第2話 しおりを持ってこい

 翌日の昼、デイサービス利用者の昼食の時間になって食堂で食事をとっているところを進とその先輩がやってきた。


「進君、ほら、あの人がススムさんよ」


 先輩に連れられて進はススムの元までやってきた。

 ススムは足腰がしっかりしているのか杖はついてはいなかった。

 頭は頭頂部を中心にハゲ上がっており、顔には細かいしわが刻まれており、側頭部に残った髪は短く刈られていた。


 何より特徴的なのは瞳だ。


 その眼力だけは凄まじく、獲物に照準を定めた肉食獣のようにぎらぎらと輝いていて、下手な若者よりも精気に満ちているような目をしていた。

 進に気づくと食事をとる手を止め、彼は進を見つめた。


「あなたが、松下 ススムさんですね?」

「そうだが、オレに何の用だ?」

「ススムさん! お願いします! 俺に金持ちになる秘訣を教えてください!」

「!!」


 進は老人にそう願い出る。ススムはしばらくの間だまり、その後言葉を紡ぐ。


「……今、何と言った?」

「耳でも遠くなったんですか? ススムさんあなた金持ちなんでしょ? だったら金持ちになれた秘密を教えてください。俺にはカネが要るんですよ」


 進はススムに金持ちの秘訣を教えてくれと頼み込む。




「ふーむ……金持ちになるにはどうしたらいいか? と来たか。面白い事を言うじゃないか小僧」

「小僧って。俺30ですよ?」

「フン。80年以上生きているオレからすれば30なんてまだまだハナタレの小僧にすぎん」


 ススムはビシリと断言する。だが嫌なものを見ている態度ではなさそうだ。


「小僧、お前なら知ってると思うがオレは控えめに言っても金持ちに入る方だろう。

 だが『金持ちになる方法を教えてくれ』と頼んできた奴はお前が初めてだ。

 他の連中はスキあらばオレに金を無心むしんしにきていて、オレを歩く札束程度にしか見ていないクズばかりだったからな」


 ススムは一瞬だけ、ニヤリと笑った……ような気がした。


「小僧。オレがここまでこれた秘密を教えてやってもいいがタダでは教えん、だがカネは要らん。

 オレが出す課題をクリアー出来れば教えてやってもいい。出来ないのなら教えん。それでいいか?」

「構いません。教えてくれるのならなんだってやります!」

「それともう一つ。無責任かもしれんがオレが教える方法を実践しても「100%必ず」成功する保証はない、という事だ。

 無論、オレの教えを実践すれば9割以上の確率で成功できるだろうが、それでも100%絶対確実に上手くいくという保証はない。それでもいいか?」

「……構いません。教えてください」


 ススムはふぅ。と一息入れて話を再開する。




「気に入ったぞ小僧、返事だけは立派だ。ではさっそくだが課題を出そう。3日以内にしおりを5枚用意しろ」

「し、しおりですか? それも3日以内ですか!?」

「そうだ。それが出来なければ教える機会はなかったと思え!」

「で、でもなぜしおりを?」

「持ってこれたら教えてやろう。わかったらさっさと行け!」


 その日はそれで終わりだった。




 仕事が終わり自宅へと戻ってくると進は頭を抱えた。


「!! ダメだ! 明日明後日は土日だ! 物流の止まる通販じゃ間に合わない! どうすれば!? あ、そうだ! 本屋だ!」


 今日は金曜日で明日明後日は物流が止まるため通販で買うのは不可能だと悟った進だった。

 が、以前お気に入りのラノベを買った際しおりがオマケで付いていたのを思い出した。進は走って書店へと飛び込んだ。




「すいません。訳あってしおりが5枚必要なんですが本を買った時に付くおまけのしおりを5枚渡してくれませんかね? その代わり本2冊、いや3冊買いますので!」

「え!? しょ、少々お待ちいただけますか?」


 レジ担当のスタッフはその場を離れ、中年の男性と話をし始めた。多分彼が店長なんだろう。


「店長、どうしましょうか?」

「まぁ本を買ってくれるっていう事だし今回だけは特別に出してもいいな」

「お待たせいたしました。お客様のご要望通り本を3冊買ってくれるのでしたら特別にお付けいたしますがよろしいでしょうか?」

「ありがとうございます! 助かりました!」


 そう言って進は気になっていたラノベ3冊を買って無事にしおりを5枚手に入れることが出来た。




 翌日、進は5枚のしおりを手にススムのところへと向かった。


「ほほぉ、1日で用意するとはなかなか骨があるじゃないか。小僧、見直したぞ。富は素早いものを好む。その意味では富に好かれる素質を持っているぞ」


 ススムは満足げな表情を浮かべる。彼からすれば予想外に上出来な成果だ。


「ススムさん、金持ちになる秘訣を教えて欲しいのですが……」

「小僧がよほど鈍い奴でない限り、オレの教えはすでに分かっているはずだ。言ってみろ」

「しおりを用意するってことは……本を読めってことですか?」

「その通りだ」


 ススムはそう自信満々に答えるが、進はポカンとしていた。


「小僧、感謝しろよ。この知恵だけでも少なく見積もっても純金1キロ、500万円を楽々超えるほどの価値があるんだぞ?

 今日のオレは機嫌がいい。お前の行動の素早さに敬意を払って本を読むすばらしさを語ってやろう」




【次回予告】


ススムが言うには純金1キロに相当する英知のすばらしさを、進は理解していなかった。まぁそうだろうと思いススムは補足説明を始める。


第3話 「本のすばらしさ」

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