11月
第49話 解釈の違い
「小僧、デモ取引には慣れたか?」
「え、ええまぁ。取引にも慣れてきましたよ。とりあえず10万ほど入金も済ませましたしそろそろ本格的に取り組もうかと思っています」
11月が始まって間もなく、進はデモトレードで勝ったり負けたりはしていたがトータルではプラスの成果を出していた。
「小僧、今回は『解釈の違い』というのをテーマにしよう。ちょっと
「は、はい。お願いします」
「例えばの話だ小僧。「株を買った直後に大暴落するのを2回経験した」というのは成功か? それとも失敗か?」
「えっと……そりゃ失敗に決まってますよ」
ススムにとって予想通りの答えが出てきたのかハァッ、とため息をつく。
「言うと思った。では聞くが小僧、なぜこの例は「失敗だ」と言えるんだ?」
「そりゃお金が無くなったんだから失敗したに決まってるでしょう」
「やはりそう来るか……読み通りだな。いいか小僧、ちょっと小難しく感じるが失敗か成功かというのは「ラベリング」だ。なぜ「株を買った直後に大暴落するのを2回経験した」のを自動的に「失敗」だと思ってしまうんだ?
もしこれで大暴落の予兆を完璧につかめて切り抜けるすべが身に着いたのなら「成功」とは言えないかね?」
「……」
進は答えない。
「この手の話で一番知名度が高いのは発明王エジソンの電球の発明だろうな。彼の話は1度くらいは聞いたことがあるだろ?
彼は『1万回電球の実験して失敗したというのは、1万回うまくいかなかったという成功体験をしただけだった』と言っていた。
彼にとって失敗とは『電球を作るのをあきらめる』事であって『実験に失敗した』事ではない。
エジソンは失敗という概念に対して『挑戦し続けている間は失敗してはいない』という解釈、つまりは『ラベル貼り』をしていたんだ。
だから竹のフィラメントまでたどり着いて電球の発明に成功したんだろうな。
まぁ彼の場合後ろに莫大な資金援助者がいたから成功できたというのもあるのだが、その話はやめとくか」
ススムは淡々とよどみなく話を続ける。
「エジソンだけじゃないぞ? 例えばブラック企業だって部下である社員が2徹したとしたら『あか抜けて来たな』と褒めるんだ。
徹夜するのは良い事だという間違った常識を刷り込むんだ。これも「ラベリング」の一種だな。
「2徹した」という事実に対して「良い事だ」とラベリング、つまりは「ラベル貼り」をすることで労働力を
会社にとっては残業をさせるというのは「社員や仕事の管理が行き届いてない」という完全な失敗事例であり汚点なのだが、ブラック企業はそれに気づいていないか気づいても隠してごまかす。そういうものだ。
ここのデイサービス施設はオレが見た限りではブラックではなさそうだが、介護施設だってそういうところもあるんだぞ」
「そ、そうなんですか……」
進はススムによる、ブラック企業がどうやって労働力を
「他にも、クリスマスやこの間あったハロウィンなどの季節イベントでは恋人や家族た友人をテーマにしてそれを前面に押し出してくるが、
それは「1人よりも集団で来てくれた方がたくさんお金を落としてくれるから」という商業的な理由があるんだぞ。
それをクリスマスを1人で暮らすのを敗北だと思っている時点で、下らんマスメディアの手のひらの上で踊らされてるだけに過ぎん。そんなのはさっさと卒業しろ。
これも「ラベル貼り」だ。
『クリスマスを一人で暮らす』という事に対し『敗北』というマスメディアや売りたい店側にとって都合のいいラベルを自分で勝手に貼っているだけに過ぎん。
他人が相手を都合よく操作するためのラベル貼りを何の疑いもせずに受け入れている。これをしていると人生が破滅するぞ」
ススムはこれから起こるであろうクリスマス商戦にも苦言を言う。
「小僧、お前が本格的に株をやり始めたら「ロスカット」というのは避けては通れん。これは「損切り」とも言ってマイナスのイメージが根強い。
オレとしてはロスカットは「10万円の損失が3000円で済んだ」となれば十分成功していると思うんだがな。
株を極めれば「成功」と「大成功」しかないと言えるんだが、誰も分かってはくれん」
「は、はぁ……「成功」と「大成功」しかない、ですか」
老人の言う言葉を若者はピンとこない顔で聞く。
「……ひょっとしてこれもラベル貼りの一種ですか?」
「ほぉ、最近の小僧は頭だけでなく口も回るようになってきたな、大したもんだ。半年前とはえらい違いだな。
そうだな、お前の言う事が正しいよ。これもラベル貼りだ。だがお前を破滅に追い込むつもりはないぞ。そこだけは安心してほしい。
損切りは株をやる上では避けては通れん。損切り以外の事がいくら完璧でも損切りが出来なければ利益を出す事は100%出来ない。
逆に損切りさえできれば大損だけはしないから生き延びれる。株式市場を退場する奴の大半は「大きく負ける」から退場するんだ。
お前が本物の株式市場にいつ参入するかは分からないがそれだけは覚えとけ」
負けなければ勝てる。ススムは進にそう言い残した。
【次回予告】
「口の中に入れる食べ物」に気を付けるのと同様、いやそれ以上に「口の外から出ていく言葉」にも気をつけろ、というお話。
第50話 「口に気をつけろ」
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