第38話 リフィアとの出会い

 リフィアの父親であるグリフィス先生に初めて会ったのは、飛王と飛翔が九歳になった春のことだった。

 

 学校から帰って部屋で過ごしていると、珍しく父の彰徳王しょうとくおうが客人を連れてやってきた。

 客人は彰徳王と同じくらいの歳の男性で、金色の髪と深緑色の瞳の持ち主だった。


「飛王、飛翔、明日から学校から帰ってきたら、こちらの先生に特別授業をしてもらうことになったから、真っすぐ帰って来てくれないかな」


 彰徳王しょうとくおうは、普段から息子たちにも丁寧な言葉で話す。


「こちらの先生は、グリフィス先生と言って、科学や数学などの色々な知識を持っている、すごい先生なんだよ。だから、きっとお前たちの疑問に答えてくれると思うんだ」


 飛王と飛翔はワクワクした気分になったが、同時に素直な疑問も湧いた。

 そんな凄い先生だったら、普段なら学校の先生になるはずなのに。


 聖杜せいとでは、子供たちは全員王宮内にある学校で十八歳まで無料で勉強を学ぶことが出来た。その後は、親の職業に関係無く、それぞれの適正や興味によって、将来就きたい職業の修行を、学校の横にある工房や研究施設で学ぶことが出来る。

 そのために、学校や工房等では、国一番の優秀な教師を集めていたのだ。

 

 なぜ二人のための特別授業なんかするのか。

 いつも平等に国民の事を考えているはずの父王の言葉に納得できず、真っすぐな性格の飛王は抗議した。


「父上、なぜグリフィス先生は学校で教えずに、私たちだけに教えるのですか?そんなに凄い先生だったら、みんなに教えてもらった方がいいじゃないですか!」


 いつもなら、その通りだな! と言うはずの彰徳王が、困ったような顔をした。

 すると、グリフィス先生が代わりに流暢なバルト語で言った。

「彰徳王、私は大丈夫ですから、理由を王子様方にご説明ください」

「グリフィス、わかった」


 彰徳王は二人に向き合うと、真っすぐに目を見て話し始めた。

 

 グリフィス先生は、キリト国から命を狙われて逃れてきたこと、聖杜にグリフィス先生がいることが分かると、先生の命が狙われる可能性がある事、けれど先生の知識は素晴らしいので、このまま誰も学べないのはもったいないこと、だからこそ飛王と飛翔に学んでもらって、他の子供たちにも伝えていけるようにしたいと思っていることを丁寧に説明した。


 グリフィス先生はその間、二人の表情をじっと見つめていた。


「そういう事情だったんですね。生意気なことを言って、申し訳ありませんでした」

 飛王は素直に頭を下げて謝った。


「でも、お願いがあります。瑠月りゅうげつ流花るかだけは一緒に学ぶことはできないでしょうか? 二人とはいつも学校が終わった後、一緒に過ごしているので、会う時間が少なくなるのはさみしいし、二人は絶対口が堅いので、グリフィス先生も心配しなくていいと思うし」


 流花るかはこの春学校に入学したばかりの、瑠月りゅうげつの妹。瑠月と似ていて、物静かで勉強熱心な少女だった。

「それは」

 

 彰徳王が躊躇していると、グリフィス先生が二人に尋ねた。

「瑠月殿と流花殿の事を、お二人は心から信頼しているのですね」

 

 飛王と飛翔は真っすぐに見つめ返して、大きく頷いた。

「でしたら、大丈夫ですよ。彰徳王。それに、私の方からもお願いしてよろしいですか? できれば、私の娘のリフィアも、学びの場に加えていただけないでしょうか? 多分流花殿と同じくらいの歳だと思いますので、お友達が出来て喜ぶと思うのですが」

「もちろん!」

 飛王と飛翔は喜んで頷いた。

「グリフィス、頼む」

 彰徳王も嬉しそうに頷いた。

 


 次の日の夕方、飛王と飛翔の部屋に、瑠月と流花がやってきた。

 二人とはいつも学校の前の庭で遊んでいたので、飛王達の部屋にやってくるのは初めてだ。


 王宮の中とは言っても、二人の部屋はとてもシンプルで、豪華な品は何一つ無く、木で作られたベッドと洋服ダンスと机と椅子があるだけだった。


 瑠月と流花と一緒に、二人は窓際の椅子に腰かけて、グリフィス先生が来るのを待っていた。


 ノックの音が響いて、入ってきたグリフィス先生の背中に、金色の髪の少女が隠れているのがちらりと見えた。


「みなさん、こんにちは。私はグリフィスと申します。これから一緒に勉学に励みましょう! 私の後ろに隠れているのが、私の娘のリフィアです。さあ、リフィア、挨拶しなさい」


 グリフィス先生が声を掛けると、後ろから少女が恥ずかしそうに出てきた。

 光に透けるような柔らかな金髪に新緑色の瞳の少女は、木漏れ日のような柔らかい笑顔で挨拶した。

「リフィアです。あの……よろしくお願いします」

 ぴょこんと頭を下げると、にっこり笑った。


 飛王と飛翔は驚いた。

 

 父から聞いていたグリフィス先生とリフィアの旅は過酷なものだった。

 キリト国から雪の宝燐山を超えての逃避行。

 極寒の地を抜ける山の道は暗く厳しく、途中で母親は亡くなってしまった。

 

 さぞかし暗い影のある少女だろうと思い、二人は慰めてあげようと張り切っていたのだが、目の前の少女は、そんな不幸な出来事とは無縁の、光の中で育ったような温かい笑顔の持ち主だった。

 

 飛王と飛翔はドギマギして、挨拶も忘れてリフィアの顔を見つめていた。


「初めまして。グリフィス先生、リフィア。私は瑠月、こちらが私の妹の流花です。これからよろしくお願いします」


 冷静に挨拶をしたのは瑠月だった。そして流花にも自分で挨拶をさせた。


「瑠月殿、流花殿、こちらこそよろしく。リフィアの事も頼みますね」

 グリフィス先生は頼もしそうに二人を見ると、飛王と飛翔に向き直って、

「さあ、飛王殿、飛翔殿、勉強を始めましょうか!」



 グリフィス先生の授業は本当に楽しいものだった。数学、天文学、地理学、政治学、果ては音楽まで、子供たちが興味を持つことは、何でも答えてくれたし、面白い実験もやらせてくれた。いつしかみんな夢中になり、学校の後の時間が待ち遠しい時間となった。


 五人はすぐ仲良くなり、特にリフィアと流花は何でも話合う親友になった。

 

 この特別授業は、リフィアと流花が十八歳になるまで続いた。


 グリフィス先生とリフィアの居室は、飛王たちと同じく王宮の奥深い場所に用意された。二人はそこからほとんど外に出ること無くその後の年月を過ごしていた。

 だから、長い間リフィアにとっては、この特別授業と、飛王と飛翔と小さな庭で遊ぶ時間が何よりの楽しみでもあった。

 

 十八歳になって、リフィアは初めて外に出ることができた。


 それまで彰徳王は、聖杜の知恵を広く世界に広めることを誇りに思っていた。

 だが、十年前、真成しんせいの父親の安頼あんらいがスパイ容疑で処刑されてから、聖杜の民の安全を考えて、徐々に門戸を閉じていく。

 国内にいる外国人は、彰徳王と同じような考え方を共有している人物のみとし、国外へ出ていた人は呼び戻し、聖杜の城壁を固く閉ざすこととなった。

 

 そのお陰で、グリフィス先生とリフィアの身が少しは安全になったので、飛王と飛翔は嬉しかったのだが。

 

 グリフィス先生は相変わらずひっそりと暮らしていたが、リフィアだけは、一緒に工房で学べるようになったのだった。


 

 

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