二十四日の恋人
汐月
第1話
二か月前に付き合い始めて二十四日で別れた彼が、友達と付き合い始めて今日で二十三日になる。
隣の席の水戸くんは女子の間で「誰もが一度は通る道」とさえ称されるほど彼女がコロコロ変わることで有名で、誰もが一度は付き合うことになるだろう相手だ。
彼はいつもマネージャー不足に悩む陸上部の新副部長で、高跳びの選手。外部活とは思えないほど白い肌に、細い体躯。すらりと背が高く、顔は適度に整っている。ざっと分類するなら陽キャの一軍で、でも先述した通り地味とか関係なく女の子とは恋愛感情も含めた付き合いがある。それは彼が好意を持たれやすいということもあるのだろうが、何より誰にでも分け隔てない態度や言動が無意識に安心を与えることに起因するのだろう。
事実私もそんなに目立つタイプじゃなかったし、それは今もそう。恋愛に疎くて、そういうものに振り回されるのも嫌い、自分ではガードが硬い方だとも思っている。
けれどもそんなのは関係ない。自分はしっかりしていると思っている人ほど詐欺に引っかかりやすいと言うけれど、彼もまたその部類に入るのかもしれない。別に、詐欺みたいに無慈悲に降ってきたりはしないけれど。
ただ、付き合ってみてわかったことは水戸くんは世に言うチャラ男でもクズでもないということ。確かに彼が告白した経験はほかの同年代の男子とも比べて多いだろうが、それ以上に告白された回数も多い。彼は好意を持たれやすい。腹が立つことに。
けれども、ここで示した好意がすべて熱烈なものかと言えばそうではない。彼女がよく変わるという噂もあってか、なんとなくで告白されることもあるし、そのくせ恋人を特定する情報が何も出ないから噂は出まかせでフリーなんじゃないかと思われることもある。事実今彼と付き合っている友達も、私が水戸くんの彼女だとは未だに知らない。私がそれが原因で、彼を振ったということも。
水戸くんは決して自分から女の子を振らない。それは彼女たちの顔に泥を塗ることになるとわかっているから、そして、彼の中に女の子が不利になることは言わないししない、という姉に刻み込まれた心得があるから。
だから私は彼を振った。彼は一途だから(彼には今まで多くの恋人がいたが、付き合った期間が重なったことは一度もなかった)私の存在があればきっと彼女のことを振る。とても慎重に言葉を選んで、悲しそうな顔で。
水戸くんはそういう人だ。彼女がころころ変わって、誰もが通る道、なんて陰では呼ばれて、それでも彼女に対しては一途で、ごみ捨てのじゃんけんで女の子が負けたらどうしようと心配するような人。部活も勉強も一生懸命で、デートの時には車道側を歩いてくれて、身勝手な理由で振った私に優しい言葉をかけてくれるような人。
もう、私の恋人じゃない人。
彼と初めて話をしたのは、一年生の五月。春か夏かと迷うような季節が続く中行われた球技大会で、彼は偶然私の横に座ってバスケを見ていた。
「ねぇ、これって今どっちが勝ってる?」
同性でも話しかけるのに戸惑ってしまう私にとって、彼がクラスも初対面というハードルも超えてそう気安く話しかけてきたことは驚きでしかなかった。それでも、一呼吸あるかないかの間で「三組が五点差で勝ってるよ」と答えてやった。体育館の喧騒の中、少し大きくて、高い声で。明らかに彼のことを意識していた。もしそっけなく答えたら、あっという間に噂が広がって私の肩身が狭くなるんじゃないかと怯えていた。このころの彼は私にとって、まだ恋愛ごとの噂のないただの陽キャだった。
「そっかぁー三組バスケ部多いからなぁー。中学の時やってたやつも含めると?にぃ、さん、しぃ……うわ、十五分の八?エグいな」
喋ることをやめない彼から目を離し、コートの向こうにある得点盤をただただ眺めた。試合は見ていたってわからない。得点盤がめくられるのを見ていたほうが、よっぽどよくわかる。そんな私の虚ろな視線に気が付いたのか、彼は「バスケ、嫌い?」と一度肩を叩いた後に尋ねた。なぜ声を掛けずにわざわざ触れてきたのか、その独特な距離の詰め方に当然私は困惑した。それは今もそう。教科書を忘れたとき、わざわざ机をつけてくるのは癖が抜けてない証拠だ。
「見てたら混乱しちゃうから。わからないの、何をもって二点で、何をもって三点なのか」
スポーツ全般になじみのある彼にとって、私のその発言は新鮮に映ったのだろう。それから点が入るたびに、なぜそれが二点(三点)なのか、なぜフリースローなのかなどルールを細かに教えてくれた。それはへんなカッコつけとかアピールじゃなくて、単におせっかいな彼の性格故なんだと思う。
「どう?わかった?」
「うん、なんとなく。ありがとう」
三組が試合を制して、体育館に詰め掛けていた観衆が一斉に出口に向かう中、私たちは人混みを嫌うみたいにステージの隅に立って体育委員が後片付けにモップ掛けをするのを見ていた。中には、彼の友達も多くいたし後に彼と付き合うことになる女子たちの姿もあった。
「俺も仕事すっかな。じゃあ、俺グラウンド整備行かなきゃいけないから、じゃあね浜野さん」
彼はいつもそうだった。別れ際に名前を呼ぶ。それは名乗っていても名乗っていなくても関係ない、どこからともなく情報を見つけて、あなたは特別ですと言わんばかりにはにかんだ笑顔で言って見せる。
「うん。じゃあね、ありがとう」
その時私は、まだ彼が
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