第六章 古の泉
第53話 瑠月からの報告
周辺調査のために、しばらく飛王の元を離れていた瑠月から、思わぬ知らせが入ったのは、即位式から一か月後の夕方のことだった。
飛王の自室へ赴いた瑠月の表情を見て、瑠月の代わりに飛王の身辺警護を務めていた腹心の
自身も扉の外へ出た。
静かになった部屋の中で、瑠月は帰還の挨拶もそこそこに、飛王のそばに来て言った。
「ここより
「瓦礫? 人が住んでいた形跡と言うことか?」
「はい」
そんな近くに、そんな形跡があったら、今までとっくに知られていたはずなのに……
しかも
「恐らく……先日の地震で、緑のツタに覆われていた城壁の一部が崩落して、入り口が見えたようです」
「なんだと」
確かに、つい一週間ほど前、小さな地震があった。
この地域は、時々小さな地震が起こっていた。
だが、今まで大きな被害が出たことは無かったので、みなどこかで安心しきっていたのであった。
「あの地震はたいした揺れでは無かった。それで崩落したということは、相当城壁がもろくなっていたのかもしれないな。それにしても、城壁とは……人の気配は?」
「ありません。中の街並みはめちゃくちゃに崩れていて、木々や草に覆われてどのような都であったのかの判断も付きかねる状況です。ただ……」
「ただ?」
「その都の恐らく中央部辺りに、小さな泉があって、その周りに崩れた石碑がたくさんありました」
「石碑!」
「その石碑の文字が、エストレア文字だったのです」
「!」
飛王は驚きに声を失った。
エストレア文字を使う古の民が居たということか?
それは、自分達の先祖なのだろうか?
それとも、自分達の他に、『始まりの民』が居たということなのだろうか?
「このことを知っているのは?」
「私と
飛王は肘掛に頬杖をついて考えていた。
古のエストレア文字の石碑!
もしかしたら、
「帰ってきたばかりで悪いが、夜になったら案内してもらえないだろうか?」
瑠月は心得たように頷いた。
緊急かつ内密に……事の真相に辿り着かなければならない。
危険ではあるが、飛王自ら赴かなくてはならないのは明白だ。
夜の帳が下りてくると、聖杜の街も静けさに包まれた。
飛王は馬に乗ると、瑠月と李秀だけを供に、宝燐山の麓へと分け入った。
今日はとても細い三日月で、光の加護は受けられない。
夜目の効く愛馬、
暗い森の中にぽっかりと口を開けた瓦礫の隙間は、まるで彼らを誘うように、直ぐに見つかった。
三人は馬を降りて、手綱を引きながら、ゆっくりと古の都へと入って行く。
崩れた建物の上には、草が生え、木の根が張り巡らされて、往時の面影は皆無だ。
だが、都の真ん中と思われるところに、ぽっかりと
周りの大樹も
そのおかげで丸く開かれた
その水は一体どこから来て、どこへ消えているのか……泉の水の流れ去る先は無い。
ただただ、小さな泉が古と変わらない姿でそこに存在しているだけだった。
飛王は急に懐かしい気持ちに襲われた。
遠い昔、ここに立っていたことがあったような、そんな優しい気持ち。
丸い
美しい光景だった。
飛王はゆっくりと泉に近づくと、心の中で語り掛けた。
宇宙の神よ!
私のなすべきことを教えてください!
私は、この国を、この星を守るために、何をすればよいのですか?
泉は何も答えてはくれなった。
飛翔! 俺はどうすればいいんだ?
お前は本当に時の輪をくぐりぬけられたのだろうか?
その時宇宙の神の声は聞けたのか?
神はお前に何か言ったか?
俺には、何も語り掛けてはくれないんだ……
飛王はうな垂れて水面を見つめ続ける。
そんな飛王の背中を、瑠月と李秀が黙って見守っている。
どれほど、そんな時の止まったような時間を過ごしていただろうか。
飛王は意を決したように立ち上がると、周りに倒れている苔むした石碑を調べ始めた。
瑠月と李秀も後に続く。
三人で、できる限り沢山の石碑の文字を読み解いていった。
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