アイスコーヒーの氷がすべて溶けたら
みなづきあまね
アイスコーヒーの氷がすべて溶けたら
今年一番の暑さを記録した。通勤中はたしかに不快だが、こうやって冷房の利いた部屋の中で1日中仕事ができるのではラッキーだとつくづく思う。たまにあまりの寒暖差にやられ、だるくなるのは毎年恒例だ。
今日は少し特別。先週、盆休みに入る前に勇気を出して彼に「一緒に帰れませんか?」と声を掛けたのだ。彼は「別にいいですよ?」と喜んでも嫌がってもいない顔でそう答えた。
私はまだ日が落ちていない西日が差す窓を眺め、ゆっくり帰るのには少し悪い条件だとは思いつつも、パソコンの電源を落とした。荷物をまとめていると、彼が私の所へやってきた。
「もう帰ります?」
「はい、もう急ぎの仕事もないので。本当にいいんですか?」
「何が?」
「一緒に帰っても。」
「ああ、別に?」
「じゃ、帰りましょう。」
私たちはまだオフィスに残っている上司や同僚に声を掛け、灼熱の外へと出た。
「暑っ・・・。今日、今シーズン1番だそうですね。」
「毎年嫌だとは思うけど、休めるわけもないし。」
私は訪れた沈黙をどう打破するかを考えながら、まだ小腹を満たしていなかったこともあり、彼にこう提案した。
「あの、少し寄り道しませんか?」
「え?」
「暑すぎてアイスコーヒー、飲みたいんです。今日はおやつ食べてないし。」
「いいですよ?」
私は内心ガッツポーズをした。ずっと彼と寄り道をしたいと思っていたから。
私は会社から近い喫茶店に行くことにした。たくさんカフェのある激戦区だが、観光客が多かったり、まだ行ったことのない店が多かったり。そんな中で、好きなお店且つ座れる勝算が高い店を選んだ。
間接照明しかない暗い店内に入ると、案の定席はまだ空いていた。私たちは奥の方にあるボックス席に座った。
「よく来るんですか?」
「そんな頻繫ではないけど、少し早く帰れた日とか、落ち着いて読書したい日なんかは来ますよ。」
そこでお水を持ってきてくれた店員に、私たちはアイスコーヒーを2つ注文した。
何を話せばいいのか分からず、互いに水を一口飲んだ。
それからは休み中に何をしていたのかを話したり、来週から多忙になるため、どんな仕事が待ち構えているのかについて話をした。
途中運ばれてきたアイスコーヒーは暑さで火照った体に染みわたる。飲み進めると、冷房で冷えてきたことと相まって、コップにつけていた指先を離したくなった。
ストローで時折氷をかき混ぜると、コロコロと夏特有の涼し気な音がする。普段、体を冷やすといけないからあまりアイスコーヒーは飲まないようにしているが、汗をかくほどの日にこの音を聞きながら飲むアイスコーヒーは絶品である。
しかも今日は目の前に好きな人がいる。彼は仕方なく付き合ってくれたのかもしれない。笑顔で話してくれている裏で、すぐにでも帰りたいと思っているのかも。けれど、私より減っていないコーヒーのかさを見て、私はちょっとだけ期待した。
この氷が溶けきれば、時間オーバー。そう思って、私はストローを持つ手をぱっと離した。
真夏のなんでもない日。私には特別な夏の思い出。
アイスコーヒーの氷がすべて溶けたら みなづきあまね @soranomame
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