世界樹の下で黒百合と白菊は咲き誇る -女性しかいない世界で愛を紡ぐ復讐転生者-

大熊猫小パンダ

01愛と憎悪と……憐憫を……



 唐突だが、俺こと藤咲黎ふじさきれいは24歳でその生涯を閉じた。

 実家はそれなりの歴史を持つ、他種多用な格闘技術を取り込み続けることで最強を誇る武術の大家、その長男として生まれた。

 


 俺がなぜ死んだのか?

 それを少しだけ語ろうと思う。

 


 きっかけは、俺が18歳だった6年前にさかのぼる。

 俺には、2歳年下の妹がいた。名前は藤咲優姫ふじさきゆうひといい、近所でも有名な美少女として知られていた。そのせいか、色々な問題に巻き込まれる。そんなこともあったらしいが、生まれた家によって叩き込まれた武術と、持ち回りの人の良さによる味方の多さもあって、大きな問題になることも無かった。

 そんな妹と対照的に兄である俺は不愛想で偏屈。人付き合いは壊滅的で、自分が強くなることにしか興味がなかった。意図的でなかったとしても、人を人として見ない兄妹がそこにあった。



 そんな他者への関心の薄さ、それが災いした。



 雪が降る冬の夜。

 いつまでたっても帰ってこない妹を探して街へ出て、裸で倒れて事切れた妹を見つけた。



 犯人は12人。

 いずれも、俺に勝てないこと。妹に振り向いてもらえないことなど、犯行に至った理由はとても小さくつまらないものだった。しかし、小さなものも積み重なれば大きな暴力になると、俺はその時知った。

 妹の体には、何か所も小さなやけどの痕があった。力で勝てない妹に対して、違法な出力に改造されたスタンガンで、それも執拗に電気を流して体の自由を奪っての犯行だったそうだ。



 そして、俺は犯人たちを殺すことにした。

 俺にとって唯一と言ってもいい、興味と関心を持っている身近な他者であり妹。それを奪った存在をどうしても許すことが出来なかったのだ。何より、犯行を犯した者たちが例外なく14~16歳程度の年齢で、少年法とやらでほとんど処分されなかったというのが一番大きい。


 

 だが、それをするにはまだ早い。

 いろいろな準備がいる。犯人全員を洗い出すことはもちろん、準備もなく行動すれば返り討ちにあうだろう。

 そして一番の障害は身内。武術の家としての家長である御爺様、藤咲十治郎ふじさきじゅうじろうが事件のあらましを耳にして最初に告げた言葉。それを否定しないことには俺は動き出すわけにはいかないと、妙なところで維持になった。



「あれが死んだのは、あれが弱かったからにすぎん。無用な考えは持つ出ないぞ?」



 親族が集まる中で告げられた御爺様の言葉。

 それはある意味正しい。武術の家の生まれでありながら、素人に負けるなど許されないと昔から言われていたからだ。



 それでも、妹が……優姫が弱いという事実を認められない。

 妹は確かにやる気が無かった。けれど、今の家の中では一番の才能を持っていた。あと数年もすれば俺も超えて、遥か高みにすらたどり着けるのではないだろうか? そんな予感を楽しみながら、その時を待ち続け……その時は二度と訪れなくなった。



 とりあえず、家長の言葉に逆らうならば、家長より強くならねばならない。

 順調にいけば次の家長となると筈だった妹はおらず、その妹のために動くには家長を降すしかない。



 そこからの数年は、俺にとってすべてが地獄だった。

 俺は、決して自分の才能を過信していなかった。むしろ、凡人に分類される側だといつも自分を戒め、一つの型を覚えるのにも他者が覚える時間の3倍以上の時間を費やして鍛えていたほどだ。

 そんな俺がすべての障害物を取り除くためにはとにかく時間が足りない。本当は決まっていた大学進学はせずに、使える時間全部を犯人たちの特定と修行。それに必要な知識と技術の習得に費やした5年間。

 睡眠時間は平均で3~4時間程度にとどめていたし、食事は栄養バランスを考えた最低限のものだけ。ひどい時だと、一般的にはディストピア飯と呼ばれることもあるサプリメントだけで済ましたことも少なくない。



 そして、俺が23歳になった誕生日の日。

 家長たる御爺様へと秘密裏に決闘を挑み、降した。それも、圧倒的な実力差を突きつけたうえで。

 


 怒りは一時的な感情。だが、憎しみは継続する根が深い感情だ。

 それだけを原動力に生きた5年間は、藤咲家の歴史において最強ともくされていた御爺様ですら壁足りえないものへと成り下げていた。



 敗北を静かに受け入れ、御爺様はただ一言――好きにするがいい。



 それだけを告げると、道場から出ていった。

 恐らく、御爺様はこの後に俺が何をしようとしているのか理解しているはずだ。だからこそ、事件当時も手を出すなとくぎを刺したのだろうから。

 御爺様が最後に見せた少しだけ寂しげな顔と……ただの愛おしい孫を見る祖父の瞳が、今の俺にとってはただただ虚しかったのを覚えている。



 そこから更に1年。

 犯人たちの特定はすでに終わっていたが、どのような手段で確実に行うのか。それだけを思考し続けた。

 一人ずつではなく、一度に纏めてやらねばならない。殺しの情報が一人分だけでも表に出れば、それだけで難易度は格段に上がる。

 結局、人目が付かない場所に集める。一度に全員を。そして一人も逃がさず殺す。回りくどいことを言っても、やることはそれだけだ。ここまできて失敗するつもりもない。

 御爺様を降したあの日以来、俺の部屋がある場所に近づく者は親族ですらいない。俺を止める存在は……いない。



 来る日。

 バブルがはじけ、今では誰かが近づくことも無くなった山奥にある廃棄された施設に、調べ上げた12人の犯人たちを呼びだした。

 いくら馬鹿でも、このメンバーが同時に集められることに違和感と警戒。恐怖心から各々が得意としているであろう、ある程度の素人でも使える武器を用意しており、全員が完全武装している状態で集っていた。

 普通なら不利を越えて無謀と呼ばれる状況を見て、俺は小さく笑う。


 

「すべては予定通りだな。さぁ、本当の暴力を教えてやろう」



 馬鹿の頭でもわかるように呼び出し、わざわざ武装させた。

 その上で、更なる暴力で叩き潰す。それこそが俺の復讐のやり方であり……妹はお前たち程度に殺されるほど弱くないと叫び続けた俺の心の表れでもあった。


 

 後ろからの奇襲なんてしない。

 相手の視界に入るように、堂々と向かい合って登場した。その後は、一方的な虐殺。



 殺、殺、ただただ殺。

 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺。



 鮮血。



 すべてが血に染まり、終わった時には俺一人。他の誰もが死んだ場所で、朽ちて穴が開いた天井のすき間から見える夜空を眺める。心を満たすものは何もない。ただ、一つの区切りがついたと冷静に考えるだけ。

 それでもまだ、終わっていない。なぜなら……。



「あと一人、それで全部終わりだ」



 そう、この場に呼んでいない人物が一人いる。意図的に呼ばなかった相手であり、少しだけ複雑な感情を抱えている相手。

 その相手は、俺と同じ年齢の女性の幼馴染。有賀美紀ありがみきという名前の、過去に少しの時間だけ交際したこともある相手だ。



 俺は着替えることすらせずに彼女の家へと向かう。今の俺にとって、時間とはすべての面において敵だ。ならばすぐに動くべきなのだから。

 彼女は、12人もの人間を殺害したことで返り血を浴びた俺が夜遅くに家を訪ねてきても、何も言わずに家に上げる。そのまま、2階の自室へと案内され、お茶まで出したきた。まるで、こうなることが分かっていたかのように彼女は受け入れた。



 そして……死んだ。



 今考えるに彼女、有賀美紀は精神を病んでいたのだと思う。

 平然と人を殺しまくった俺が言うのもなんだが、そうとしか思えなかった。

 


 この事件を調べ始めてすぐに、俺はとあることに気が付いた。

 実際の犯行を犯した12人の馬鹿どもに、人を殺すなんて頭や度胸がまったくないことに。スタンガンの違法改造をする知識や技術がないのは確実だし、妹があの時間のあの場所を通るなんて下調べが出来るほどの頭の良さは一切ない。

 にもかかわらず、妹はあっさりと、辱められた上で死んだ。



 ――赤信号、みんなで渡れば怖くない。


 

 そんな言葉がある。

 まぁ、集団心理の一つであり、一人では出来ないことも多人数が集まれば容易く行えるというものだ。

 責任の分散。そんなものは実際には発生しないのだが、そうなる気がする。何より、自分一人だけではないのだという安心感が生まれるのだそうだ。それだけで人はどんなことでも容易く行えるようになる。そんな思考に陥ったとしても、それでも人を殺すなんてリスクに手を出せる程の人間ではなかった。



 ならば、そうなるように唆した人物がいる。それも、俺に身近な存在で。



 結果として、それが幼馴染の有賀美紀だったというだけのこと。

 ただ、美紀が妹を害したその理由だけがわからなかった。

 


 一度は交際したこともある、憎まれることはおろか嫌われることもなかった……と思っていた相手。

 だから、最後に尋ねた。なぜ妹を殺すように、あの馬鹿どもを唆したのかを。



「私はね、あなたのすべてが欲しくて、あなたのすべてを独占したかった。だから、私以外であなたの視界の中にいた女を排除した。それだけよ?」



 そう答えた美紀は、とても……そう、とても綺麗な笑顔だった。子供のように無邪気な笑顔だった。 

 返答の内容に戸惑い、俺の動きが止まったのを自覚し、それこそが最大の失敗だった。



 美紀は自分の部屋に、何処からか手に入れた爆弾を複数。部屋の中にいる人間を確実に殺せる量と配置で用意して待っていた。俺がこの部屋に訪れ、俺を独占するために俺と共に死ぬという決断を下していたのだ。

 ポケットから取り出された小さなスイッチを、美紀は一切躊躇わずに押した。



 熱と衝撃。

 それだけが感覚を支配し、目の間の美紀は笑いながら爆炎の向こうへと消えた。



 そうして、俺は復讐を遂げると同時に、陰謀の主によって殺された。

 ただ、それだけだ。


 俺の心の中に生まれた小さな憐れみ……もしくは痛み。それはきっと気のせいだから。

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