第30話 千年後の世界の様子

「それにしても、すっごく精密な地図ですね。五百年前にこんな技術があったなんて!」

 ハダルが驚いたように言った。


「バンドスの船乗りの友人からもらったんだけどね」

 ドルトムントも頷く。


「しっかし、こうやってみると、世界の勢力地図はどんどん変化していってるんだな。国の名前なんてころころ変わって覚えきれないよ!」

 ジオがあきれたように、でも今更気づいたようにため息をついた。


「国が変わると言うことは、争いが絶えないということかな……」

 ドルトムントが悲しげにつぶやくと、みんなの表情も曇った。

 

 飛翔はふと思った。

 ハダルもジオも、今までに辛い経験をしてきたのではないだろうか。

 飛翔だけでは無く、ドルトムントの家に集った彼らもまた、様々な事情を抱えているに違いない。


「もう少し教えてもらってもいいですか?」

「なんでも聞いていいよ」

壮国チャンゴ以外の国について教えて欲しいんですけど」


「いいぞ~」

 ドルトムントが嬉しそうに、今度は現在の地図を持ってきた。


「そうだね~強国から言えば、さっき話した騎馬民族国家のフェルテだね。戦闘向きのエクゥスを飼育して、精鋭揃いの騎馬部隊が国境を守っているんだ。鉱物資源が豊富だから、丈夫な鉄製の武器の生産が盛んだよ。それ以外では、羊毛やチーズかな」

「鉱物の配合を変えると、強度の違う鉄製品を作ることができるんだぜ」

 ジオが得意そうに付け加えた。


「もう一つの大国、キルディア国についてはこの前話したからいいかな。次は中立の立場を貫くルシア国。ここは北側が山、南側が海で雨がちゃんと降るから砂漠ではないんだよ。すぐ隣なのに気候が違って面白いよね。隊商路の両側では綿花の栽培が盛んなんだ。秋の収穫時期に雨が少ない気候が綿花栽培に合っているんだよ。その綿糸から織られた布は、模様が綺麗でこの地域の専売品だね」

「そう! ルシア織よね。私も好きよ!」

「ルシア織?」

「これもそうよ!」

 フィオナが玄関の扉に付けられた暖簾リドラを指した。青地に白で花や葉の美しい模様が織り込まれていた。

「これは私たちでも買える安いお品だけど、値段が高いものになると、もっと色が増えて色とりどりで綺麗なのよー」

 フィオナがうっとりした表情で言った。


 ルシア織……この模様はまるでリフィアが織ったみたいだ!


 もしかしたら、聖杜せいとを自然災害が襲う前に、みんな逃げられたかもしれない。

 わずかながら希望を見出したような気がして、飛翔は少しほっとして地図に視線を戻した。


「キルディア国の隣にはアルタ国だね。それから、海に目を移すと島がいくつかあるだろう。アルタ国に近いところから、壮国チャンゴへ向かうルート順に説明すると、ボルドン島、イリス島、モルダリア島の三つが大きい島だね」


「産物については俺が説明するぜ!」

 ハダルが後を引き継いだ。

「アルタ国は農産物の生産が盛んで、広く開墾された畑で大人数で効率的に作物栽培しているんだよ。作物の種類も豊富だし、色々工夫して、気候や病気に強い作物も作り出しているしね。壮国チャンゴでも玄灰シュァンフゥ川の河口には大規模な稲作地域があるけれど、最近は洪水がまた酷くなってきていて、収穫量が落ちていてね。だからアルタ国からの食料は壮国チャンゴにとっても貴重なんだ」

 

 ハダルは地図を指さしながら説明を続けた。

「ボルドン島はコーヒーの産地、イリス島は香水やハーブが有名で、医術にも使われているよ。モルダリア島は珪砂や石灰が豊富で、バンドスのガラス作りはここの資源を使っているんだよ。バンドスの港からはガラス細工と楽器、葡萄酒ルヴァンなんかが出荷されているね」


「ハダルは、歩く世界産業地図だな!」

 飛翔が感心して言うと、ハダルは照れ臭そうに笑った。


 ドルトムントもうずうずして話し出す。


「地形的には、ミザロの南にあるアトラス山地は、気候にも統治にも影響を与えているんだよ。バンドスが長く独立国家として続いてこれたのは、このアトラス山地が敵の侵入を抑えていたからだろうね。アトラス山地はそんなに高い山ではないけれど、北側の乾燥地帯と南側の湿潤な気候を分けている、重要な役目を果たしているんだと思うよ。山を越えると景色が一変するからね。南側はぶどうレザンがいっぱいだよ。」

「だからバンドスの葡萄酒ルヴァンはうまいんだぜ」

 ジオも負けずに口を挟んできた。

「ジオはお酒が飲めるのか?」

 飛翔が驚いて尋ねると、

「え? 飛翔は葡萄酒ルヴァン飲んだことないのか! あれは子どもでも飲めるぜ」

「いや、子どもは飲めないけど、余り強いお酒では無いから飲みやすいってことだよ」

 ハダルが慌てたように付け加える。


 聖杜では、二十二歳の成人前の飲酒は禁じられていたので、飛翔は国によっていろいろ違うんだなと改めて思った。


「うぉほん! 確かにバンドスの葡萄酒ルヴァンは美味しい。滅多にフィオナは買って来てくれないけれどな」

 ドルトムントの言葉に、フィオナがきっとなって睨む。

葡萄酒ルヴァン代を稼いでから言ってください!」


 ドルトムントは一瞬しまった! と言う顔をしたが、また素知らぬ顔に戻って地図の説明を始めた。


天燐テンリン山脈の中央辺りに、一番高い宝燐ホウリン山があるね。この宝燐ホウリン山は今でも万年雪を被った山だよ。けれど、その麓はシャクラ砂漠が迫っている。標高差と寒暖差、厳しい土地だよ。まるで、人が入るのを拒んでいるみたいだね。王都華陀ファトゥオからこの山へ向かうのは難しいから、今も宝燐ホウリン山は謎のまま、神秘の地となっているのさ」


 人を拒んでいるようだと言うドルトムントの言葉に、飛翔はハッとした。


 そうか! 

 そう言うことだったんだ!

 

 泉を守るために、星砕剣ロアル・エスパーダの盾の力が発動したに違いない。

 その力がどんなものなのか、飛翔は分からない。

 だから、もしかしたらその力は、自然災害を引き起こして砂漠化させることだったかもしれない。


 でも、いつ?

 俺がいなくなって直ぐか?


 禊祭みそぎさいの時に発動されていたとしたら、飛王は?

 みんなは?


 無事ではないはずだ……




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