第23話 青い肌着
昼食が終わると、ドルトムントはまた飛翔と話したくてうずうずしていたが、フィオナの一睨みでしゅんとして、そのまま作業場へと戻って行った。
フィオナの手伝いをしようと立ち上がった飛翔に、フィオナは洗濯だけしたら、また体を休めておくようにと言ってくれた。
飛翔はありがたくそうさせてもらうことにした。
砂漠の照り付ける太陽を想像して外に出たが、昼の日差しは思ったよりも柔らかく、空気が湿っていることに気づく。
見渡せば、丘の上の家にも関らず、周りには日陰を作れるくらいの木々が生い茂っていた。木漏れ日が揺れていて、風が心地良い。
オアシス都市ミザロは、砂漠にありながら、水の豊富な地域なのだと改めて気づいた。
ドルトムントが言っていた通り、泉の湧き水量が多いのだろう。
飛翔は井戸の水を汲み上げると、桶の中の水を見つめた。
透明感のある水は、空の青さも飛翔の姿も、はっきりと映し出している。
青い髪に金色の瞳。
でも、ここは千年後の世界。
飛翔は込み上げる思いをグッと堪えると、青い肌着を優しく洗い始めた。
これは、リフィアが飛翔のために糸を紡ぎ、色を染め織り上げ、仕立ててくれた一品。
リフィアのありったけの気持ちが込められていた。
飛翔は慈しむように、語り掛けるように洗った。
リフィアは飛王と飛翔の幼馴染だった。
元はキリト国の出身だったが、父親の事情で
幼い頃から、飛王と共にずっと一緒に学び、いつも一緒に過ごしてきた。
飛翔はリフィアの輝く柔らかな金色の髪と、春の森を映したような新緑色の瞳を思い浮かべる。
そして、いつでも飛翔を包み込んでくれる、温かい笑顔。
飛翔が嬉しいとき、悲しい時、いつでも横にリフィアがいてくれた。
一緒にいるのが当たり前だった。
一生一緒にいられると思っていた。
飛王は一緒に行けと言ってくれたのに……
一緒に連れて来てはあげられなかった。
もう一度会いたい。
でも、もう二度と会えないのでは無いかという不安に押しつぶされそうになる。
思わず、肌着を洗う手が止まった。
その青い色に、リフィアの気配を感じ取ろうと必死に見つめる。
そんな飛翔の不安を押し流すように、緑の香を含んだ風が吹きぬけた。
まるで、リフィアが頬を包んでくれた時のような、優しい風だった。
飛翔は風を全身で感じて、身をゆだねた。
次に浮かんだのは、飛王の顔だった。
飛王……俺がいなくなって、寂しいだろうな。
それに、あの後一人で
いや、大丈夫。
あいつは頼りになるし、飛王も心強いはずだ。
そしてリフィアも……
飛翔は俯いた。
俺は知っている……飛王もリフィアを愛していることを。
リフィアは、どう思っていたのだろう……
飛王と俺、どちらを愛していたのか?
それとも、別の誰かか。
尋ねる勇気も持てなかった問い。
答えの返ってこない問いが心の中で繰り返される。
きっとリフィアは飛王を助けてくれるだろう。
でも俺は、そんな二人に、心からおめでとうと言えるのだろうか……
飛王が俺に、リフィアを連れて行けと言ってくれたように。
飛王、お前はやっぱり凄い奴だよ。
濯いで形を整えて、物干し竿に掛けていると、食堂へおやつをつまみに行こうとして通りかかったドルトムントが目を留めた。
「飛翔君、その肌着の色は美しいね。何で染められているんだい?」
「これはアイオイ草の花と一緒に煮て染めているんです。防虫効果もあるので、一石二鳥なんですよ」
「なるほど! 布地は絹かな? 光沢があるね」
「布地の方は……そうですね。絹です」
本当の事を言いかけて、飛翔は途中で止めた。
布地は夜光虫と言う虫の繭から取れる糸を使っていた。
夜光虫は、毎年春になると、聖杜の川辺のアマルの木に産卵にやって来ていた。
だが、あの当時でさえ、アマルの木は聖杜にしか生育していなかった。という事は、今の世界にアマルの木は無いかもしれない。
そうなると、ここに夜光虫がいるのか分からなかった。
「おお! 飛翔君、実は貴族の坊ちゃんだったりするのかな?」
「……」
ドルトムントは急に労わるような声で言った。
「私の知る限り、髪の色が君のように青い民はいないんだよ。だから、君がどこの国の人なのか、君自身が思い出さないと、難しいな。申し訳ないね。」
ドルトムントは、飛翔が記憶喪失になっていると思っているのだろうかと飛翔は考えた。だから、何も聞かずにいてくれるのかもしれない。
いや、違う。
ドルトムントは話したくなるまで、待ってくれているんだ。
フィオナも、ハダルもジオも、きっと同じ気持ちに違いない。
それでも受け入れてくれているんだろう。
心の広い人達なんだな……
ドルトムントにだったら、本当の事を話しても良いのではないかと飛翔は思った。
でもまだ、何から話せば良いのかの検討もつかない。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
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