お手を拝借!
ヒロセ ユウコ
プロローグ
「山下、」
鋭い声とともに、デスクに座るわたしの手元に紙の束が舞い込んだ。
「だから、言ってるじゃん。この書き方じゃ一般のお客さんはわかんないよ」
秘書と呼ぶのか、マネージャーと呼ぶのか。
とにかく、この春、前職の同期である彼と美容関係の会社を立ち上げた。
美容関係といっても、美容家として活動を行う私のマネジメント事務所のようなものだ。
会社員時代からずば抜けて優秀だった彼は、戦場をこの小さな会社に移しても、恐ろしいほど優秀だ。
「専門用語ってほどでもないのに、組み合わさると話がややこしくなるのがこの業界よね」
眉間にしわを寄せて、返された書類を整える。
「山下くらい勉強しちゃうとそうなるよ。一周回ってわからなくなるもんだって」
珈琲の香りがするマグカップをこちらに手渡しながら、岩本陽平は言う。
「私、一人で事業興してたら今頃野垂れ死んでたよ、ほんとありがと」
一応この会社の社長は私だ。
会社を背負っているという自覚はある。
それでも、時折こうして弱音が零れ落ちる。
ありがとう、とカップを受け取ると、彼はこちらの手元を覗き込んで、言い放った。
「それ、成功させないと再来月きついんだから。よろしく」
桜が舞い散る春の東京で、私たちは二度目のスタートを切った。
これから、山と谷を繰り返すであろう道を、二人で歩むことを誓ったのだ。
そして季節は巡り、夏を迎えた。
生暖かい空気が、二人の間を通り抜ける。
そういえば、今ここにいるきっかけになったのも、夏の生ぬるい日のことだった。
なぜか私の記憶は抜け落ちているけれど、いつか、彼に教えてもらおう。
だって、これからも、ずっと一緒に歩んでいくのだから。
どうしようもないような困難に立ち向かう日も、余りある喜びを分かち合う日も。
もっと、ずっと、二人で味わい尽くそう。
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