百合短編集

はるしゃ

絶対に性奴隷になりたい女の子と、絶対にご主人様になりたくない女の子の話 ☆

うちのクラスには、『姫』と呼ばれる一人の生徒がいる。



立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花……なんて形容されるほどの嬋娟たる容貌に加え、その眉目秀麗さに相応しい成績優秀さ、誰に対しても温厚な態度や、そしてそんな彼女が生まれ育った素晴らしい家庭環境。




私が通う高校は関東、いや日本でも五本の指に数えられるような名門を謳うお嬢様学校ではあるが、そんな中でも誰もが一目を置いてしまうような存在――それが、有栖川ありすがわ麗奈レイナという少女だった。




そして、そんな彼女が今……





「どうしてぇっ、どうしてわたくしを脅迫して下さらないのですか!? お願いですからっ、わたくしを貴女様の都合のいい性奴隷にしてくださいませぇぇっ!!」





目や鼻、あまつさえ口から液体を垂れ流し、もし彼女の家の誰かに聞かれてしまえば即勘当もののセリフを撒き散らしながら、私の脚にすがり付いていた。



どうしてこんなことになったのか……その一端を脳裏に思い返しながら、私は右手に握る一枚の写真を憎々しげに睨みつけた。











それぞれが、それぞれの家が所有している黒光りした長い長いリムジンによって送迎され、そこから天皇陛下でも乗っているのかと疑いたくなるほど豪華絢爛なスクールバスに一時間程度揺らされ、そうしてようやくたどり着くことができる、私たちが通う山奥の私立覇王峰女学院。




ごきげんようで始まりごきげんようで終わる、そんな堅苦しい上流階級向けの女学園に半ば強制的に入れられた私は、一人の友達さえ作ることなくスクールライフをエンジョイしていた。




何故友達を作らないのかといえば、ごくごく簡単な話。まず話が合わないのだ。



私だって友達が欲しくない訳では無い。

文化祭とかのイベントがあれば仲のいい子達と率先して準備をし、帰り道にタピオカを飲み、くだらないことをストーリーにあげ、そして唯一の好きな人と一緒に登下校をする。



そんなありきたりな青春を夢見て中学時代勉強しすぎたあまり、いつのまにか私は日本で五本の指に入るお嬢様学校に、特待生として入学するまでに至っていた。




しかしそんな上流階級の家庭に生まれ、育てられた彼女達と、所詮一般市民である私との間には、同じ学校の仲間なんてものでは埋めきれない大きな隔たりがあった。



まず手始めに、私では手が出せないほど高級な紅茶の銘柄の話から始まり、趣味の乗馬用に購入した馬の手入れの仕方を語り合い、使用人の愚痴や許嫁の男性の魅力を、ちょっとしたお嬢様ジョークを交えながらうふふおほほと語っていく。

そんな話に、私が入っていけるとお思いだろうか? 



正直入学して数日で会話を諦め、勝手にここに推薦してきたかつての担任の顔を思い出しては、殴りたい欲を必死に押さえつけて授業を受けていた。




そんな私の唯一と言うべきオアシスは、旧校舎の端っこにある図書室だった。



図書室というか図書館というか書庫というか……学校に備え付けるには勿体なさすぎるほどの蔵書量を誇る我が校ではあるが、実は意外に来訪者は少なかったりする。



まあそれもそのはず、彼女らは欲しい本があればすぐに買ってもらえる環境下にあるのだ。


わざわざ読みたい本を旧校舎にまで来て読みに来るなんて面倒なことをするはずもなく、司書である教師が物臭というのもあって、図書室は完全に私だけの空間になっていたのだ。




だがそれも、ある一人の来訪者によって破られることとなる。

それこそが、有栖川麗奈という女の存在だった。





「宮前様、ごきげんよう」



「あー……おはようございます、有栖川さん。今日も来たんですね」



「あら、わたくしの存在がお邪魔だとでも言いたいのです?」



「いや、そういうわけじゃないんですけどね」




まあそうなんですけどね、なんて口が裂けても言えない。



もしも私のような庶民があの有栖川麗奈を傷つけたとなれば、学園からの追放やらいろいろな身分を剥奪されること間違いなしだろう、たぶん。




ハーフか何かなのだろうか、眩いほどに光り輝く金色の髪を靡かせながら、うふふ、冗談ですわと微笑んでみせる有栖川麗奈を見て、ほっと息をつく私。



正直どこかで地雷を踏んでしまったり、お嬢様的にタブーな発言をしてしまったりしないか冷や冷やするので、有栖川麗奈とは喋りたくないというのが本音だ。




だがそんな私の本心に気づく素振りすら見せず、他にも席が空いているというのに私の隣に腰掛けて文庫本を開く有栖川麗奈。




「宮前様は、今日は一体何をお読みになられているのです?」



「ライトノベルです」



「らいと……のべる、ですか。耳にしたことはあるような……見せてもらってもよろしくて?」



「あー、いいですけど、刺激が強すぎるかもしれませんよ」



「あら、そんな過激な内容なんですの?」



「内容というか、イラストというか……まあ自己責任ってことで」




私が今日読んでいたのは最近感動すると専ら話題だった恋愛もののライトノベルだ。



しかしそのイラストレーターが元エロ漫画家というのもあり、感動する恋愛小説、というのには些か相応しくないような、ちょっとえっちな感じでキャラクターが描かれている。


特におっぱいが大きい。おっぱいが。



ライトノベルを手渡すと、有栖川麗奈はぱらぱらとページをめくって挿絵を確認する。




もしかしてこれって不敬に当たったりしないよね? 


令嬢におっぱい大きいえっちなイラスト見せるとか、よく良く考えればよろしくないような……。



そう思い有栖川麗奈の方へ視線を向けると、彼女はとても興味深そうにそのイラストを眺めていた。



意外ではあるが、まあ有栖川グループなんて由緒正しい家庭に生まれているのだから、こんなもの見る機会が無いのだろう。



普段見ることがないものを物珍しく感じるのは、金持ちも貧乏も関係ないのかもしれない。

……なんてことを考えていると、ライトノベルに目を落としていた有栖川麗奈が、ふと私に目線を向けた。





「み、宮前様は……」



「ん? なんですか?」



「宮前様は……その、こういったのが、好みなんでしょうか……?」



「こういったって?」



「その……えっと……」





もしかして恥ずかしい事を言わせようとしてたりするのだろうか? 



頬を赤らめ、何故か少しだけ息を荒らげ始めている様子のおかしい有栖川麗奈を見ながら、私はそんなことを考える。





「あぁ、もしかしてこのキャラクターのイラストのことですか?」



「……っ! ええっ、そうですの!」



「……うーん、まあ別段好みって訳では無いですが、嫌いでもありませんね」



「と、ということは……その、お、お胸の大きい女性は、嫌いじゃない……と?」



「胸? あー、大きい方がいいんじゃないですかねー、知らないですけど」




こんな適当な回答でいいだろうか、と有栖川麗奈の方を見ると、何故か彼女は机の下でガッツポーズを決めていた。




正直なんでこんな質問をしてきたのか甚だ理解できないが、まあ胸は大きければ大きいほどいいなんて言うし。


胸に好みなんてないけど無難な答えでいいだろう。




にしても、有栖川麗奈も結構胸が大きい。私の独断と偏見による推定によれば、大体Fくらいはあるのではないだろうか。



この完璧な容姿に加え、抜群なプロポーションすらも誇るとは……さすが有栖川麗奈と言う他ない。











それからというもの、毎休み時間図書室に訪れる私と同じように、有栖川麗奈も毎回図書室に訪れるようになった。



もしかして気に入られたのかな、なんて思って理由を聞いてみたら、家にはないような本があって興味深いだけだと少し慌てた様子で答えてくれた。


私の自意識過剰だったようだ、少し恥ずかしい。




最初は少し喋りにくかったり怖いと感じていた有栖川麗奈ではあるが、お嬢様ということ以外は普通の女の子であるということに、最近ようやく気づいた。



もう有栖川麗奈との喋りにくさはまるでなくなり、お互いがお互いを良き友と思っていた、と思う。

まあ未だに呼び名は宮前様、有栖川さん、だけれども。




もうこれは友達と言っても差し支えないのではないだろうか、と個人的には思っていた。


呼び名なんて些細なことだし、毎休み時間約束もしていないのに同じ場所で落ち合って、そしてそこで同じ時を過ごす……結構仲の良い人とすることのような気がするのだ、私の中で。




相手が有栖川グループの令嬢ということを除けば、ようやく私に一人の友達ができたという純然なる事実なのだ。


私は内心とても嬉しく思いながら、四限目の終了を知らせるチャイムと同時、昼食の菓子パンを手に旧校舎へと向かった。





ぎぃ、という蝶番の悲鳴と重々しい扉の開閉音を聞きながら、私は旧校舎の端っこにある図書室へと入室した。



相変わらず司書を任せられているはずの担当教師は不在で、私以外の来訪者もいない。



急いで来たは良いものの、有栖川麗奈は未だに来ていなかったようだ。私はいつも座っている椅子の方へと歩いていった。





「……ん?」





そこであるものを見つけて立ち止まる私。



それは一冊の、辞書並みに重たいハードカバーの本だった。


机の上に放置されていて、図書室の愛用者の一人である私にとって見逃せるものでは無い。



お嬢様学校だと言うのに、一体誰が放置して行ったんだろう、とかぶつぶつと考えながら私はそのハードカバーブックを手に取った。



そこで、





「あれ」





本の隙間から滑り落ちるように何かが出てきた。



それは紙のように薄い何かで、椅子と机の狭間に挟まるようにして落ちている。



物臭である私は、少々面倒くさいと思いながらもその紙を手に取る。


それはどうやら一枚の写真のようだ。

見るのも宜しくないかと一瞬はばかられたが、誰のものか確認せねばならないと思い、その写真を表に向ける私。





「……っ!?」





そこで、私は固まった。


その写真に写されていたのはたった一人、私のこの学園における唯一の友達であるはずの、有栖川麗奈だった。


それもただの彼女の写真ではない。






写真に写る彼女は、官能小説よろしくと言った感じで、縄に縛られていた。





更には猿轡まで嵌められていて、胸の先や股の間に卵型の振動するナニかが装着されている。



その上彼女の足元には、全体的にえっちな玩具が散乱しており、そしてそんな当の本人である有栖川麗奈は、カメラに向かってピースをしており、恍惚な表情で口元からヨダレを垂れ流していた。





「……な、なに、これ……」





あの高貴な彼女からは全く想像のつかないそんな姿に、私は思わず写真から遠ざかるように後退りをする。



そんなせいか、私が握っていたハードカバーの本は地面へと滑り落ち、そしてそこに挟まって・・・・・・・いた全ての写真・・・・・・・が私の前に姿を見せた。




あるものは、全裸で首輪とリードをつけ、コートのみを羽織った状態で暗い夜道で自撮りをしている写真。



あるものは、胸や局部が完全に露出されているえっちなメイド服を着て、おしりに尻尾型の玩具をぶっ刺している最中の写真。



あるものは、目隠しをした状態で全身拘束され、その一番大事な場所にあまりにも大きすぎる玩具を咥えこんでいる写真。



あるものは、太腿に正の字が書かれている写真――




「なんだよ、これ……」




私がそんな驚きの声を上げたと同時、図書室の扉がぎぃっと開く音がした。


慌てて隠そうとしゃがみこむが、その扉の前に立っているのが、当人である有栖川麗奈であることに気づく。





「あら、宮前様。今日もごきげ――……ッ!?」





いつもと変わらない様子で挨拶をする有栖川麗奈だったが、途中で異変に気づいたようで、私が握っているハードカバーの本と、数枚の写真を見てサーッと顔を青くさせた。




「……み、宮前様……そ、その……もしかして、そ、それを……」



「…………ご、ごめん」




今更見ていないなんて嘘、つくだけ無駄だろう。


そう判断した私は、取り敢えず謝っておくことにした。



正直私に非はないが、故意ではないとはいえ彼女のあんな姿を見てしまったのだ。それに対しての謝罪はあるべきだろう。




そんな私の返事を聞いて、有栖川麗奈はその場で蹲った。



何も出来ずに立ち竦んでいると、静謐さが立ち込める図書室で、有栖川麗奈の嗚咽が響き渡って、私の耳へと届いた。



私はその場で立っていられず、蹲っている有栖川麗奈の元へ駆けつけて背中を摩った。





「有栖川さん……ごめん、わざとじゃなかったんですけど、まさか本にこんなものが挟まっているとは思わなくて……」



「……ひっく、えっく…………」




何をしてるんだ、私は。そんなの有栖川麗奈も知ってるに決まっている。


私が今すべきことは言い訳じゃないだろう。




「……何か悩みがあるんだったら、こんな庶民で良ければ聞きます。写真からして……誰かに無理やり撮らされたとか、そんな感じですかね」



「……いっぐ……うぅっ……」




さすがにそれは教えてくれないか。


写真的に一人じゃ撮れないものも多かったので、協力者か……はたまた彼女を脅迫して無理やり写真を撮ろうとしている最低な不届き者が居ると踏んだのだが、誰かに言ったらこの写真をばらまくとか、そんな脅しをかけられている可能性だって否定できない。



やはりここは犯人探しはすべきではないか。



相変わらず蹲って泣いている有栖川麗奈の背中を摩りながら、私はなるべく穏やかな声で喋りかけた。





「大丈夫です、有栖川さん。他の人達はどうかは知りませんが、私はこんなことくらいで有栖川さんを軽蔑したりなんてしませんから。安心してください」




そこでようやく、有栖川麗奈の嗚咽がぴたりと止まった。


そして彼女はその場ですっくと立ち上がり、まだ涙が溢れている目で私を見下ろしながら、




「……違うんです、宮前様……」



「……? 違うって……」




もしかして邪推だったのだろうか。


誰かに脅されてとかそういうものではなく、完全にこの有栖川麗奈が、個人の趣味や息抜きのために撮ったものだ、とか?




いやないない、さすがにそんな痴女ではないでしょう。



日本、いや世界で見てもかなり大きな影響力を持つ有栖川家の令嬢が、自分の淫らな姿を写真に撮って興奮するような趣味を隠し持っているだなんて……いやいやエロ同人かっての。



中学時代勉強に専念するより以前はかなり末期なオタであった私はそういう漫画も嗜んではいたが、流石に現実と漫画の世界との区別はついている。


そんな人間、二次元の中でしか存在しないのだ。




……という憶測が、時にはフラグだったりするんだよなぁ。なんて思いながら、私も立ち上がって有栖川麗奈と目線を合わせた。


彼女は目線の高さが合った私をきっと睨みつけながら、滴る涙を拭いながら言った。





「わたくしが求めているものは……そういうのじゃないのです……」




「……ん?」





予想と全く違う言葉が返ってきて、思わず首を傾げる私。


求めてるいるもの? 一体どういう……。


依然として首を傾げたままの私に痺れを切らしたのか、有栖川麗奈は「もうっ!」と少し怒った様子で私にまくし立てた。






「わたくしが、今、宮前様に求めているものは慰めなんかじゃないのです!! むしろ貶して欲しいのです! 蔑んで欲しいのです! 有栖川家なんて家に生まれて、天才に育っちゃって調子に乗っているわたくしの、尊厳を踏みにじって欲しいのです!」







……はい?



待て待て、この女今なんて言った? いや、さすがに私の聞き間違いじゃ――




「どうしてっ!! どうしてわたくしのそのような写真をご覧になって、脅して奴隷にしよう、家畜にしようなんて当然の発想が出てこないのですか!? 普通脅すじゃないですか! そして犯すじゃないですか! わたくしですよ!? 高貴ぶって調子に乗ってる雌豚ですよ!?」



「いや、奴隷にしようとかは当然の発想では……」



「わたくし、この学院に入学させられて少しがっかりしておりましたの……見渡す限り、わたくしの……いえ、わたくしの家の恩恵、寵愛をさすがろうと下心を持って近づく輩ばかり……。ですが! ですが貴女はちがいましたわっ! 一番最初、わたくし達が出会った場所を覚えておいでですか?」



「……えっと……いつだっけ。あんま覚えてない……」



「んっはぁッ!! そうっ、その素っ気なさ! わたくしなんて歯牙にもかけない、というかどうでもいいみたいなその態度! その態度に、わたくしは惹かれたのですよ!! だからこそ思ったのです……ああ、わたくしは宮前様、貴女の奴隷……いえ! 都合の良い性奴隷になるために、この世に生を受けたのだと!」



「…………」





何を言っているのだろう、この女は。

とりあえず重度の変態であり、少し……いや大分頭がおかしいことはわかった。


ほら、今だって「宮前様のその『何言ってんだこのクソアマ』みたいな目付き、最高ですわぁ……」なんて言って身体をびくんびくんさせているし。

というかお前の中の私像は一体なんなんだ。




「えっと……有栖川さん?」



「もうっ、有栖川さんなんて素っ気ない呼び方はもうおやめになって? わたくしのことは雌豚、そう呼んでくだされば結構ですから!」



「あのね、有栖川さん」



「んっはぁぁ……わたくしのような雌豚の願望なんて聞くわけがない……そう仰りたいのですねッ! さすがですわ宮前様……いえ、ご主人様っ!!」





ダメだ会話が進む気がしない。

というかご主人様だけはやめてほしい。有栖川麗奈に主扱いされるなんて、重圧や周りからの目線に耐えられないんだけど。



しかし睨みつけたりため息をついたりしても嬉しそうにするし、この女、どう対処すれば良いのだろう。




「静かにしてくれたら、ご褒美あげます」



「……」



「…お仕置きしてあげます」



「わかりましたわっ! わたくし、ご主人様のお言葉を一言一句静聴させて頂きます!」




扱い、意外と簡単だったみたいです。

私は頭を抱えながら有栖川麗奈に問う。




「えーと……ちょっとひとりじゃ整理できそうにないから、いくつか質問してもいいですかね……」



「ええ、もちろんですわ」



「えー、じゃあまず……有栖川さんってドMってことでいいんですか?」



「んッ…………フゥ……ええ、そうですわね。わたくしはクソマゾ女ですわ」




相変わらず身体をびくんびくんさせるも、私に静かにしていろと言われ返事した手前静かに絶頂している有栖川麗奈。……いやそういうわけじゃないんだけど。





「いや、そんな卑下した言い方すること……まあいいや。えーと、この写真ってもしかして、私に見てもらうためにわざわざ用意してた感じですか?」



「ええ、きっとこの写真を見れば、普段は物静かな宮前様も内側に秘めたる獣欲を解放し、剥き出しになった情欲をわたくしにぶつけて下さるだろうと考えましたの! ちなみに宮前様ったら、わたくしが誰かに脅されて撮った、なんてこと考えていたみたいですけれど、写真はわたくし専属のメイドに協力してもらって撮影しましたのよ」



「……もうやめてあげましょうね。それから、あとでメイドさんに謝っておきましょうね」





私ばかりが被害者だとか思っていたけれど、一番の被害者はどうやらメイドさんのようだ。私は心の中で手を合わせた。



こんなド変態の令嬢のわがままに付き合わされるだなんて、なんと可哀想な……そんなことを考えていると、図書室の窓の外から小さなくしゃみが聞こえた。被害者No.1、意外と近くにいたようだ。



私は長い長いため息を吐き出す。


その間も、そんな私の様子に息を荒らげながら頬を紅潮させている有栖川麗奈にの唇に、私は自分の人差し指をピンと立てた。




……いや違う違う、舐めろって言ったんじゃない。口に含むな、こら。






「……いいですか! 聞いてください、有栖川さん!」



「んむ……んちゅぅ…れろぉ♡」



「……舐めろとか言ってないですから!!」





有栖川麗奈の口から指をぬぽんと抜き取った私は、たまたま持っていたハンカチで唾液まみれの指を拭き取った。



有栖川麗奈の唾液がたくさん付着したハンカチ……オークションにでも出せば相当の値がつきそうだな、とか考えながら私は有栖川麗奈の方へ向き直る。




「いいですか、有栖川さん」



「えぇ、ご馳走様でした」




無視。




「何故か私にえらく期待してるみたいですけど、私はそんなのにお応えできるような性格じゃありません。全然Sでもなんでもないですし、有栖川さんを奴隷にしたいとか犯したいとか考えたこともないです。そもそもその棒生えてませんから、私」



「構いませんわ!」



「私が構うんですよ! 私、この学園唯一の庶民って時点で肩身狭いのに、あの有栖川麗奈を奴隷にするなんて周りの視線とかから耐えられません。あと、有栖川さんとは……その、友達でいたいというか」



「わたくしの本性をここまで知っておいて、今更お友達なんて関係に戻れるとでもお思いですか?」



「お、脅してきたッ!?」





態度を急変させてきた有栖川麗奈に吃驚していると、彼女は少しむっとした様子で私に食いかかってくる。





「一体何の不服があると言うのです! 宮前様、わたくし以外にまともに喋れる方、この学園にいませんわよね? 今更世間体なんて必要ですの? それに、そんなに奇異の視線に晒されるのがお嫌と言うのでしたら、有栖川家の名にかけてそんな方たち踏み潰して差し上げますわ!」



「まさかの逆ギレ!? そしてやり方が恐ろしい!!」



「ストレス、ありますわよね。こんな窮屈な世界に放り込まれて、友達と呼べる人もわたくしくらいのもの。

それに完全寮制なのもありますし、あちらの方も溜まりに溜まっていることでしょう……それをわたくしにぶつける。それの何がダメなのです!! 

踏んでもいい。蹴っても構いません、むしろウェルカム! 靴を舐めろと仰るのであれば、かかとまで細菌一つ残さず綺麗に舐めとって差し上げましょう! 宮前様が大好きなわたくしのこの豊満な胸、いつでも揉みしだいていただいて構いません! どんな場所でも椅子替わりになりますし、笛で呼び出されれば駆けつけます。有栖川家のコネを使って何かしたいことがあると言うのなら、わたくしができる限りの事は全力でさせて頂きますわ!」



「いや……いらな――」



「わたくし、宮前様に捧げるために処女も残しているのですよ!? それに……その、お尻の方も! 宮前様に難なく挿れていただけるように今まで開発してきました……メイドに頼んで!!」



「メイドさんほんとに可哀想ですからやめてあげて!! あとそんなことしなくていいですから!」



「ッ!! も、申し訳ありません……宮前様……」



「えっと……こ、これはまさか、やっと私の言いたかったことが伝わって――」



「わたくしのお尻の開発の過程、自らもご参加したかった! そう言いたいのですわね!!」



「全然伝わってなかった!?」





日本語の伝わらなすぎる有栖川麗奈に、そろそろ私は戦慄し始めていた。


こんなに話の通じない人間と会話するのは初めてのことだ。




今まで図書室で談笑する分には全くそんな素振りは見せなかったのに、なんだこれは。


何度言っても私に虐めてもらうことしか頭にない上、ドMだと言うのに言ってることは完全に暴君。



がるる、とご主人様候補たる私(私は絶対に認めないが)に牙を剥く有栖川麗奈。



しかし彼女は不満げな顔から少し悲しげな顔に変えて、私の方から目を逸らした。





「……そこまでお嫌なのですね」



「え? いや、まあ……」



「……そう、ですわよね。わたくしのような高慢ちきでわがままで、ご主人様で在られる方にさえ自分の思い通りに行かなければ怒鳴り散らかしてしまう……。そんな横暴な暴君、奴隷どころか友達にすらしたくはないでしょう……」



「……ん? いや、そんな――」



「それにわたくし、勝手に調子に乗っておりましたが、人様の性奴隷になれるような容姿ではありませんもの。この胸だって賎しい豚のようですし、こんな肥太ったわたくしをお傍に置くのは憚られる……当然のことですわ」



「え、えーっと……」






なんだか急にネガティブモードになる有栖川麗奈についていけない私。


えっと、どこかで地雷踏んじゃった?


私が慌てていると、有栖川麗奈はほろほろとその大きな瞳から大粒の涙を流し始めた。





「わたくしよりも可愛くて、宮前様のお眼鏡に適うような方、この学園でも数多くいらっしゃることでしょう……。有栖川家に生まれて、することなすこと褒めちぎられ、そうやってここまで歩んできたわたくしに価値などありません。だから、宮前様がわたくしが奴隷になることをそこまで嫌がられるのも納得しま――」



「いや、それは違いますよ」




常にあの自分に自信しかない、といったオーラをまとっていた有栖川麗奈が、急に自分を卑下し始めたことにストップをかける私。



私は確かに奴隷はいらない、犯すつもりもないとは言ったけれど、それは有栖川麗奈だから嫌がったというわけじゃないのだ。

むしろ他の人に言われるよりかは断然、この娘からの方が嬉しいわけで……っていうのはちょっと置いといて。





「いいですか、有栖川さん。あなたはめちゃくちゃ可愛いです。友達を作ろうとこの学園全体を徘徊した私ですが、あなた以上に可愛い人、お世辞抜きでいませんでした」



「……そんな慰め、求めていないと言って――」



「慰めなんかじゃないです、事実です。そのきらきら輝く麦畑みたいな金色の髪も、水晶のように透き通るその大きな瞳も、鼻梁は高く通っているのに小ぶりな鼻も、桜色でぷるんと潤ったその唇も、全部全部可愛いです、全部国宝級です。あと、おっぱい大きいのも個人的にポイント高いです。豚みたいじゃ全然ないです、素敵です。さっき踏んでも蹴ってもいい〜とか語ってる時ありましたけど、胸揉んでいいの一言に関しては正直垂涎ものでした」



「……っ」



「あと、その程度全然わがままじゃないです。横暴でも高慢ちきでもなんでも。数々のギャルゲ、百合ゲをコンプしてきた私ですが、有栖川さん以上の暴君がツンデレ設定なことめちゃくちゃありましたし、それに正直うちの妹の方がわがままです。今中2なんですけど反抗期で」



「……」



「だから、有栖川さんが私の奴隷になることを断固拒否したのは、有栖川さんのことが嫌いだからとかでは全然ないです。むしろ他の人に言われたらもっと拒絶してましたし、こんなにさらけ出してもらえるのは友達冥利につきます。本音を言うとうるせえししつけえしうぜえ、と言ったところですけど、別に嫌いとまでは行きません。どっちかっていうとまだ好きのままです」



「…………宮前様……」





一息で言いきった私の言葉に、ようやく顔を上げる有栖川麗奈。


私のその言葉に感動したのか、目元には少しばかり涙が浮かんでいて……そして、私の方をまるで恋人かのような熱い目で見つめてくる。





「……ありがとうございますわ、宮前様」



「ううん、そんな大したことじゃ――」



「いえいえ、大したこと、ですわよ」



「……?」





目元に溜まった涙を拭い取り、そして先程まで赤く頬を染めて熱い眼差しを送っていたその表情はどこへやら、急に今まで見た事のない、にやりとした企み顔を見せる有栖川麗奈。




私がそんな有栖川麗奈を不審げに見つめていると、彼女はポケットに忍ばせていたあるもの・・・・をすっと取り出し、私の眼前に突きつけ――そして、そのスイッチを押した。





『――んかじゃないです、事実です。そのきらきら輝く麦畑みたいな金色の髪も、水晶のように透き通るその大きな瞳も、鼻梁は高く通っているのに小ぶりな鼻も、桜色でぷるんと潤ったその唇も、全部全部可愛いです、全部国宝級です――』




「……!?」





有栖川麗奈が取り出したそれ、とは、音声レコーダーの事だった。


こんな物にもさぞかしお金を使っているのだろう、私の使っているスマホなんて比べ物にならないほど音質のいいそれを私に見せつけながら、そんな音声を垂れ流す。




どこかで聞いたことがある……どころか、私が先程発した言葉。

おいおい、待て待て、と私の背中に嫌な汗が垂れた。



私はにやぁっと口角をあげて、とても楽しそうに私を見つめている有栖川麗奈をよくもやってくれたな、という意を込めて睨みつける。

彼女はそんな視線すらも気持ちよさそうに身をよじり、私に言う。




「――録音、させていただきました♡」





そうしてもう一度スイッチを押す有栖川麗奈。




『――あと、おっぱい大きいのも個人的にポイント高いです。豚みたいじゃ全然ないです、素敵です。さっき踏んでも蹴ってもいい〜とか語ってる時ありましたけど、胸揉んでいいの一言に関しては正直垂涎ものでした』



ぽち。



『――有栖川さんが私の奴隷になることを断固拒否したのは、有栖川さんのことが嫌いだからとかでは全然ないです。むしろ他の人に言われたらもっと拒絶してましたし、こんなにさらけ出してもらえるのは友達冥利につきます』



ぽち。



『――どっちかっていうとまだ好きのままで――』



「…………殺す!!」




私の顔に血が集まってくるのを感じる。それは羞恥だ。



さっきは有栖川麗奈の自分に対する卑下をどうにかしようといっぱいいっぱいになっていたが、今改めて聞くと、オタクの頃の私が抜けきっていない、よく聞かなくとも痛々しくて恥ずかしいセリフを垂れ流している、数分前の私。



一生懸命になっていた自分を張り倒したい……いや、私にここまで言わせておきながらその音声を録音し、それを再生して私に羞恥プレイを味あわせ、そしてこんなに楽しそうに笑っているこのクソマゾ性奴隷(仮)を一度でいいからぶん殴りたい!




「…………っていうのが、有栖川……いや、麗奈の狙いってわけね」



「まあそれもありますが……少し違いますね。もちろんぶん殴っていただいても、今宮前様が心の中で仰った『クソマゾ性奴隷』という言葉を、わたくしに吐き散らかしてもよろしいですがね」




なんで当然のように心が読めてんの。




「……じゃあ、あんたの狙いって一体……」



「よくわかったでしょう?」



「……え?」




何が?




「何が? という顔をしていらっしゃいますわね。まったく、鈍感なんですから……まあそういうところも可愛らしいのですが……。いいですこと、宮前様?」



「え、っと……はい?」




相変わらずにやにやと心底楽しそうな麗奈を少しイライラしながら見つめていると、彼女はにっこりと笑って、私の首元に顔を近づけた。



私の身長は一六八センチ、麗奈は……たぶん一六〇あるかないかくらいだと思う。そのせいか、本来耳打ちしたいのであろう麗奈の口元が、ちょうど私の首筋へと近づけられた。


ふわりと香る甘い匂いに意識をやらないように注意しながら、私は麗奈の声に耳をそばだてた。





「貴女は、わたくしのことが好きなんですよ」





…………は?


つま先立ちしていたかかとを再びそっと地面に着けた麗奈は、下から私の顔を覗き込むようにして私の紅潮した顔を見つめた。


いやいや、ちょっと待って。




「いや、なんで私がそんな――」



「往生際が悪いですわね、宮前様。だって、聞きましたわよね? なんならもう一度お聞きになります?」




ぽち。



『――そのきらきら輝く麦畑みたいな金色の髪も、水晶のように透き通るその大きな瞳も、鼻梁は高く通っているのに小ぶりな鼻も、桜色でぷるんと潤ったその唇も、全部全部可愛いです、全部国宝級です。あと、おっぱい大きいのも個人的にポイント高いです。豚みたいじゃ全然ないです、素敵です。さっき踏んでも蹴ってもいい〜とか語ってる時ありましたけど、胸揉んでいいの一言に関しては正直垂涎ものでした』




「ねえ、宮前様? これが愛の告白ではなくて、一体なんだと言うのでしょう? わたくし少々箱入りでして、こういった色恋沙汰には少し疎いのです……教えて頂けますか?」



「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」




してやられた。こんな高慢で傲慢で暴君で偉そうで、有栖川麗奈であるこの女が、あんな簡単にへし折れて諦めてネガティブになって、自虐や卑下の言葉で心が埋め尽くされる――そんなこと、あるわけがないのだ。



すべてはこの女の策略通り、私が麗奈のことを好きかどうかはさておき、『いつ脅されるかわからない』ような立場にいた麗奈は見事、全然言うことを聞いてくれない私を『いつ脅されるかわからない状態』に変えてきやがったのだった。




「……なにが、望みなんですかねぇ……有栖川さん」



「あら、何もして頂かなくて結構ですわよ?」



「……は?」




いやいや、じゃあなんでこんな脅すような真似したのよ。

ただただ羞恥プレイを味あわせて、言うことを聞いてご主人様になってくれない私へ復讐したかっただけ? 



いや、有栖川麗奈はそんな人間じゃないし……。




「正確に言うと、『何もしなくて大丈夫』な状態に自分を置ける、最強のカードを持っておいでですよ、宮前様は」



「え? …………あ」





数分前までのことを記憶の片隅から引っ張り出した私の脳裏に、ある言葉がつらつらと並びでた。





『静かにしてくれたら、ご褒美あげます』



『……』



『…お仕置きしてあげます』



『わかりましたわっ! わたくし、ご主人様のお言葉を一言一句静聴させて頂きます!』




「……お仕置き」




「ええ。正解ですわ、宮前様。あなたが今わたくしに『お仕置き』として、この音声データを削除しろと命じれば晴れて貴女は自由の身。わたくしからご主人様になれ、と脅迫される材料となるものも消えますし、それによってもう少しで奴隷になるところだったわたくしを、『友達』という場所へと遠ざけることもできるでしょう」



「……」





ずるい、こいつはほんと、ずるい。


結局のところこの娘は頭がいいのだ。顔が良くてスタイルが良くておっぱいが大きくて頭もいい。なにそれ最強か。



麗奈が私にやらせたいことは理解した。

つまりは愛の告白、そしてあなたのご主人様になりますという契約だ。



この『お仕置き』という権利を放棄し、麗奈のご主人様となる波乱の道へと突き進むか……それか、今までの事を全て無かったことにして、『友達』なんて薄っぺらい仲に戻るのか。



今更後者なんて、選べるはずもない。


それにここまで引きずり出されたら私の本心・・が、そんな関係性を甘んじて受けいれるわけがないのだ。




このお嬢様は、音声データという材料によって脅迫され、仕方なく・・・・ご主人様になった……という甘えを、私に許してくれない鬼畜なんだ。




脅迫材料を消せる権利を持っておきながら、自分から進んで・・・・・・・ご主人様になってほしい……つまりはそういうこと。



でも、こんなににやにやしている麗奈の策にまんま乗っかるのは癪だった。


私はこの学園のお嬢様のように品はないし、引くところも引かない。




私は麗奈の音声レコーダーを奪い取り、そしてデータを選択、消去ボタンを押した。





「はい、お仕置きね」



「……んえ?」




まさかそんなことをされるとは思ってもみなかったのだろう、有栖川麗奈らしくない間抜けな顔を私に晒し、そして返された音声レコーダーを見つめながら、ぼうっと立ち尽くしている麗奈。



放っておくと泣き出してしまいそうなその顔に、私はデコピンを食らわせた。



今日一日こんなに振り回されたのだ。さすがにこれくらいは許してくれるだろう。



あいた、と額を抑えている麗奈を見ながら、私は先程の言葉を思い出す。





『静かにしてくれたら、ご褒美あげます』



『……』



『…お仕置きしてあげます』



『わかりましたわっ! わたくし、ご主人様のお言葉を一言一句静聴させて頂きます!』





そろそろ泣き出しそうな麗奈に、私は仕返しのようににやりと微笑んだ。








「これはご褒美・・・なんだけど、麗奈。私の恋人兼、性奴隷になってくれませんか?」







さっきまで憎たらしい顔をしていた麗奈が、今度はほえ?と馬鹿みたいに口を開けて私を見つめていた。



だがしかし、先程も言った通り麗奈は頭がすこぶる付きでいい。すぐに私の言わんとしていることを理解したのだろう、言葉とはフライング気味に首を縦にぶんぶんと振り、





「ええ……ええっ! もちろんです、宮前様ぁっ!」





裏切られたと思った次の瞬間の幸福に、いつの間にか涙を流していた。


感極まったのか急に抱きついてきた麗奈は、汁まみれになった顔を私の肩にぐいっぐいっと押し付け、そして服の裾をお母さんの服をつかむ子供のようにぎゅうっと掴んだ。




「麗奈、もうさすがに宮前様は……ちょっと、ね」



「はいっ、ご主人様ぁっ!!」



「いやそうでもな…………まぁいいか」





どうせなら名前を呼んで欲しかったんだけど、とは口に出さず、私はご主人様という言葉の響きを甘んじて受け入れた。



どこかむず痒く、まだ抵抗がある言葉ではあるが、こうやって幸せそうに泣いては私をぎゅうぎゅうと抱きしめる麗奈が目の前にいる手前、さすがに鈍感の私でも嬉しさや感動といったものはこみ上げてくるもので。




そこから数分ほど、私と麗奈はその場で抱きしめあったのだった。











しばらくして、私と麗奈は学園全体の公認カップルとなった。


建前や上面での関係しか持っていなかった覇王峰女学院のお嬢様たちにとって、令嬢と庶民の少し歪なカップルというのは、どうやら初めて読む少女漫画のような刺激があったらしく、意外とすぐに認められた。



もちろん『あの有栖川家の令嬢に、たかが庶民である宮前がくっつくなんて』と気に入らない顔をする生徒や教師、他には保護者なんかもいたりしたのだが、それらは有言実行、麗奈が有栖川家の名を持って全て踏みつぶしたのだった。



さて、そんな私たちではあるが、主人と奴隷というなかなかハードな関係性を隠し持って、毎日その名に恥じないハードなプレイをしているか……といえばそうでは無かったりする。




私は麗奈の期待に応えようと、あらゆるエロ漫画、官能小説、そういったサイトや動画を行き来して学んだのだが、当の本人である麗奈があまり求めてこないことで結局のそういったプレイはまだ一度たりとも行っていない。



どうやら麗奈は初めての恋人というものに相当浮かれているらしく、しばらくはこの甘酸っぱい関係を続けていたいらしいのだ。


そのせいで、付き合って一ヶ月も経過した今ではあるが、未だに私たちは手すら繋いでいなかったりする。



そうやってプラトニックすぎる交際をしているが、そんな私たちにも新たなる壁というものが待ち受けているわけで……




「……ねえ、これほんとに家って言っていいの?」



「ええ、もちろん。……生憎宮前様の家のように大きな離れは持ち合わせてはございませんが……」



「あれ離れじゃないし! 母屋だし! も〜っ、この大金持ちはぁっ! ……っていうか、麗奈? 宮前様じゃないでしょ」



「あっ…………えっと、千咲ちさき…さん」



「よくできました」





私は麗奈のふわふわの髪の毛を指ですきながら、目の前に立ち塞がる大きな壁――いや、門を一瞥した。



私たちは今、麗奈の実家へと訪れていた。その理由は単純、麗奈のご両親への挨拶である。



さすがに付き合って一ヶ月で挨拶に行くのは早くないか、大体結婚する前に行くもんじゃないの、と一応反論はしてみたが、こうやってぐずぐずしている間に麗奈に婚約者ができたりしたら一溜りもない……ということで、今日私たちは寮母さんからの了承を得て、東京のど真ん中に聳え立つ有栖川家と書かれた豪邸に出陣するに至った。




ちなみに私の家への挨拶は、付き合って三日目に麗奈が行きたいと騒ぎ出したので連れていった。



住宅街の中ではそれなりに大きい方であると自負していた私の家を『わぁ、大きな離れですわね』、納屋を『あれって犬小屋でしょうか?』と言ってのけた麗奈の顔は記憶に新しい。




まあ、それはさておき。





「う〜、ほんとに行かなきゃダメ? 麗奈のお父さん、怖い人じゃないよね?」



「どうでしょう……わたくしのことは溺愛していて少々気持ちの悪いレベルではありますが……」



「それが怖いんだよ! 絶対に娘はやらんタイプじゃん!」





使用人に門を開けてもらって玄関前まで訪れたものの、恐怖から愚図りだす私の手をそっと握る麗奈。





「大丈夫ですわ、千咲……さん。わたくし達は今までいくつもの壁を乗り越えてきたではありませんか。あるときは同級生からの奇異の目……あるときは上級生からの嫌がらせ……」



「乗り越えてきたって言うよりかは、麗奈が睨んだら全部納まったって感じなんだけどね……」



「まあまあ、そう言わずに」




とても楽しそうに笑う麗奈に手を引かれ、私は有栖川家へと入った。

もうどちらが主人かなんて分からないよなぁ、と、ぽつりと考えながら。

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