論理って何やねん。返ったら言葉の定義から学習するか…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます