彼と彼女に関する10の話

他校の男子生徒・1

「告白されました」


 毎日会うわけではない、けれどとある理由から親しくなった他校の女子生徒。数日振りに学校帰り立ち寄った本屋でいつもと同じように「おつかれー」なんて挨拶を交わし、今日なんかあった?とどこか心ここにあらずな様子に首をかしげながら問いかけたら、そんな答えが返ってきた。


 好きな作家の新刊に手を伸ばした姿勢のまま、一瞬固まる。そしてその言葉が脳内で正確に認識されると同時に、目を見開いた。


「は!?告白?だれに?」


「たぶんクラスメイトだと思います。顔は知っていますから」


 名前は知りませんけど、と続いたのに苦笑を返しつつも、内心かなり驚愕している。

 彼女、御堂みどう和音あきねはお世辞にも親しみやすい性格をしていない。性格が悪いというわけではなく、むしろ性格だけなら良い方だと思うが、常に何を考えているのか分からない無表情だし、自分から積極的に人に声をかけるということをしない。そして話しかけられてもそれが興味のない話題だと、いい加減の一歩手前のような相槌のみが返ってくる。それが長引くと「こいつは何がしたいんだ?」という目を向けられる。これは経験談だ。


 一方でそれなりに面白い話題を振れば愛想よく応じてくれるし、冗談にも乗ってくれる。真面目そうな顔立ちに加えて自分から積極的に話しかけられるような性格でもなく、たまに話しかけられると動揺して言葉に詰まってしまう…つまり少し人見知りなのだというのは、話すようになってしばらくしてから聞いたことである。ついでに冗談を言っても冗談として受け取ってもらえないと真顔で嘆いていた。たぶん冗談を言うときも無表情だからいけないんじゃないかなと言っておいた。


 とにかくそんな彼女なので、女友達はそれなりにいるようだったが、漫画の世界じゃあるまいし、親しく声をかけてくるような男子はいなかった。僕だって頻繁に同じ場所で遭遇しなければ声なんてかけなかった。


 それなのに、告白されたとは。


「チャレンジャーだね」


「何かの罰ゲームだと思いますけど」


 告白してきた男子生徒よりも目の前の本のほうに興味があるらしく、返事は適当だ。しかし彼女に興味がなくても、僕は興味がある。


「ちなみにどんな人だった?」


「ん……チャラそうでした」


 なるほど、だから罰ゲームだと思ったと。

 お目当ての本を見つけたのか少しばかり嬉しそうに唇を綻ばせる彼女を見下ろして、見えていないと知りつつも苦笑する。


 彼女は際立って美人ではない。きりっとした目元が凛々しいくらいで、それ以外は普通である。街中ですれ違っても特に気にも留めない程度にそこそこ整った綺麗めな顔立ち、くらいだろう。なので、容姿に関しては普通に告白されてもおかしくないレベルだ。まあ、学校でもあまり話さないみたいだし、恋愛に興味なさそうな見た目だから今まで告白されなかったんだろうけど。実際興味ないらしいし。


 僕と彼女がこの本屋で話すようになって半年以上経つけれど、僕らがそういう甘酸っぱい雰囲気になったことは一度もない。それは僕のほうに彼女がいるという理由以上に、彼女が本にしか興味を示さないこと、そしてもうひとつの理由が大きい。




 彼女は今年の春からこの本屋に姿を現すようになった。制服から近くの高校の生徒だというのはすぐに分かったが、今年から見かけるということはおそらく一年生なのだろうな位で、はじめは大して興味を持っていなかった。しかし、それから僕が本屋に行くと必ずと言っていいほど彼女もいて、たまに顔を上げたときに視界に入ると会釈をするくらいの関係に進んだ。


 五月になって、初めて本屋以外で彼女の姿を見かけた。学校帰りなのだろう、駅までの道を友人らしき女の子と一緒に並んで歩いていたのだ。それを見て「ああ、ちゃんと友達いるんだな」と他人事ながら妙に安心した。けど、その日も彼女は本屋にやってきた。


 てっきりそのまま友達と一緒に帰ったんだろうと思っていたため、驚いて思わず声をかけてしまったのが始まりだったのだ。


「あれ、友達と帰ったんじゃなかったんだ」


「ええ、まあ」


 会話終了。


 ちらりと僕のほうに視線を投げてそれだけ答えた彼女は、もう興味もないとばかりに手にした本に目を落としている。今なら突然声をかけられて緊張して素っ気無くなったんだと分かるけど、その時は無愛想すぎるだろうと少しばかり腹が立ったのだ。冷静になって考えれば、話したこともない男に突然さも「さっきまで見てましたよ」風に話しかけられたら、誰だって警戒して素っ気無くなるはずなのに、なんともそのときの僕は思慮が足りなかった。

 彼女の隣に並んで、立ち読みしている邪魔をするかのように声をかけ続けたのだ。


「さっき一緒にいたのって友達?」

「はい」

「駅まで行ったのにそのまま帰らなかったんだ。何か用事でもあるわけ?」

「はい」

「でも毎日来てるよね?習い事か何か?」

「いえ」

「じゃあ誰かと待ち合わせとか?」

「はい」


 質問を重ねれば重ねるほど、彼女の顔が強張っていっていたのだが、残念なことに当時の僕はそれに気づかず、馬鹿みたいに質問し続けていたのだ。それがどれくらい続いただろうか。たぶん二十分くらいだったと思う。我ながらどれだけしつこいんだよと思わなくもないけれど、何を聞いても「はい」か「いえ」しか答えないのにムキになっていたのかもしれない。やがていい加減彼女が不快そうに眉をひそめ始めた頃、その人はやって来た。


和音あきね!」


 聞こえた声にぱっと顔を上げた彼女は、声の主を認めてどこかほっとしたように表情を緩めた。迂闊にも、その彼女の顔を見てようやく僕は自分の行動がしつこいナンパじみていたことに気がついたのだ。遅ればせながらの自覚に顔が熱くなる。


 彼女は本を棚に戻すと、そそくさと鞄を持って声の主のほうに駆け寄っていった。当然僕に別れの挨拶はない。しつこいストーカー(仮)相手なのだから当たり前だ。そしてようやく自覚した自分の行動の危なさにちょっと落ち込みながらその背中を見送っていたら、声の主らしき人物とばっちり目が合ってしまった。


「っ!!」


 険しい顔をして僕を睨んでいるその人に、見覚えがあった。


 すらりとした長身に、眼鏡の似合う知的な顔立ち。県下で一、二を争う進学校の中でも際立って優秀だったその人は、去年とある有名な大学に進学したと聞く。県外なので引っ越したと噂だったのだが、なぜいるのだろうかと少々疑問に思った。


 そんな我が校きっての秀才と卒業した今でも名高く人気のある先輩に睨まれ、思わず竦みあがってしまった僕は悪くない。ヘビとカエルどころか竜とミミズ並に格差があるのだ。ガクブルしながらも目を逸らせずにいると、先輩の前で立ち止まった彼女が首をかしげながら何か言った。それに答えるために僕から目を逸らし、先輩は柔らかい微笑を浮かべて口を開いている。ちなみに僕は先輩があんなに優しそうな顔で笑ったのをはじめて見た。いや、もともと僕と先輩に接点なんてなかったから、顔を見たのだって片手で数えられる程度なんだけど、でもあの笑顔を見て、先輩が人気な理由が分かったくらいかっこよかった。


 と、そんな風にぽかんとしているうちに、二人はさっさと背を向けて去っていった。これが初めて言葉を交わした日の出来事。


 そして翌日。昨日の今日で本屋に行くのを少しためらったけど、今日は集めてるシリーズ物の最新刊の発売日なのだ。どうか遭遇しませんように!むしろ昨日のことは忘れていますように!と祈りながら向かった先に、やはり彼女はいた。祈りは通じなかったようである。


 足音で誰かが近づいているのに気づいたらしく顔を上げた彼女は、僕の姿を認めると「あ」と言うように小さく口を開けた。そして小さく会釈をし、なんと本を置いてこちらに歩み寄ってきたのだ。


 え、何、怒られる!?と硬直した僕に首をかしげ、彼女は落ち着いた声音で話しかけてきた。


「突然で申し訳ありませんが、東校の方ですよね」


「は、はいっ」


「浅野達也さん……あ、昨日の人ですけど、彼がお話したいことがあるそうなのですが、今日お時間はありますか?」


「え。」


 先輩が僕に話したいことって何だろう。その時点で背中に嫌な汗をかき始めていたけど、時間がないなんて答えたところで、それならいつなら大丈夫ですかと聞かれるのが分かりきっていたので、「ダイジョウブデス…」と力なく答えた。彼女は無表情ながらも安心した雰囲気を出して、おもむろにスマホを取り出した。そして何か操作したと思ったら、顔を上げてまっすぐに見上げてきた。


「後二十分ほどで着くそうです。それくらいになったらあそこの検索機の近くにいてもらえますか」


「わ、わかった」


 頷けば、これで自分の役目は終わりとばかりに踵を返して本棚のほうに戻ろうとした彼女を慌てて追いかける。


 まさかとは思うが、僕一人で先輩の相手をするのだろうか。怖い。怖すぎる。昨日睨まれたときの恐怖心がよみがえって体が震えてきてしまう。


「ま、待って、君はどうするの?」


「?このあたりで本を読んで待っています」


「いや、でも、浅野先輩の話って」


 君に関することなんじゃないの?そう続けようとして、いや、それなら彼女がいないほうが都合がいいのかもしれないと考え直す。でも怖いから味方が欲しい。


 悶々と悩んでいると、困ったように首を傾げた彼女が無表情を少し崩して困惑を面に出しながら口を開いた。


「卒業してから高校には行ってないから、今どうなっているのかが気になるって言っていましたけど…?」


 いやそれ絶対嘘だから。


 思っても口には出せない。て言うか明らかに適当な言い訳なのに、信じたのかこの子。案外素直なんだな。そんな微妙な気持ちになりながらも、助けは望めないと悟って大人しく引き下がることにした。


 先輩に何を言われるのだろうかと嫌な意味でドキドキしながら待つこと二十分。颯爽と現れた先輩は一度彼女に目を留め、小さく微笑んだかと思うと無表情になってぐるりと店内を見回した。そしてぴたりと僕に視線をとめ、無表情のままこちらにやってきた。怖い。


 とりあえず挨拶はしっかりしようと口を開いた。


「こ、こんにちは、浅野先輩」


 何かお話があるとか…と遠慮がちに続けると、ひとつ頷いた先輩は腕を組んでちらりと彼女のほうに視線を投げた。


「君は昨日和音に話しかけていたみたいだけど、知り合いじゃないよね」


 疑問符すらない。

 口元だけで笑っているけど、目が笑っていないからすごく怖いです先輩。

 そんなことは言えないのでガクガクと頷いて答える。


「最近よくここで見かけるので、ちょっと気になっただけです!すいません!」


「よく、ね。じゃあ君も良くここには来るんだ」


「は、はい。妹の迎えに行くまでの時間つぶしで」


「なるほど……ところで君、付き合っている子はいるのかな?」


 今度は疑問符がついた。

 しかし突然の話題転換である。そして微妙に痛いところを突いてくる。

 思わず顔を引きつらせながら、ゆっくりと首を振った。


「いえ、最近別れたので…。今年は受験ですし」


 そう、僕はこれでも三年なのである。つまりは受験生。受験生でも恋人がいる人は多いけど、残念ながらこの間まで付き合っていた彼女と僕とは希望する大学が離れるうえに、お互い一人で勉強したいタイプなため都合も合わないということで別れたのだ。それなりに好きだったけど、一生を共にしたいと切望するほどではなかったということだ。


 と、まあそんな細かい事情なんて興味もないだろうから、別れたという事実だけを告げたわけだけど、それを聞いた先輩は眉間に皺を寄せた。どうやら僕の答えはお気に召さなかったらしい。


「それで和音に声をかけた、と?」


「ち、違います!いつも一人なのに昨日は友達と帰っているのを見かけて、なのにここには一人で来たから気になっただけで!」


 なんと言う恐ろしい誤解!僕は話したこともない女の子をナンパするほど軽薄じゃない。そしてついでに言うと彼女みたいな無表情で何考えてるのか分からないような子は、正直あまり好みではない。もっと女の子らしくきゃっきゃと笑っていて欲しい。……前の彼女はサバサバした感じだったけど。


 全力で否定したのに、まだ疑わしそうな顔をしていた先輩だったけど、まあ良いかという風に軽く息を吐いた。


「…じゃあ君が和音に恋愛感情を抱くことはないという前提で進めよう。君は良くここに来ると言ったね」


「は、はい」


「和音は家が遠くて、電車でも一時間以上かかるんだ。朝は暗くもないからまあいいんだけど、帰りは放課後まっすぐ帰ったとしても、家の近くに着くころには真っ暗なんだ。最近は物騒だし、和音は女の子だから心配で、僕ら――ああ、僕とあの子の兄で迎えに来るようにしている。幸い、僕はこの近くでバイトしているから大した手間じゃないし。でも、そうするとどうしてもここでしばらく待たせることになってしまう」


 心配そうな眼差しを彼女の背中に投げつつそう言う先輩は、なんだかとても過保護なお父さんみたいだった。そんなことを言ったら怒られそうだから言わないけど。


 そして彼女のお兄さんというのもちょっと気になった。先輩の口ぶりからするとどうも親しい間柄のようだけど……いや、まさか。


 脳裏に浮かんだ顔を必死で消去していると、眼鏡を押し上げて位置を直した先輩がにっこりと笑みを浮かべた。


「和音は本が好きだから暇つぶしにちょうど良いと言っていたけど、一人で二時間以上ここにいるのもどうかと思うんだ。だから、あの子の話し相手になってくれないかな」


「ええ!?い、いや、僕あんまりそういうのは…話すの苦手ですし!」


「ちょっと話しかけて学校での様子を聞きだしてくれるだけでいいよ。最近はあんまり学校のことを話してくれなくなってね……おかしな虫がついたら困るっていうのに」


 後半は声が小さくてよく聞こえなかったが、とりあえず自分が知らない彼女の様子を聞き出すことが主目的であるということはよくわかった。もちろん、一人でいる彼女のことが心配というのも嘘ではないはず。


 なんだかなぁと思うけど、僕に拒否権はないらしい。がしっと肩を掴まれ、笑みを深くした先輩に「頼んだよ」と凄まれ…いや、頼まれたため、断れなかった。


 圧力に押されるようにした頷いた僕はその後先輩と連絡先を交換し、本を読んでいた彼女のもとに連れ立って向かった。その手にある本はちょうど僕が買おうと思っていたものだったので、本の趣味は合うかもと少しばかりほっとした。他校の女子生徒との会話ネタなんて僕にはない。そうなるとやっぱりここは本屋だし、本の話題くらいしか思いつかないけど、まったく趣味が違うと……それはそれで面白いか。でも趣味が近いとちょっと嬉しくなるものだ。


 そんなことを考えているうちに、先輩と彼女とが何やら言葉を交わしていた。どうやら僕のことを紹介してくれていたらしい。彼女の視線がまっすぐこちらを向き、小さく頭を下げられた。


「達也さんが無理を言ってすみません。私は秋津北高校一年の御堂和音と申します」


 どうぞよろしくお願いします、と何とも丁寧な挨拶に挙動不審になってしまう。一介の高校生が素晴らしい切り返しなんてできるわけがない。ので、無難な自己紹介を返すだけになった。特にそれを気にした様子も無く、彼女――御堂さんは隣に立つ先輩に目を向けた。


「君にも用事があるだろうし、無理に毎日ここに来る必要はないよ。それと、僕らが和音を迎えに来るのは六時過ぎくらいだけど、それまでずっといてほしいってわけじゃないから、早く帰らないといけない時は帰ってくれて構わない。そこまで強制するつもりはないよ」


「……本当に、面倒をおかけしてすみません。立ち話が辛いのでしたら、近くのお店に入ってもかまいませんので」


 そんな感じで、僕はいつも通り来たり来なかったりして、御堂さんを見かけたら話しかけてくれと頼みこまれてその場から解放された。御堂さんと先輩はそのまま帰って行ったけど、それにしてもあの二人はどういう関係なんだろうと少し疑問に思った。いや、たぶん御堂さんのお兄さんと先輩が仲良くて、それで妹さんとも親しくなったとかそんなんだと思うけど……え、だとしたらやっぱり御堂さんのお兄さんって…。苗字一緒だし、何というか否定する要素がないんだけど、ええー…。


 色々思う所はあるものの、まあどうしても気になるなら親しくなってから聞けばいいかとその時は気にしないことにした。




 そうして僕と御堂さんは話すようになった。あの時の予想通り、御堂さんのお兄さんはあの人で、先輩とはお兄さん繋がりで親しくなって、そして先輩は過保護だ。過保護というか、なんか大切に囲ってるって感じだけど。そして御堂さん自身はそれに気付いていないっていう。以前、先輩のことをどう思っているのか訊いたら、首を傾げて「兄の友人です」って答えられた時にはどうしようかと思った。それだけ!?ってつい叫んでしまった僕は悪くないと思う。


 本の趣味はやっぱり似通っていて、結構楽しく会話ができている。お互いチェックしてる本を貸し借りして読んでみたり、こんなの見つけたと発掘作業に勤しんだり、自分でも意外なくらい、会話が苦痛じゃなかった。


 そんなふうに親しくなってからわかったことだけど、御堂さんはしっかりしているように見えて結構鈍感だ。特に人の感情に疎い。好意も悪意も感じ取っていないみたいで、悪口を悪口と認識していない。友達の話をする時も、「どんな子?」って聞くと自分から見ての評価だけを言うのは良くないとでも思っているのか、必ず最初に人から聞いたその子の評価を口にする。そしてそれが所謂悪口ととれる内容でも、気にした様子はない。むしろ悪口だと気付いていなさそうだった。


 一度もしかして仲が悪いのかと尋ねたら、「そんなことないと思いますけど。大体のことははっきり言ってくれますし、頭の回転も早いから話していて楽しいですよ。あ、でも私が嫌われている可能性はゼロではないですね」なんて返事が返って来た。ちょっと御堂さんの友達と御堂さんについて話してみたくなった。


 そんな感じで御堂さんとの関係は良好だと思う。一方で、先輩との関係はと言われると、少し言葉に詰まってしまうところだ。


 先輩とは週に二、三回、少ない時は週一回やり取りをしている。先輩達が御堂さんを迎えに来るまで僕が残っていることはないので、直接会ったのは最初の一度きりだ。そしてそのやり取りでは、御堂さんと交わした会話について報告している。

 最初に頼まれたように、学校での様子を聞き出してそれを伝えているって感じだ。学校での様子を聞き出すってどうしたらいいんだろうって悩んだけど、普通に「今日学校で何かあった?」って聞けばあっさり答えてくれるので、報告の内容に困ったことはない。先輩からの返信は実にあっさりしている。わかった、ありがとう。とかそんなもん。


 ついでに、夏ごろに彼女ができた。志望校が同じで、何となく良く話すようになって付き合い始めたのだ。その話を御堂さんにすると、彼女は少し考えた後「彼女さんがご不快に思われるようでしたら、無理に私の相手をしてくださらなくても良いですよ?」と返して来た。


 その点については僕も相談しようと思っていたことだったから、付き合っている彼女に御堂さんの話をしても良いかと聞けば、当然だというように頷かれた。御堂さんは先輩と違ってそのあたりの気遣いは出来るらしい。ちなみに先輩は「そうか」の一言だけだった。


 で、彼女に御堂さんの話をしたら、嫌がるどころか興味を持ち、会いたいと言い出した。すぐに先輩に連絡をしたら会わせたらいいじゃないかと言われたので、翌日すぐに彼女と本屋に向かい、御堂さんに彼女を紹介した。初めこそ微妙に表情が硬かったけど、ぐいぐい行くタイプの彼女に押されて割とすぐに打ち解けて親しくなったようで、僕もほっとした。それ以来、たまに僕と彼女の二人で本屋に行くことがある。


 そうしてのんびりとした日常を過ごし、夏休みを終えて受験に向けてみんな本腰入れる秋になり、少し焦り始める冬になった、そんな日のことだった。


 そろそろ本屋通いも控えて図書館に通うべきか、なんて考えながらも本屋に足を向け、ぼうっと並んだ本の背表紙を眺めている御堂さんに何かあったかと声を掛けたら、「告白された」なんて答えが返って来た。

 本人は何かの罰ゲームだろうと思っているみたいだけど、いくらなんでも高校生にもなってそんな失礼な罰ゲームはしないだろう。それに御堂さんが通っているのは秋津北高校。僕が通ってる秋津東高校と並ぶ進学校だ。まだ一年生とはいえ、勉強も忙しいのに周りから白い目で見られるような罰ゲームなんて……まあ、ないとは言えないかもしれないけど、可能性は低いんじゃないかと思う。そんな暇人いないだろ。


 それに御堂さんは無口で人見知りなだけで、性格が悪いわけじゃない。友達のことを大切にしているのは、はっきり口にしなくても何となくわかるし、人が気付かないような所で気づかいをする。僕の彼女に言わせると「見た目で損してるお人好し」だ。だから、もしもそういう細かな所を見ていたなら、御堂さんを好きになってもおかしくはない。まあ僕の好みではないけれど顔も綺麗な方だし。真面目でとっつきにくそうだけど。


「で、御堂さんは何て答えた?」


「断りましたよ。知らない人ですから」


「……知らない人って、本人に向かって言った?」


「?いいえ。お断りしますって言っただけです」


 よかった。御堂さんだから「あなた誰ですか」とか言ってもおかしくないと思ってたけど、言わなかったんだ。それなら傷は浅い。


 それ以降はその話を続けることはなく、購入予定の本を立ち読みしたり次に手を出そうと思っている本の話をしたりして、帰宅する。


 さて、今更だけど、僕には年の離れた妹が一人いる。今、小学五年生だ。そして妹は両親の方針でいくつか習い事をしている。ピアノとか、書道とか、色々。学校が終わってから通っているので、終わるのが六時を過ぎたりして結構遅く、そんな時間に小学生の女の子を一人で帰らせるわけにはいかない。本当なら母が迎えに行くつもりだったらしいが、昇進したとかで時間が取れなくなってしまったため、代わりに僕が迎えに行っている。……なんだか先輩と似たような境遇な気がして来た。それはともかく、そんな訳で僕が本屋にいるのは妹を迎えに行くまでの時間潰しなのである。


 と、僕の事情は置いておいて、無事妹と共に家まで辿り着いた僕は、簡単に夕食の準備をする。両親が共働きになって以降、帰って来るのが遅くなるかもしれないからと母に料理を叩きこまれたためある程度は出来る。だから来年からのひとり暮らしはあまり心配していない。むしろ残された妹の方が心配だが……まあ大丈夫だろう。


 さっさと夕食を済ませ、宿題を終わらせてからスマホを手に取る。

 いつもなら特に緊張しないのだけど、今日に限っては別だ。なんせ「告白された」なんて大ニュース、下手に伝えたら相手を抹殺してこいなんて言われそう…って、それはないか。でも相手のことを詳しく聞き出せだとか色々言われそうな気がする。


 なんて書けばいいんだろうと悩むこと十分。一度彼女に相談することにした。


「もしもし?どうしたの、こんな時間に」


「ちょっと相談に乗って欲しいことがあって…」


「相談?何か分かんない問題でもあったの?」


「いや、宿題は大丈夫。そっちじゃなくて、御堂さんのこと」


「アキちゃんのこと?」


「そう。なんか今日さあ……御堂さん、告白されたらしくて」


「へー」


 特に驚くことも無く、普通に返された。


「………驚かない?」


「なんで?アキちゃんならおかしくないと思うけど。良い子じゃない」


「いや、まあ、そうだけど…」


「あーそっか。男子にとっては話しかけづらいタイプだもんねー。でも話せば結構仲良くなれるでしょ?」


「話せばな。けどなんか、特に良く話す相手でもないみたいでさ。名前も知らない相手だったらしい」


「ふうん。まあそういうこともあるかもね。で、それがどうしたのよ」


 告白されたというニュースを伝えたいだけではないだろうと促され、先輩にどう伝えるかについて悩んでいると告げると、彼女は少しの間唸って考えた。


「そうねえ、普通に伝えたらいいと思うけど。『御堂さんが告白されたみたいです』って。あ、ついでに『でも興味が無いみたいでした』とか書いとけばいいんじゃないかしら」


「それで大丈夫かな」


「大丈夫でしょ。アキちゃんとは学校が違うから、そんなに情報集められないって浅野先輩もわかってるだろうし、無茶なことは言ってこないと思うよ。ちょっと先輩からアキちゃんへのアプローチが露骨になるくらいじゃない?」


 僕からしたら今でも十分露骨だと思うけど、彼女曰く、鈍感な御堂さんに伝わっていないのでまだまだ改良の余地はあるという。そしてそのことは先輩も重々承知の上だろうから、きっとこれからさらに露骨に甘ったるくなるに違いないとのことだ。うん、その場面には遭遇したくないな。先輩って男の僕から見ても格好良いんだもんなあ。そんな人が本気で口説く所見るなんて、なんて拷問。


 それから少し彼女と会話を続けて、じゃあ先輩に連絡するからと通話を切る。送信画面とにらめっこを続け、しばらく考えた後文章を打ち込んで、送信。

 明日御堂さんに会ったら、少し周り……というか身近に目を向けた方がいいよと忠告してあげようかな。

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