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「トゥネリさん、起きてください」
誰かが呼ぶ声を聞き、トゥネリは目を覚ました。ぼんやりとした頭で辺りを見回すと、ルージュヴェリアの姿が目に入る。
「あれ……? もしかして寝てた?」
自分の状況を確認するトゥネリ。今いる場所は自分の部屋だが、椅子に座り、テーブルに突っ伏して眠っていたようだ。そう認識すると、凝った体を解すように大きく伸びをした。
「おはようございます。昨日は何か情報を掴めましたか?」
「情報……?」
「ほら。昨日助けたお母様の」
ああ、とトゥネリは思い出す。まだ意識が覚醒したわけではないため、直ぐその事に頭が回っていなかった。
「なにも無いわね。捕まえた奴らが下っ端も下っ端なのか、なにも知らないの一点張りでね……」
「そうですか……」
「挙句、話したのがバレたら殺されるとさえ言ってたわ。ほんと、都合のいいことばかり言う奴らだわ」
心底呆れたように、トゥネリは大きなため息を吐く。
「では、そんなトゥネリさんに耳よりの情報を」
「……なに? どうでもいいことじゃないでしょうね?」
「いえいえ。まさかそんな」
そう言うとルージュヴェリアは幾つかの書類の束をトゥネリに渡した。
「これは?」
「シェルヴィアさんが無理やりやらされてた依頼整理の中にあったものです」
何故そんなものをと一瞬疑問に思ったトゥネリだったが、すぐに思い当たると書類に目を通し始めた。
「これ……どういうことよ」
依頼内容のどれもが、自分の子供を助けてほしいというものだった。
「どうやらここ数日、子供が何者かに連れ去られる事例が発生しているようでして」
「でも私、昨日子供たちが遊んでいるのを見たわよ? なのになんでこんな依頼が幾つも来てるのよ」
トゥネリの問いに、ルージュヴェリアは深刻な表情で言った。
「それ……殆どがこの国から出た依頼じゃないんですよ……」
「は?」
言われてトゥネリは書類を注意深く目を通す。どの依頼も依頼発生の地がヘルディロ以外のものであり、その数は数十にも及んでいた。
「本部から流されてきた依頼の中に、これだけの数があるって何かおかしくないですか?」
「確かに。普通はそれぞれの国の支部が依頼を解決するものよね?」
「はい。昨日シェルヴィアさんと整理していて、おかしいなとは思っていたんですけど」
ギルドに集まる依頼の多くは基本、依頼が発生した地と本部に張り出されことになっている。それがどういうわけか、このヘルディロ支部にまで回ってきているというのはおかしな話である。
ともすれば、それだけの大事が発生していると見てもおかしくはない。
「これは……いよいよ持ってきな臭くなってきたわね」
トゥネリは思考を巡らせる。
「本部から通されてここに来ているってことは、各支部の人間が解決したがらなかったってことかしら?」
「そうとも取れますし、純粋に依頼の報酬を見て判断された可能性もあります」
確かに。とトゥネリは肯く。
ギルドに加入する者の多くは、依頼を完遂した際に発生する報酬内容を見て受けるかどうかを判断する。
が、渡された依頼のどれも、報酬金は安価ばかり。それこそ、人によっては一日で使い果たしてしまう量なのだ。
「調べたところ、依頼した人の殆どが貧困層でした。だから報酬金が少なかったんでしょうね」
「結果誰も受けることがなく、本部を通してこっちにまで依頼が回ってきていた……と」
「はい。そして昨日助けた女性も、金銭に困っている方だった……」
「というよりは、金銭を巻き上げられている人だった……」
もし同様の件が他国にも発生しており、結果依頼という形で浮き彫りになっているのだとすれば、それは大問題だ。
「商会そのものが絡んでいる可能性……出てくるわよね」
二人はしばし無言になる。
このままでは商会全体が敵となってしまう。そうなってしまっては、さすがに二人だけの力ではどうすることも出来ない。
「仕方ない……か……」
トゥネリは呟くと、徐に立ち上がった。
「あいつに協力を頼むわ」
「あいつって、ユースさんにですか?」
「ええ。一応は今のパートナーだし、協力してくれるでしょ」
そう言うと、トゥネリは身支度を始める。
ギルド加入の際に支給される上着を羽織り、机の引き出しから一丁のクロスボウを取り出す。この小型のクロスボウは発射部が折り畳み式になっており、ホルスターに綺麗に収まっている。これを腰に巻くと、矢筒を太腿に括り付けた。
「あいつ、どこかで見かけた?」
「確か支部長室に入っていくのを見かけましたよ?」
トゥネリは眉を潜める。
(そういえば、支部長のあいつなら普通この事態について知っていてもおかしくはないわよね?)
「わかった。とりあえず支部長室に行くわ。ルーは引き続き何か情報が無いか集めてもらえる?」
「わかりました。シェルヴィアさんにもお願いして、出来るだけ多くの情報を探しておきます」
宿舎を後にすると、トゥネリは急ぎ足で支部長室に向かった。
「おや、どうしたトゥネリ? そんな深刻そうな表情をして」
部屋に入ると、まるで待ち構えていたかのようにヴェラドーネが言った。
その発言でトゥネリは抱いていた疑念が確信に変わる。
「ヴェラドーネ。あなた、これのこと知ってて隠してたわね?」
トゥネリは持っていた依頼の書類を、ヴェラドーネの目の前に投げ捨てる。
「おやおや。依頼は一応公文書なんだ。そう雑に扱うものじゃないよ」
「黙りなさい。あなたどういうつもり?」
「どういうつもりも何も、私は何も知らないんだけどねー」
トゥネリの問い掛けに、ヴェラドーネは笑みを浮かべる。
「惚けないで。まさか貴方達、わざと商会の連中を蔓延らせてるわね?」
「はて? なんのことだかさっぱり」
ヴェラドーネの態度に、トゥネリは奥歯を噛み締める。明らかに何かを知っていて隠している様子だ。
そこへ助け舟を出すかのように言う者がいた。
「俺も知りたいな。こいつが言っていることについて」
壁に寄り掛かっていたユースが、睨みを効かせながらトゥネリの隣に立った。
「まさかあなたもこいつとグルじゃないでしょうね?」
「まさか。俺もシェルヴィアのやつに今朝言われてな。来ている依頼が明らかにおかしいってんで見てみたんだが……」
ユースは机に置かれた依頼の書類を取り、眺めるように掲げた。
「まさか、これだけ子供を助けてほしいって内容のものがあるなんてな」
ユースの言葉に、ヴェラドーネの顔から笑みが消える。どこか気怠げな表情で頬杖を突き、彼女もまた書類を手に取った。
「まあ、正直私もここまでやるとは思ってなかったんだけどな」
「やっぱり何か知ってるのね?」
トゥネリの問いを聞き、ヴェラドーネは立ち上がる。窓から外を眺めながら、話し始めた。
「いつからだったかなぁ。商会に登録している地売り業者が、不当に金を巻き上げている可能性があるって話が上がってな。なんでも土地の金を払った人間に、その時の倍以上の額をさらに要求していたらしいんだ」
「なんでそいつらを放ったらかしにしてんのよ!」
「手出し出来ないからだよ」
「は?」
ヴェラドーネの言葉に、トゥネリは疑問を口にする。
「手出し出来ないって、どういうことよ?」
「そのまんまの意味だ。私たちギルドとリヴェルトス商会の間には絶対不可侵の契約を結んでいるんだ。
私たちギルドの人間は商会に登録している連中に対して一切の手出しが出来ない代わりに、向こうもこちらに金銭の要求を出来ないという、まあ昔からある決まりみたいなもんだ」
「そんな! じゃああいつらが悪さをしても誰も!」
「そのためにいるのが国の兵士たちだ。まあ彼らも彼らで金に釣られて見逃すということもあるんだが。
けど私たちもあくまで、依頼を受けるという形でしか他者に介入することが出来ない。依頼に関わることならば何をしてもいい一方で、依頼を受けていなければ何もすることが出来ないんだよ。
だから多くの者は報酬金を見て依頼を受ける。場合によっては人生を失うことにもなるし、誰かの人生を奪うことにもなるんだからな。それがギルドっていう組織だ。まさか知らなかったわけじゃないだろ?」
トゥネリは否定出来ない。ギルドには数多くの決まりがある。その中の一つが、依頼以外では勝手な行動が出来ないということだ。つまり、何をするにしても依頼を受けていなければ思うように行動することが出来ないのだ。これを破った場合、ギルドとの契約が切れ、数年間牢獄に入れられることになる。
逆に言ってしまえば、依頼に関わっていれば例え人を殺したとしても咎められることはない。それがギルドに関わっている人間というものだ。
「ただまあ、世の中には例外ってやつが存在するんだが」
ヴェラドーネは笑みを浮かべると、ユースの方を一瞥した。
「お前が捕らえた者たちはな、商会の地売り業者に雇われたギルド登録者だ。残念だけど今はあいつらの罪を問うことは出来ないぞ」
「あんた……そこまで知ってて……」
トゥネリは歯噛みする。入ってから薄々歪んだ組織だとは思っていた。しかしここまでのものとは考えてもいなかった。
「んまあ、正直私も昔からあるものを一切変えないのは如何なもんかと思っているがな。これが作られた当時の人間は感情が稀薄だったからな」
ヴェラドーネはそう言って苦笑すると、席に座る。そしてトゥネリの顔を見ながら言った。
「お前はどうしたい?」
問いにトゥネリは俯く。
どうしたいかなど決まっている。この事件を見過ごすわけには行かない。かつての記憶が、後悔がそう叫んでいる。
トゥネリは拳を握り、顔を上げる。決意の籠もった瞳でヴェラドーネを見据える。
「そんなの決まってるでしょ。助けるに決まってる」
答えを聞くや否や、ヴェラドーネは口元に笑みを浮かべた。
「そうか。なら話は早い。ここにある依頼を全部受けて、そして解決しろ。そうすれば、これに関わった奴らを捕らえることも出来るだろうさ」
依頼を束ねた書類を取り、トゥネリの前に差し出すヴェラドーネ。
書類を受け取ると、トゥネリは足早に部屋を出て行った。
「いやーほんと、純粋でいい子だなぁあの子。お前の相棒には勿体無いよ」
「あくまで俺があいつと組んでるのは仮の話だろうが。それよりお前……今度は何を企んでいる?」
笑うヴェラドーネに、ユースは鋭い視線を向ける。
「お前はいつもそうやって何を企んでいるだのなんだの――」
「お前はいつも何かを企んで行動するやつだ。そこそこの付き合いなんだ、よく知っている」
ユースの言葉にヴェラドーネは苦笑する。
「酷い言い様だね、それは。そこまで私に信用がないかい?」
「お前から漂う雰囲気そのものが胡散臭いんだよ」
吐き捨てるように言うと、ユースも部屋から出て行く。
ヴェラドーネはそれを見送ると、不敵な笑みと眼差しで閉じられた扉を眺めていた。
「おい、トゥネリ」
急ぎ足で向かおうとするトゥネリを、ユースが呼び止める。
「なによ? あんたも協力してくれるわけ?」
立ち止まって振り向くトゥネリ。
「まあ、そのつもりだがな」
彼女の鋭い視線に嘆息すると、ユースは近くまで歩み寄っていく。
「お前はどう思う?」
「なにがよ? ヴェラドーネのこと?」
「それもあるが、今回の件についてだ」
言っていることが理解出来ず、トゥネリは小首を傾げる。するとユースは眉間にしわを寄せた。
「なんで今までこの依頼がこっちに流れて来なかったんだろうな? いや、そもそもこの依頼がどうして今になって出てきたんだろうな?」
問われて、トゥネリは考えを巡らせる。
確かに、ユースの言う通り今回の件はいつ起こってもおかしくない案件だ。それこそ数年前から起こっており、その時から依頼で溢れかえっていてもおかしくはないだろう。
だというのに、依頼が作成された日付を見ると、ここ一週間に渡って作られたものだと書かれている。まるで作為的に隠されていたような、あるいは突然起こったかのような。
疑問が堂々巡りのように湧いて出てくる。トゥネリはその処理が上手く出来ず、額に手を当てた。
「まるで何かを待っていたみたいだな……」
含みのある言い方で呟くと、ユースはトゥネリを素通りして歩いていく。
「ちょっと! どこに行くのよ!」
「悪いが俺とお前は別行動だ。お前はお前で、それの依頼主を当たれ」
「あんたは?」
問いには答えず、ユースは去って行った。
一人残されたトゥネリはただ立ち尽くす。彼女の頭の中では、ユースの放った含みのある言葉が延々と木霊していた。
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