第6話 粘着の種 前編

 粘着の種。


『粘着』から連想できる言葉を挙げてみよう。


 テープ、シール、吸盤、ガム、エトセトラ…。

 と色々あるよね。


 しかし、こと人間関係においてはどうなるだろうか。


 粘着質な人間。

 この言葉だけでストーカーが容易に想像できる。


 僕の周りにも粘着質にかなりステータスを振った人間が一人。

 バッサリと切り離せる人間関係だったらどれほど良かったかと毎日考えてしまう日々を過ごしている。

 突き放しても余計粘着質を強めてくる従者があなたは好きですか?

 僕は嫌いだ。


  ***


「いただきます」

 時刻は朝九時。遅めの朝食をいただく僕。

 月曜日の今日は、世間は一週間の始めの日でみんなが憂鬱になりながらも会社員の方は出勤、学生の方は登校する。一方で本日の僕は学校の振替休日の身だ。

 月曜日に合法的に学校を休める快感。これがないと生きていけなくなるかもしれん。来週から生きていけるかな。

「希空さま〜」

 でもこの貴重な休日も意識高い系の僕は終日勉強に費やす予定だ。もう一度復習も兼ねて一学期の期末テストに向けて勉強していきたい。この間試験範囲も発表されたことだしな。

「希空さま〜?」

 さらに中間試験とはちがって副教科の試験も参戦してくるので、今回の試験はかなり厳しい戦いになると予想される。

 こうして勉強のことを考えるとつい数ヶ月前の自分と比べて現在の自分は信じられないくらいに勉強のことを考えるようになったなあとしみじみ思う。

「希空さま〜?難聴?根暗?陰キャラ?」

 需要は無いかもしれないが僕の勉強事情でも語ろうか。機嫌がいい内に。

 参考になるかはわからないが一応。

 得意科目は数学と暗記類。苦手科目は数知れず。入試をほぼ暗記の一点突破で攻略した人間だから当然、高校の膨大な授業範囲についていけるはずもなく、四月中に一度あっさり脱落してしまった。そこからはご存知の通り、中間試験をギリギリ赤点を取らない点数の答案用紙を神子様にご覧になられてから、彼女に勉強をご教授していただいているお陰で最近勉強が楽しい高校生を演じている。

「希空さま〜?お〜い?内弁慶?」


 さてと、そろそろ声が煩わしくなってきたので相手をしてあげようか。

「なんだ、駄メイド」

「駄メイドってひどくないですか!?希空さまっ!そこはパーフェクトビューティーメイドでしょ!」

 言葉から清楚さが微塵も感じられない。使用人がなんたるかを理解してから出直してきて欲しい。

「さっきから体の芯に悪いように響くハスキーボイスで喧しくやいのやいの言っているこのメイドのコスプレをしている女は間宮理乃まみやりのだ。雑に扱ってくれて構わないぞ」

「希空さま!?誰に向かって説明しているんですか?」

「おっと、脳内の説明口調が出てしまった。すまない」

「これでも女の子なんですよ?賠償金を要求します!」

 これでも、って言ってて悲しくならないのかお前。

「賠償金は先ほどの僕に対する罵倒により却下された。むしろこちらが賠償金を要求する立場にある」

「…」

 勝負あったな。

「…てへぺろっ!」

「可愛こぶってもごまかせて無いからな」

「あ〜ん、希空さまのいけずぅ♡」

「発情してんのかお前」

 周りにいる女性がこんなだからな恋愛する気も起きない。

 またとない貴重な休日の朝にこのいたちごっこ。ああ言えばこう言うの繰り返しだ。

 ただでさえこの三連休の内最初の二日はイベント尽くしで肉体を酷使し、精神を疲弊させたのだからゆっくりさせてくれないか。くれないかあ…。このおしゃべりメイドだもんな。無理か。

「とりあえず、食事中だから終わってから相手をしてやる」

「相手してやるって、なんか卑猥///」

「卑猥なのはお前の存在だ」

「存在!?せめて頭とおっしゃってください!」

「自覚しているようで何よりだ」

 男子高校生になんてこと言うんだ、まったく。神子様の淑女さを見習って。

「まあいいや、食後にブラックコーヒーを頼む」

「はーい。かしこまりました〜」


  ***


 ブラックコーヒーを飲んで一息吐く。

「ごちそうさま」

「お粗末様でした。料理長に伝えておきますね〜」

 僕が食べ終えて残った食器たちを間宮はじっと見据え、撫でるように丁寧に取り扱う。こうして彼女のキリッとした鼻と長めの睫毛が主張する横顔を見ていると黙っていれば美人だよな。温かみのあるオレンジがかったブラウンのセミロングヘアがアップにされ、それが揺れ動くのは見る人が見れば煽情的なんだろうか。

 うちの両親も内情を知らないからこんなパチモンのメイドを採用したのか。能力至上主義なのは構わないが、もっと他に適性のある奴がいただろうに。

 それともあれか?異分子を入れて他の従業員に改革を起こそうとしたかったのか?だとしたらその策略は見事に的中している。この間宮、僕みたいなやつに愛想を尽かすことなく接してくれる数少ない古参メイドである。他の使用人からも信頼が厚い。

 他の使用人はまあ…。

 家族の関係が良好ではない使用人を誰がやりたいだろうか。いや誰もやらない。

 この間の古典の授業で反語を習ったんだよ。習ったことを実用できている。偉い!

 実際、間宮のスペックが高いのは彼女の言動を見ていればわかる。すまん、「言」の方は違うな。

 メイドの仕事はしっかりしてくれるやつだよ。仕事は。

 しかも間宮自身は大学生で、人付き合いも良く、要領の良いタイプの人間らしい。

 学校の課題は短時間で終了させ、それ以外は友人とワイワイ遊んでいて有意義な時間を過ごしている人種。俗に言う陽キャラだろう。


「希空さま〜今日はどういったご予定で〜?」

 食器を片付け終えて戻ってきた間宮が僕の行動を聞いてきたので率直に答える。

「今日は期末テストに向けて勉強する予定だ」

「さっすがあ!華の高校生ですね!勉強するなんて偉い!私なんてテスト直前に勉強して単位が取得できるかどうかなのにっ!」

「それで良いのか大学生」

「単位を落とさなきゃなんでも良いんです!勝てば官軍!」

「今までに落とした単位は?」

「10単位です!」

「自信満々に言う言じゃないだろ。恥じらいを覚えろ」

「そんな…希空さま、恥じらいだなんて…ふしだらぁ…」

「ふしだらなのはお前から出てくる言葉達だ」

 勉強しないと将来に暗雲が立ち込める姿がこれか。反面教師筆頭だな。

「でもでも〜授業内容なんてお札並みに薄っぺらいものばっかですよ〜?」

「やめなさい」

 教授方の顔が浮かばれないからやめてあげてくれ。大学教授は研究の時間をわざわざ削ってわざわざ授業をしてくださっているんだから、信奉しろとまでは言わないが耳を傾けなさい。頭のいい間宮のことだ、聞くフリくらいしていそう。

「授業内容つまんな〜い」

「おい。」

 オーバーキルもいいとこ。


 そこで間宮は退屈を潰す大学生の面をあえて見せてくる。

「ま〜でもぉ、希空さまが大学生活をどのように思い描いているかは知りませんけど、ぶっちゃけた話、月曜日の朝に大学に行かずにここでお金を稼がせてもらうくらいには暇ですよー?人生の夏休みとはよく言ったものですよね〜」

「確かに…」

 大学生活って結構自分の時間が自由に使えるのか。それはそれで夢が広がる。勉強やバイト、サークルに趣味。やりたいことになんでも使えるってのはいい。それだと勉強のモチベーションも上がってくるってもんだ。


 こうなると僕も未来の大学生活に向けて情報収集をしたくなってくる。

 が。

 相手は揚げ足取り全一メイドの間宮だ。

 こちらから探りを入れて何度弄ばれたことか。ここは慎重に立ち回らなければならない。


「なあ間宮」

「なんですか、希空さま?」

 口角を上げてじっと僕の両目を捉えようとする僕。

 相手のペースに決して飲まれまいと、明後日の方向を向く。

「そも…普段ってどういう生活をしてるんだ…?」

 そうっと間宮の方を見る。

 従者の従順さが全く感じられなくにんまりした表情を浮かべる間宮。


 ああ…やってしまったなと。

 ここで反省会という名の現実逃避をする。


 いや聞いてほしい。

 まず、僕はさっきのセリフを言おうとしたわけではなくてだな。「大学の授業ってどういう形態なんだ?」と質問するつもりが。どういうわけか僕の脳内変換機能が誤作動を起こして。あんなナンパ師が繰り出しそうな常套句を出力してしまったんだ。

狙ったのは大学生活のヒントだ。下心はそれだけ。僕は悪くない。僕は悪くない。悪くない悪くない悪くないああああああああああああああ!!!!!!穴があったら入りてえええええええ!!!!!!


「希空さまって…ムッツリすけべだったんですね♪」


 僕は身悶えして目の前のブラックコーヒーを飲み干しトイレに逃げ込んだ。

 結局散々いじられた後に大学のことは聞き出した。転んでもただでは起きんぞ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る