4.シノハナ

「…お前、うちの部隊に入れ。」


昨夜の出来事をエレミヤは師匠に話した。

そして名付けをしたことを伝えた途端、こう言われた。


「はい?」


師匠に問い返したエレミヤ。


「お前なぁ、世間知らずだから教えてやっけど、名付けをするってことはな、相手を強化するってことだ。」


強化?

似たようなセリフをどこかで…。

あ、そうだ!


『エレミヤがもっと強くしてくれたから、エレミヤと我はもっと最強なのだ!』


と氷蓮が言っていたではないか!

あの事は名付けのことだったのか…。

ごめん。氷蓮。もちろん、名前を撤回しようとはしていないから。でもなんかごめん…。


「それに、だ!国を滅ぼしたことがある龍だと?!そんな龍、たったい一匹しかいないだろ!」

「へー。氷蓮って有名なんですね。」


と言いながら隣を見る。

そこには小さい氷蓮がせっせかご飯を食べている。 


『そうなのだ!我は有名なのだ!』


愛らしい…。 

師匠も見惚れている。


『ロンガット殿、おかわり!なのだ!』

「ヒョウレンさまはよくお食べになりますなぁ。」


師匠は氷蓮を抱き上げながら言う。

「…これで分かったか?俺がお前を推薦した理由。」

「いえ。全く。」


この言葉には氷蓮も驚いている。

ロンガットは笑いを堪えているのが丸見えだ。


『エレミヤ…。主は我と契を結んだから強いのだぞ?そこのところ、分かってる?』


氷蓮の言葉にエレミヤは目を逸らしながら言う。


「確かに…僕は人より強いかもしれない。でもそれは、氷蓮の力であって、僕の力ではない。」


エレミヤ以外の2人+1匹は顔を見合わせる。

そして、深く、長いため息をつく。


「とにかくだ!ヒョウレンと組むのなら、うちの部隊に入れ!そうしないと…。やばいことになるかも…な。」 


氷蓮はソッポ向き、エレミヤは首を傾げる。


「もしやばいことになるのなら、それは僕の能力を抑える力が足りないからです。もっと修行しないとな…。」


最後はもう独り言のようになっていた。


「「『いや違くて。』」」


と2人+1匹は口を揃えて言った。

なんの事?

とまたも首を傾げたエレミヤに2人+1匹は諦めの感情を抱く。


〘…我はエレミヤのその絶大なる力を感じたからエレミヤの魂を我の寝床に招待したのだ。そのことを自分でわかっていないとなると、宝の持ち腐れになっちゃうな…。ほんとはすごい力を持っているのに…。こりゃ、ジリアス殿も大変だな…〙


氷蓮は食べ終わった食器を台所に持っていくエレミヤを見た。


〘まぁそれはいいとして…。この国で勇者召喚の動きが見られる。くれぐれも気をつけないとな…〙


氷蓮は主を見る。

白髪に青い目。

この世界でも珍しい髪と目を持つ少年。

自分と似たような色をしている主を氷蓮は楽しげに見た。


❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅


「まっくん…まっくん…。会いたいよぉ…。」


小野原深色はもう火葬された幼馴染を毎日思っていた。

もう何日もまともに食べていないその体は痩せこけていた。


「アイツらだ…。あの。まっくんをいじめたやつ…。全てアイツらが悪い……。」


下から母の声が聞こえた。

深色はドアの方向に目を向ける。


「深色…。ご飯よ。降りてきて…。お願いだから…。」 


泣きそうな母の声。

深色は知らないふりをして改めて窓の外を眺めた。

そしてそこに写った景色を見て目を見開く。

アイツらだ。

真龍のことを忘れたのか、小鳥をいじめて楽しんでいる。

くちばしをパクパクさせている小鳥。

窓がしまっているため聞こえなちのだが、声が聞こえていなくとも小さなくちばしからかすれた鳴き声が聞こえてくるようだ。

1人は小鳥を蹴り飛ばし、1人はそれを笑いながら見ている。

1人は小鳥が苦しんでいる様子を撮影している。


(アイツら…またかよ。まだ弱物が苦しんでいるのを見るのが好きなのかよ!なんにも変わってない。何も変わっていないじゃない!)


深色は怒りに我を忘れ、本能的に弦が張られている弓を取り出し、矢をつがえる。

そして勢いよく窓を開ける。


(アイツらが生きていたら…。これからまっくんみたいに苦しむ人が増える。その前に私が消し去る!その権利が…私にはある!)


そして躊躇いもなく放った。

全国一位の名は伊達ではない。その矢は撮影している男子生徒の首を貫いた。

撮影者はすぐに動かなくなった。

弓道の矢は危険だ。本当に人を殺す力をもっている。

急に倒れて動かなくなった仲間を見て唖然とする奴ら。

深色は更に二本同士に番えた。

真龍がハマっていた漫画のヒロインの技。

漫画では5本同時に番えるのだが、現実では流石に二本が限界だった。

真龍はそれを見て嬉しそうに、そして目をキラキラさせていた。


『すごいよ、みぃ!流石だね!』


しかし、原理は簡単。

打起こし、引分け、会 、離れ、残身。

これらを二本同時にすれば良いこと。

深色は恐怖で動けなくなった2つのに向かう。

ゆっくり矢を番えた弓を持ち上げる。

これが打起こし。

持ち上げた状態から弦を引き、弓を押していく。

これが引分け。

そして完全に引分けた状態、これが会。

この会は普通10秒ほどその状態を保つ。

その10秒がこのときの深色にとっては長い。

深色はたったの5秒ほどで矢を放った。

それなのに矢は的へ吸い込まれていく。

二本の矢が2つの的にあたった。

そして5秒ほど残身。

深色は口元に笑みを浮かべた。

(もう、これで安心。)

そしてベッドに腰を下ろそうとしたとき、


「え?」


床が光っている。 

その光は完全に深色を飲み込んだ。

そして深色の家の前には3人の死体と一羽の小鳥の死体が、深色の部屋には使われた弓が落ちていた。



異世界ではジリアスがエレミヤを自分の職場に連れてきていた。


「見ろ!エレミヤ!ここが我が部隊、シノハナの本部だ!」


師匠がエレミヤの腕を引っ張り、中に入ると…。 


(日本語…?!)


日本語で書かれた紙があちこちに貼られていた。


「剣を持つときは無心にすべし」

「弓矢は礼期謝儀らいきしゃぎを守るべし」


ワオ。

単純にそう思った。


「師匠、この文字は?」


師匠はにっ、と笑い、


「シノハナを創った人の故郷の文字だとさ。」 


エレミヤはポカンとした。


(じゃあ、ここの創業者も日本人なのか?!)

「なんか、奇妙な文字だよな…。」

「で、ですね…」


するとエレミヤの中にいる氷蓮が説明した。


『エレミヤ、エレミヤ!この文字、ニホンゴっていうんだ!』

【へ、へぇー。】


エレミヤは中にいる氷蓮に返した。

心の中で話すのだが、どうも慣れない。


『何でも知っているのだ!何でも聞くがいい!』

【へぇー。なら、この創業者の名前は?】

『イチロー・サトウ!』

「…。」


なんか普通の名前だな。

というか、この世界で転生者って普通なのかな?師匠に聞いてみよ。

エレミヤは氷蓮に礼を言ってから師匠に話しかけた。 


「師匠。」

「ん?」

「転生者って聞いたことあります?」


この世界では転生者はあたりまえなのか。それを知りたかったのだ。


「いや、知らねぇが、転移者は知ってるぞ。転移者の間違いじゃないか?」


エレミヤは首を傾げた。

転移者か…。


【氷蓮は?聞いたことない?】


すると氷蓮は


『ある!転生者は異世界からやってくる、魂のことを言うんだ。だって、転生者はこの世界の住人に取り付くからね。本体は死んでるからね!』

【ふぅん…】


妖怪のような扱い方はやめてもらいたいが理解した。だから僕、全然昔とは違う顔に身体なってるんだ…。僕はこの子に取り付いたんだ…。


『でも、大昔に廃れちゃってさ。あ、このニホンゴも転生者が伝えた、とされているんだ!大昔だけどね!』

【へ、へぇ…】 


佐藤一郎さん。生きてたら一緒に日本の話したかったのに…。


【じゃ、転移者は?】

『転移者はね、国の偉い人が召喚するんだ。ここではそういう転移系の異能力者がたまに生まれてくるんだ。5百年に一回くらい。

この国でも今、召喚の計画が進められている。』

【そっか。】 

『うん。』


では、どうしてエレミヤが…いや、真龍がここに転生してこれたのだろうか。


「まぁ、僕はここに来れて満足だけどね。」 


呟いた言葉は氷蓮も聞こえなかった。

前を歩いている師匠を見て異世界から転生された弟子は嬉しそうに笑った。



「ほれ。ここだ。入れ。」


ジリアスが会議室のような部屋にエレミヤを招き入れた。


「し、失礼しま…」


入って一歩。思わず足を止め、絶句。


部屋に入る時に一番、目につくところに「死」とでかでかと書いてあったら誰でも驚いて立ちすくむでしょ?


この部屋は佐藤さんが日本を感じようとしたのか、下は完全にい草ではない畳に、木材をくっつけて紙を貼っただけの障子。

生花はどこかで摘んできたのであろう、野草。

みんな正座をしているが顔には出さないだけで相当苦しそうだ。

そしてさっきも言った通りに壁に筆で、でかでかと書かれた「死」がある。

何この部屋。

めっちゃ違和感あるんですけど!

エレミヤはジリアスに言われたとおり、端っこで正座をした。

それに、何で「死」?

普通「誠」とかじゃない?

なんか、この場にいる人全員呪ってる感じがして怖いんだけど…。

ジリアスがずかずかと進み、一番に行き、ドスンと座った。

しかも、胡座あぐらを掻いている。

その瞬間、全員が一斉に頭を垂れた。 

目を見張らないわけにはいかない。

するとジリアス除く全員が片言の日本語で叫んだ。


「「「お館様に申し上げます!」」」



この世界で話されているのは日本語ではない。

当たり前かもしれないが。

ではなぜ、真龍であった頃のエレミヤがその世界の言葉を話すことができたのか。

答えは単純。

エレミヤがこの体の持ち主に取り付いてしまったから。

この世界での言葉は5歳でも普通に使われる。それはどこの世界でも共通していることだ。

この体の持ち主の癖がエレミヤにもうつってしまっていたのだ。

なので、もとの世界の記憶を持つエレミヤはもちろん、日本語も話すことができるのだ。

なので、その日本語を理解してしまったエレミヤは右手を頭に当て、


(佐藤一郎さん…。あなたはこの世界にとんでもない文化を持ち込んでしまった!)


と思い、同郷として、この場にいる全員に最敬礼で侘びたいと心から思った。

そしてジリアスも片言の日本語で叫ぶ。


「全員揃ったな。よいであろう。して、今日の予定だが、余は我が弟子を訓練し、その他の者は訓練に励むと良い。」

「「「「はっ!!」」」」


抑揚が変だし、それに喋り方が古風!

頭を抱えるエレミヤである。

その時、ジリアスが日本語でエレミヤを呼んだ。


「我が弟子、エレミヤよ!こちらへ参れ!」

「はい!…あ。」


エレミヤは反射的に答えてしまった。日本語で。

ばっ、と全員がこちらを向き、エレミヤは口を抑えている。

そして日本人がよくするように引きつった笑顔を浮かべた。

黙っていては何もできないのでエレミヤは正座の状態から左足から立ち上がり、師匠の前に座り、右足から座った。

そして白々しく元気よく言ったのだ。


「師匠。これでいいんでしょうか?」


と。もちろん、この世界の言葉で。

師匠ははっとし、


「あ、あぁ!さすが我が弟子だ。よく出来たな。」


表では穏やかな笑みを浮かべているエレミヤだが、内心物凄く冷や汗をかいていた。

あぁ。隠し通せる気がしない。

僕が「異世界人」ってことが…。










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