記録帳
敦煌
道化とマゾヒズム
昔から、映画とか、オペラとか、ミュージカルに出てくる道化役が好きだ。
「リトル・マーメイド」のセバスチャン、「ライオンキング」のザズー、「魔笛」のパパゲーノ、「トゥーランドット」の大臣たち。「ベルばら」ではオスカルでもアンドレでもなく、ローアン大司教が大好きだった。
さて、タイトルに「マゾヒズム」と言う言葉を据えたが、どう繋がってくるのだろうか、と思われる方がほとんどだと思う。
おそらく周りからもそう見られているのだろうが、私は相当なマゾヒストであることを自覚している。日常生活の中で、発言を雑に扱われたり、揶揄われたり、相手に対して敢えて大袈裟に謝ったり、おかしなことを言って周りから嘲笑されるのを好む。おそらくいじられキャラの成れの果てであろうが、それにはどうしても、前述の様な道化役達の影響が大きいと思うのだ。
別にその気が無いわけではないのだが、性的な方について語るとなると、あまりに生々しくなってしまうので、ここではあくまで心理的マゾヒズムについてだけ言及しよう。
思えば道化役はほんの幼少の頃から好きだった。詳しく覚えてはいないが、とにかくあの時から主役には興味のない性分だったのだ。
時に主人公と敵対し、倒されたり酷い目に遭うような、そんな笑われるために存在する彼らに妙な魅力を感じていた。成長とともに色々な作品を知り、そこに出てくる三枚目たちを好きになっていった。
元来私は引っ込み思案でどんくさく、保育園や小学校のクラスでは冴えない存在であった。そんな私が彼らに惹かれていたのには、ある種自己投影もあったのではないだろうか。つまり、決して主役にはなれず、話の彩りのためのやられ役である道化達に、一人では何もできず主流派になることもない、誰かによってしか輝かない自分を重ね、親近感を抱いていたということである。
そしてその親近感は、自分がそうなるうちに快楽へと変換されていったのだろう。
いつからか私は、自分もそうありたいと思うようになった。同じ様に小心者で、役に立たず、主人公達のような大義や志を持っておらずとも、作品内でいためつけられることにより、一つのキャラクターとして個性を確立している道化という立ち位置に。そして行動や言動は道理を通すことより受けを重視する様になった。皆私を見て笑い、それはおかしいと指摘する。すると私はさらに筋の通らないことを言い、友人達はまた笑いながら呆れた顔で私を見る。このように、くだらないことを言って笑われ、突っ込まれを繰り返すことによって、私は日常の中で更なる楽しみを見出していった。
そうしているうちに、私はいつからか、持ち前の劣等感や周りからの軽蔑をマゾヒズム的快楽として変換していたようである。これは一見すると不思議な現象だが、そのメカニズムを自分なりに考えてみた。
おそらくその快楽というのは元来の主体性のなさから来ている。私は自分一人では行動を起こす事も単純に努力する事もできない、出来の悪いと言わざるを得ないような人間である。だから元々、リーダーシップは取らず二番手にまわり、誰かに従うことが多かった。それが一番楽だからである。その思考が、私のマゾヒズムの根底にあるのではないか。そのために従属や屈服をするのを好む。些細なことでも大袈裟に謝るのは、本当に悪いと思っているのではない。そうすることで、相手が優位である状況を作り出そうとしているのだ。それと同じで、誰かがいて初めて私は道化になれる。笑われたり、突っ込まれたり、命令されたり、引かれたり。結局常に受け身なのである。
そして、それを是としている自分がいる。
以前はこういう欠陥だらけの人間性をどうしようもないと悲観していたが、一度それを笑えるようになってしまえば罵倒すらも受け止められる。自分が劣っているということを確認するのは、なんの苦もないことであった。それどころか笑いの種になるのなら、私にとってはむしろ喜ぶべきものなのである。
かくして私の中のマゾヒズムは花開いた。おおむね、プライドを捨て道化に徹するようになったことで、自己肯定感の低さを周りからの罵倒に変換して、さらにそれを快楽として自分の中で処理しているかたちとなる。文字に起こすとだいぶ不健全だが、これによって私は以前のように卑屈になることもなく暮らしているのである。
一つ、最後にこれだけは留意しておきたい。
私は誰に対してもそのような扱いを好むのではない。かなり親しい友人や教員、あるいは家族など、堅固な信頼関係にある一部の人々に限る。私だっていくらマゾヒストといえど、なにぶんそういうところから端を発しているから、不条理なのは好かない。ようは私が、彼らを自分より優秀である思っているかどうかなので、嫌いな同輩や教師にどれだけ嘲られ、罵られようと大袈裟な謝罪もしないし、快楽を見出すこともなく、単に気を悪くするだけである。
しかし昨今はそこを履き違える奴が多すぎる。変態もなかなか楽ではない。
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