第32話 ジオのターバン

 次の日の朝早く、ジオが井戸で水汲みをしていた。

 大きな水瓶に水を一杯にしようと、必死に釣瓶を上げ下げしている。

 飛翔は部屋からそれを見つけると、手伝いに降りていった。


「ジオ、俺にも手伝わせてくれ!」

「おー! 助かる! でももう本当に体は大丈夫なのか?」

 ジオの心遣いに嬉しくなる。

「ありがとう。少し動いたほうがいいから」


「よし、じゃあ交替で頼むわ。これから近所のエクゥスの出産の手伝いに行くんで、持って行ってやろうと思ってさ」

「ジオはやっぱり動物の医者みたいだな」

「医者じゃないさ。ちょっと慣れているってだけだよ」

 ジオはそう言いながらも嬉しそうに笑った。


 爽やかな朝の風の中、二人で交互に釣瓶を操作する。

「ここの井戸水はすっげえ綺麗でさ、水瓶に汲み置きして置いても、腐らないんだよ。不思議だよなー。だからエクゥスのお産の時にも安心して使えるし、発掘で砂漠に持っていくのにも都合がいいのさ」


「きっと長い年月をかけて、地中で綺麗に濾過フィルトラされた水なんだろうな」

 元来の探求心が疼いて、思わず飛翔が言ったつぶやきにジオが反応する。

「フィルト? なんか小難しい言葉だな。飛翔、お前頭よさそうだもんな。学校とか行っていたんだろう」

「ああ、俺のいたところではみんな学校に行っていたから」

「かー! どこの国だよ。そんな恵まれた国は! 壮国チャンゴ華陀ファトゥオとかバンドスとかは裕福だから学校があるけどよ、他の地域はそんなもん貴族の坊ちゃんしか通えないぜ。俺なんか、学校なんか行ったことも無いさ」

 ジオがせっせと釣瓶を上げながら、吐き出すように言った。


「ジオはいつからここに住んでいるんだ?」

「そうだな~三年前だから十五くらいかな?」

「ジオはまだ十八歳なんだな」

「そうだよ。フィオナも同じ十八さ。そう言うお前はいくつだよ?」

「俺は二十一歳」

「落ち着いた雰囲気だけど、思ってたより若かったんだな」

「え! そんなに老けて見えるか?」

 気になるか? と言ってジオは大笑いした。


 自分より年上と分かっても、ジオは口調を改める気配も無くため口で続けた。

「ハダルは多分二十四歳って言ってたから、お前の方が三つ下だな」

「多分?」

「ハダルはさ、物心ついた時には両親がいなくて、船に乗っていたらしいから、いつ生まれたかわからないんだってさ。まあ、この国じゃ珍しいことじゃないさ。いくら大国になったと言っても、戦はまだ色んなところで続いているからな」

 

 ジオは少ししんみりした口調になって、

「それに関しては俺の方がまだマシだな。十二までは親と一緒だったからな。おやじは結構優秀な職人でさ、俺も色々教えてもらってたんだぜ。学校は行って無いけど、他の奴らよりは色々知っているぜ!」

「おやじさん何の職人だったんだ?」

 飛翔が尋ねると、ジオは急に言いづらそうにすると、

「悪い。しゃべり過ぎたわ」

 そう言って黙ってしまった。飛翔もそれ以上は聞かなかった。


「ドルトムントとフィオナは、俺にとって命の恩人なんだ。行き倒れ寸前のところを拾ってもらったからな。ハダルの方が先に一緒に住んでいたんだけど、きっと同じ様ないきさつだと思うぜ。お前だって拾われただろう。絶対見捨てないんだよな」

「そうだな。温かい人達だよな」


 二人で一つの瓶を一杯にし終わると、ジオが飛翔のターバン頭を見て言った。

「結構似合っているじゃん! それ、外に出るときは常につけていた方がいいぜ。このミザロはオアシスで隊商も多く行き来しているだろう。ターバンは西のルシア国では男の人の正装だから、町でも多く見られるんだ。だから誰も怪しまないし目立たない。お前の髪の毛の色は……その……ちょっと珍しいからさ。あんまり他の人にジロジロ見られてもいやだろう」


 ジオのぶっきらぼうだが気づかいのこもった声に、飛翔は素直に感謝した。

「そうだな。ありがとう。ところでジオはルシア国の人だからターバンをしているのか?」

「いーや、俺のはただのファッション。似合うだろ!」

 そう言ってジオはニヤリとした。


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