戦国タイムリープまたは森蘭丸異聞 お蘭ちゃんはご乱心

ミミゴン

第1話心をくれないなら首だけおくれ

 時は天正十年(1582年)、


「坂本城をあの森乱にやれだと!?

 長年尽くしてきた優秀な家臣であるこのわしより

 あの枕営業しか能がない小者の方を

 重んじるというのか! 尾張おわりから出た日の本一のうつけ野郎め、

 ただの小姓風情に城まで貢ぐとは、わしより若いくせに早くも

 もうろくし始めたのか!? もう我慢できない!」 


 明智光秀あけちみつひでがここまで怒り狂うのは当然であった。

主君である織田信長おだのぶながが寵愛する小姓、森乱法師もりらんほうし蘭丸らんまるというのは後世の俗称で

「乱法師」や「森乱成利もりらんなりとし」などの署名が文書に残る。

 ここでは史実に沿って乱の字で表記)

に明智光秀の所有する坂本城が欲しいと寝物語に

おねだりされて二つ返事で承知してしまったのである。


密偵みっていからの報告によると、あのバカは

 完全に油断しているらしいな。

 手練の馬廻衆うままわりしゅうを町家に泊めて

 年若い小姓共と侍女しか手元に残していないとは

 愚かなことよ。宿敵武田を滅ぼして気が

 大きくなっているのだな。わしを四国に追い払って愛人(男)と

 のんきに物見遊山を楽しむつもりだろうが

 思い通りになってたまるか! 今日はおまえの命日だ、ハハハ!」 


 その頃、愛し合う主従は

破滅が迫っているとはつゆ知らず、目下滞在中である

京の都の本能寺ほんのうじで夜の合戦に励んでいた。

隣の部屋では大柄な黒人男性であるヤスケが

壁にピタリと耳をくっつけて会話を盗み聞きしていた。


上様うえさま、今夜は寝かせませんよ」

と色白で中性的な美少年は甘い声でささやきながら

主君の情欲を巧みに煽り立てた。天下人目前の中年男が

この年若い小姓のみずみずしい若さと

官能的な肉体におぼれ切っており、

完全に色ボケになっているのは

誰の目にも明らかだった。


「あのクマのようにいかつい長可ながよしとこの優美な生き物が

 同じ二親から生まれたとは奇跡に等しいな。たとえ

 この命が尽きようともこの宝を手放したりはしない」

と心の中で誓いを立てると、信長は自分の子供よりはるかに

年下の愛人(男)を胸にしっかりと抱きしめた。

夜通し抱かれて色っぽい声をあげながら

乱は移り気な心の中でこんなことをつぶやいた。


「ああ、いつもながら無味乾燥な荒々しい交わりだ。

 いつかあのお方の両腕に抱きしめられて

 互いを狂おしく求め合う日がくると

 信じるからこそこんな苦行にも耐えられるのだ」


 最愛の男の本心に気付かないまま

満たされた気持ちで信長は心地よい

眠りに落ちていったのだった。




「敵は本能寺にあり!」

 

 斉藤利三の家来である安田作兵衛やすださくべえの耳には光秀のかけた号令が

いまだに鳴り響いていた。その声にはいくぶん動揺が

混じっていたのは致し方あるまい。光秀の命により

本能寺のお堂の中で標的である信長を探して歩き回りながら、

彼はこんな不埒ふらちなことを考えていた。


「まさか明智の禿げ親父が信長の野郎を討つ日が来るとはな。

 右府のそばにはあの森お乱も

 いるに違いない。見つけたら生け捕りにして

 あんなことやこんなことを……おや、

 噂をすれば影だな。向こうから歩いてくる。

 ではここで待ち伏せして首を取るとしよう」


 

 薄暗い廊下の向こうから大勢の小姓たち、

というか愛人(男)部隊を従えた織田信長その人が 

やってくるのがみえたので作兵衛は

とっさに近くの部屋に身を潜めた。

白い小袖に茶筅ちゃせんまげ姿の乱法師は

人目もはばからずに信長を抱きしめると、


「上様、私が命をかけてお守りします」

と耳に熱い息をかけながら豪語してみせた。


「乱、おまえがいると心強いな」

と非常事態にもかかわらず信長はデレデレしていた。

 ほかの小姓たちは


「何こんなときにブチューしてるんだ!

 いつ死ぬかもわからないんだぞ!」

とあきれ顔である。


「おまえは信長だな! 一番槍はおれのもの!」


 作兵衛はやたら仲睦まじい様子の主従の前に勢いよく躍り出ると、

手にした槍の穂先を信長に向けたが、

鬼のような形相の森乱がその前に立ちはだかった。

その間に信長はほかの取り巻きに促されて逃げていった。


「上様に槍を向けるとはけしからん!

 逆賊明智の手の者め、問答無用で叩き切る!」


 勇猛な武人を輩出した家柄にふさわしく

並外れて大柄ではあるものの、年若くて

実戦経験が皆無に等しい森乱は

たちまち押され気味になってしまった。

とうとう地面に押し倒され、槍の穂先を首筋にあてられる

という絶体絶命の危機に陥った乱は死を覚悟して目を閉じた。

 しかし普通なら即座に殺して首を掻き切るところ、

作兵衛はあろうことか乱に馬乗りになって

耳元でいやらしいことをささやき始めた。


「まあまあ、そうカッカしなさんなって。

 あんな五十近い癇癪かんしゃく持ちのオッサンのどこがいいんだ?

 若くてたくましいこのおれに抱かれてくれるなら

 命を助けてやるばかりか、天にも昇るほどの

 快楽を味わわせてあんたの名前通り乱れさせてやるぜ

 ……ギャーッ!」


 突然襲ってきた激しい痛みに作兵衛はお堂全体を

震わせるほどの大声で絶叫した。

下劣な言葉をかけられ激怒した乱に

小刀で局部を刺されたと気づいたときには

後の祭りだった。傷口からは噴水のように

血があふれている。


「ふざけるな! この変態野郎め!

 おれのこの体は上様のもの!

 指一本さわらせない!」


「ギャアアア、まらがちぎれる……痛ってえ」


「とどめだ!」


 甲高い声で一声叫ぶと、乱は作兵衛の首を掻き切ろうとした。

ところが作兵衛は大量に出血して体力を消耗しているにもかかわらず

火事場の馬鹿力で乱の手を押さえつけると、

逆に相手の胸を刺してしまった。権力者を手玉にとった

魔性の美少年は目を大きく見開いたまま血の海の中で動かなくなった。


「おまえがいけないんだぞ! あの凶暴なジジイとは

 毎晩ヤリまくってるくせに変に上品ぶるから。

 あらあら、色白のかわいい顔してなんてたくましい体。

 心をくれないなら首だけでもおくれ……」


 こう言って愛しの美少年の首を切ろうとした

作兵衛だったが、


「わしの乱にさわるなあ!」

と絶叫しながらざんばら髪になった

槍を手にした信長が襲い掛かってきたので仰天した。


「まるで落ち武者の化け物だ!」

と一瞬怖気づいたものの自分がここに来た

本来の目的をようやく思い出した作兵衛は

信長を討ち取るべく槍の穂先を向けた。

 ところが先ほどの悲鳴を聞いて

駆けつけてきた雑兵たちのうちの一人が

放った銃弾が信長の右腕を撃ちぬいた。


「上様! ここは我らにおまかせを!」

と叫びながら小姓たちが続々と現れ、激しい戦闘が始まった。

味方が次々と銃弾に倒れていく中、

信長は愛しの小姓の体を抱えたまま奥へと逃げていった。


「ああ、ちくしょう! 先を越された!

 しかも乱の首すら取れなかった!

 死んでもなお離さないとはなんという執念!」


 作兵衛は絶望しかけたが


「待てよ。今こそあの術を使うときだ」

と思いついて実行に移すことにした。

例の二人が逃げた先に瞬間移動しようというのだ。

一日に二度しか使えないので先ほどは

建物の中を地道に捜索したのである。

意地でもあの二人の首を取って見せると

心に誓いながら、作兵衛は口の中で禍々まがまがしい呪文を唱えた。

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