第45話 何もしないという事

ピピピピピ! ピピピピピ!


 朝の6時になり進の部屋のスマホが鳴る。いつものように彼は起きてススムに電話をかける。

 早起きの癖がついたのか、最初のころに比べれば眠気はだいぶ弱くなった。


「おはようございます。ススムさん」

「おはよう、小僧。6月から1日も欠かさずこうして電話できるとはかなり根性のある奴だな」

「ありがとうございます。あ、そうだ。前に証券会社に口座開設の申請を出して、昨日それが通りました。これからしばらくはデモ取引をしてみようかと思います」

「ほほぉ、やるじゃないか小僧。まぁ続きは直接会って話そうか。通話代を負担させたくはないからな。じゃあな」


 通話が切れた。




 時間が経って午前10時半。進はススムのデイケアをしていた。そこでススムからの授業が始まる。


「小僧、今日は「何もしない」事がどれだけ重要なことかを教えよう」

「?? 何もしない、ですか?」


 何もしない事が重要……? 進はススムの奇妙な言葉を聞いていた。


「あの、ススムさん。何もしないことが重要ってどういうことですか? 何もしないって損なのでは?」

「そう言うと思った。小僧、お前はまだ本物の株をやってないからわからないと思うが、負けが込んできた時には相場から離れる、というのはとても大事なことだ。

 昔の人は「休むも相場」という言葉を遺しているがそれは本当の事なんだぞ」

「「休むも相場」ですか。確か聞いたことがありますけど本当の事なんですか?」


 進はススムに問う。


「本当だとも。何もしないというのはとても重要なことなんだぞ。

 人間は何かにつけて行動したがり、常に動き続けていなくてはならないと思いがちだ。だが「何もしない」というのが正解なことだってあるんだ。

 例えば、山で道に迷って遭難そうなんした際の最善策は「何もしないでその場にじっとしている」事だ。

 ここで沢を探そうとしたり山頂を目指したりして、下手に登ったり下りたりすると体力を失って死んでしまう。

 下手に動くよりは動かずに体力を温存したほうが、生き残れる確率というのは高いものなんだぞ」


 ススムは「何もしないことが正解」だと遭難そうなんした際の話を併せてそう語る。




「人生においては余計なことをして失敗する事も数多くあるし、手を「出し過ぎて」失敗することだってたくさんある。

 小僧、お前が学生だった頃、教科書や参考書の重要な部分に赤線や蛍光ペンを引くのはいいが、あれもこれもと引き過ぎて結局どこが本当に大事な所なのか分からなくなってしまった。という経験は1度はしているだろう?」

「!? な、何で分かるんですか!?」

「フッ。年の功はバカにできる物じゃないぞ。若造わかぞうがやらかす事なんてすぐにわかる」


 ススムは自慢げな態度でそう言う。


「そういう事だ。それと同じように「手を出し過ぎる」のはかえって逆効果なんだ。だから「何もしない」というのは重要なことだ。

 相場が荒れているときや損切りが続いているときには「何もせずに休む」というのはとても大事なことなんだ。

 さっきも言ったが株には「休むも相場」という言葉が昔からあるんだが、あれは本当の事なんだぞ。昔の人の言葉というのはバカにできん」


 ススムは昔の苦い経験を思い出しながら話を続ける。


「もちろん俺だって最初はポジション(株を買ったり空売りすること)を持たないことが「無駄な時間を過ごすことだ」と思っていた。おそらくは小僧と同じようにな。

 だが次第に負け始めると何とか挽回ばんかいしようと必死になってますます負けるようになった。

 泥沼にハマって、もがけばもがくほど深みにはまっていくのと一緒だ。

 そんなある日「休むも相場」という話を聞いて実践したら、不思議と勝てるようになってきたのさ。先人の知恵というのは偉大なものだとその日初めて悟ったのさ。

 それ以降は何とか収支がプラスになる程度にはうまく取引ができるようになった。オレが先人の言葉を大事にするというのは身をもって体験したことだからだ」


 ススムは痛い実体験を交えて若者に語る。




「もしお前が泥沼にはまってしまった場合はあえて「何もしない」というのは重要なことだぞ。負けが込んで来たらある程度の期間株から離れて、心身をリセットするんだ。そうすると不思議と大局観がつかめるようになって勝てるようになるんだぞ。

 ギャンブルも熱くなると負け続けるようになるというが、それと同じことは株でも起きる。なぜか負けてばかり。となったら今日のことを思い出すんだな」


今日の話はそれで終わった



【次回予告】


反省は大いにすべきだが後悔は絶対にしてはいけない。


反省と後悔。似ているようで違うこの2つに関する話。


第46話 「反省はすべきだが後悔はすべきではない」

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