Worry Seed

ばちくです

第1話 始まりの種

 名も無い誰かが言っていた。


「人間は『種』を抱えている」と。


『種』を抱えた人間同士が交錯すると一体どんな反応が起こるのか。


 そんなエピソードをご紹介したい。


  ***


 僕_高峰希空たかみねのあは高校生の休日におてんばな妹のショッピングに付き合わされている最中だ。妹に1時間弱振り回されて、現在は買った商品と共にベンチで疲れを癒しているところだった。

「ねえ」

 ベンチに俯きがちにどっかりと座り込んでいる僕に突如投げかけられた他者を慈しむ声。

 聞き覚えのあるような声だけど疲労が認識を許してくれなので、首の筋肉を働かせて重い顔をなんとか持ち上げる。

 そこには直感通りの天使がおられた。

「ああ…天使よ…。低俗な市民である私目にご慈悲をお与えになられるとは…!なんと寛大なお方だ…!」

 組んだ両手を頭の上に持っていくという懇願体勢の僕。

「えっ……?天使?慈悲?」

 困惑する天使様。

 目の前におられるこの女性様は佐久間神子さくまみこである。

 僕と同じ高校に通う同級生。ちなみに1年生。

 どうやら彼女は男女の注目の的らしい。当方、何分その人のポジションというものを理解していないもので。

 まあなんだ。彼女は女子の中でも身長は低い。これ本人に言ったら無言の圧力をかけられるからみんな内緒な。

 別に悪口を言いたいわけではない。本人はコンプレックスに思っている身長も周りから見ればチャームポイントであると言いたかった。

 低身長=小動物みたいなイメージがあるだろう?そして一般的な人間が小動物に抱く感情はただ一つ。『可愛い』だ。栄枯盛衰を感じさせない唯一不変の事実がこの『可愛い』だ。そんな極道の目尻をも下げさせてしまう小動物的『可愛さ』と神子様の元々の美貌を掛け合わせてみろ。

 どうだ!人気者にならない訳が無いだろう!


 コホン。

 すまん。少々熱くなってしまった。

 言いたかったことは何かって、彼女が大和撫子を思わせる容姿端麗で所作や立ち振る舞いも申し分ないほどのジャパニーズびゅーちふるぱーそんってこと!オーケー?おまけにビジュアルに加えてお洒落でユーモアセンスを持ち合わせるときた。さあ非の打ちどころがなくなったぞ。天は二物も三物も与えるとはこのことだと彼女を見ていると常々思うね。え?僕?僕のことは悲しくなるからやめろ。


 さて。

 みんなの人気者、神子様がなぜステータス平均やや下の僕にご慈悲をお与えになったのかと言うときっかけは初めての中間試験だ。赤点ギリギリの答案用紙が返却された時にたまたま隣の席だったこのおん…じゃなくて神子様がご覧になられて、寛容な精神から学力の低い私目に勉強を教えてくださると言う提案をしてくださったのです。

「そんなご都合展開あってたまるか!」って言ってくれたそこの諸君。君たちの言う通りだ。

 あるわけないだろ、こんな漫画みたいな展開がよっ!

 実際のところ、神子様が一瞬哀れみの目で見てきていたのを僕が追求したところから関係は始まって今に至る。隣の席って言うのもあるわけだし。カーストを統治する権力者に媚び諂って何が悪い!結局世の中はコネの世界!コネが全て!悔しかったら、美女が隣の席にくるように運勢を高めておくんだなっ!

 煽り散らかしているとそろそろ「夜道に気を付けろよ(低音)」と聞こえてきそうなのでここいらで打ち止め。

「んで、また今日は妙なところで出会ったな、神子様よ」

 脳内でギャーギャー騒いでいるうちに疲労感が飛んで行ったので神子様の同行でも探るか。

「その呼び方はやめてほしいなあ。『神子ちゃん』でいいんだよ?他のみんなはそう呼んでるし」

 距離の感じる名称が気に入らないのか、僕が毎回「神子様」と言うたびに訂正を要求してくる。しかし、僕の方も今更直すのは負けた気がするので頑として帰る気はない。どっちが先に折れるか乞うご期待!しなくて大丈夫です…。

「僕にとっては神様のような存在なんだよ。神子だけにな」

「…」

「その外向けの笑顔と無言をやめてもらってもいいですか」

 スベってしまうようなやっっっすいボケをした僕が完全に悪いのは分かっている。

 だが、ボケを拾って欲しかったな。残念。もっと高度なボケを用意しろとのことですね。ネタ考えてきます。

 絵文字でよく見るにっこりマークに勝るとも劣らない笑顔を浮かべられる神子様。

 僕の周りの空気が一層哀愁さを帯びるので早急にありがたいお言葉をいただきたい。

「う」

「う?」

 最初のフレーズが喉に引っ掛かったのか聞き返してしまう。

「うわぁー。お、面白いなぁー」

 僕のスベった瞬間からかなりの時間が経ったからスルーされて会話が戻されるのかと思いきや、まさかの追撃。逃げるモンスターが追い討ちされるときの気持ちがわかりましたとさ。

「そ、それで神子様は何をされに、ここにいらっしゃったのです…か…」

 最後まできちんと言葉を絞り出せたか怪しい満身創痍な僕。

「買い物かな〜。服とかアクセサリーとかをチェックしにきたよ」

「さすがでございまする」

 前後の空気とか雰囲気を気にしない図太さとか、女性としてトレンドを確認しにくる特性は感服せざるを得ない。

「希空くんの方は?」

「妹のパシリ役。この大量の買い物袋を見たら大体わかるだろ」

「あ〜真那まなちゃんだっけ?」

「ああ、うちの妹は人使いが荒いからな」

 本当にそう、あんだけ買い物してまだ見に行くとかどんな体力してるんだか。きっとあれだ、スイーツは別腹みたいなことだろう。

「文句をこぼしつつもしっかりと妹さんの言うことを聞いてあげる優しいお兄さんじゃない」

「そこまで優しくはない…な」

「ふふっ、意外な希空くんの一面を見れて微笑ましいわ」

「ま、ちゃんと兄をやってるアピールだ。自分の株を上げてるだけ」

「もう、素直じゃないなあ」

 僕ら兄妹を想像して勝手にほっこりしてしまう神子様。


 ドドドドドドドドドドド。


「お兄ちゃ〜〜〜〜んんん!!!!!」



 あ。ちょっと悩みの種が僕の心に植えつけられた感じがした。

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