第5話 金持ちはズルいという愚かな考え

「小僧か。調子はどうだ?」

「まぁ、上々だと思います。1割をとっているのに不思議と生活はできるものですね。最初は無理だと思ってたんですが」

「結構なことだ。だがカネは油断するとすぐにお前の手のひらからこぼれ落ちていくぞ。カネに関しては24時間常に真剣勝負だと言っていい」


 デイサービスの仕事をしつつ進はススムと話をしていた。


「ところで小僧、正直に言え。金持ちは卑怯でズルい、と思ったことはあるか?」

「昔はありました」

「今は?」

「え……その……少しは……」

「何、気にするな。そういう答えが来るだろうと思ってたからな」


 不安げに語る進を前にしてもススムは特に怒っている様子はなかった。




「小僧、世の中にはサッカー選手がバスケットボール選手に向かって

『俺たちサッカーは1点に死に物狂いで食らいつくのにお前らバスケットボールは1度に2点も3点も入るからズルい!』

 とほざくのを見て「そうだそうだ。バスケはサッカー選手並みの苦労をしないで2点も3点も入るから卑怯だ」とバスケットボール選手を非難する者があまりにも多すぎる」

「??? 何を言ってるんですか?」

「オレの話が終われば分かる。今は黙って聞いてくれ」


 サッカー選手がバスケットボール選手を……? 意味が分からなかった。ポカンとした進をよそにススムは話を続ける。


「金持ちとそれ以外の者を分ける決定的な差は『黄金の兵隊』を持っているか、あるいはその「軍勢の大きさ」の違いだ」

「『黄金の兵隊』……?」

「小僧、よく聞け。『黄金の兵隊』とは、投資に使うカネの事だ。彼らは24時間主のために戦い続けてくれて休憩も必要としない。

 さらには上手く戦わせれば仲間を見つけて自分の軍隊に引き入れてくれる。

 そして数を増した兵隊はより大きな戦いができるようになり、さらに軍勢を増やしてくれる。これを「複利」と言うのだが上手く戦いを繰り返せば数年もすれば黄金の帝国が出来上がるだろう。

 ただし、この『黄金の兵隊』は優秀な指揮官を好み、愚劣な指揮官を嫌う。

 優秀な指揮官の下なら軍勢は自然と大きくなるが、愚劣な指揮官の下なら手からこぼれ落ちる様に何も言わず去っていくぞ」

「『黄金の兵隊』……」


 進はその言葉をただ黙って聞いていた。




「小僧、今のお前なら分かるはずだ。サッカー選手がバスケットボール選手に向かって『俺たちサッカーは1点に死に物狂いで食らいつくのにお前らバスケットボールは一度に2点も3点も入るからズルい』などと言う、この話の最も愚かな部分はどこだと思う?」

「えっと……サッカーとバスケではルールが違うのにごちゃまぜにしている所ですか?」

「そうだ。金持ちと貧乏人の決定的な違いは『カネを稼ぐルールが根本的に違う』ところだ。愚かな貧乏人はそれを気づかずにただ収入の多さからひがんでいるだけだというのに気づいていない。

 金持ちが貧乏人の100倍の額を稼いでいたとしたら、貧乏人は自分たちの100倍の時間をかけて働いていないとズルいと思ってしまうんだ。

 稼ぐ額が1000倍なら、金持ちは1日に8000時間働いていないとズルをしていると思ってしまうのだ」


 なるほどそういうことか。進はようやく話のミソがつかめた気がした。




「貧乏人は「自分がカネのために働く」のに対し、金持ちは「カネを自分のために働かせる」んだ。根本的な部分でルールが違うんだ。巷でよく言われる「金持ちがますます金持ちになる理由」もこれで説明がつく。

『カネを働かせて得た収入を再投資する』事でさらに収入を増やせるからだ。

 不思議なことは何1つない。当たり前のことが当たり前に起きているだけだ」

「なるほど、そういう事だったんですか。勉強になります」


 その日の授業はそれでおしまいだった。




【次回予告】


「本当の愚か者というのは自分が愚か者だと思わない」

「本当の愚か者というのは知識や知恵を愚かな使い方でしか使えない」


ススムはそう論じる。


第6話 「愚か者は愚か者の自覚が無いからこそ愚か者だ」

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