ラピスラズリの小箱

ノミ丸

序章1

むかしむかし、西の大陸のとある国に、それはかしこい魔法使いがおりました。


 どれほどかしこいかと言えば、少年少女のとしごろですでに、一人前の魔法使いを名のれるほど。しかも、魔法以外にもさまざまなことにたけていて、博識でもありました。


 魔法使いは人々によく慕われていました。それと言うのも、彼がひらめく考えは、人々が今までおもいもよらなかったほど偉大であり、彼の行う物事は、人々の生活から貧しさをなくし、豊かさをもたらすものだったからです。


 それこそ王様の次に尊敬されていたと言ってもいいでしょう。いいえ、王様以上かもしれません。なぜなら王様も、魔法使いを慕い、頼っている人たちのうちの一人でしたから。


 ある日のこと、お城で開かれた宴のせきで王様は、ある話を耳にします。ひとつの宝物のお話でした。


 気になった王様は、もっとくわしく宝のことを知りたくなり、その話をしていた吟遊詩人を呼びつけました。


 王様は聞きました。





「吟遊詩人よ、わたしはお前の言うすばらしい宝の話に興味がある。もっとくわしくもうしてみよ」





吟遊詩人は言いました。





「はい王様。これは風のうわさでございますが、この世のどこかにそれはすばらしい、唯一無二の宝があるのだそうです。それと言うのもその宝、手にした者の願いをなんなく叶えるのだそうです。うつくしい願いも、おそろしい願いも。どんな願いだろうと、何度願おうと、すべてを叶える魔法を宿した、すばらしい秘宝なのでございます」





 話を聞き終えた王様は思いました。





(つまり、その宝を手にいれた者は、世界を意のままに動かせるのだと言うことではないだろうか)





 一夜あけると王様は、あのかしこい魔法使いをお城に呼んで命じました。





「この世に二つとないすばらしい宝があるという。わたしはぜひ、その宝を家宝にしたいと思っておる。魔法使いよ、かしこく何事にもすぐれたお前ならば、見つけだせるだろう。宝を見つけだし、わたしのもとにもってまいれ」





 頷いた魔法使いはそうしてお城を、いいえ祖国をもあとにしました。秘宝を探す旅に出たのです。


 どんな力をもった秘宝か知らぬまま。


 家宝にしたいと言った王様の、まことの考えも知らぬまま、長い旅に出たのでした。


 それから十年がたちました。


 あれだけの話で、いったいどこをどうやって探したというのでしょう。魔法使いは長旅を終え、国へ帰ってきたのです。魔法使いは王様ご所望の秘宝を携えておりました。


 王様は、命令どうりに秘宝を持ち帰った魔法使いを褒めたたえ、宴を開いて言いました。





「魔法使いよ、よくやった。これさえあれば、わが国はこれまで以上に豊かになるだろう。世界を統一することもできるだろう」





 魔法使いは、はて、と思い王様にたずねました。





「王様、その秘宝は世界を豊かにするものなのですか?」





 すると上機嫌だった王様は、語らなかった秘宝の力について説明しました。


 人の望みを、すべて叶える魔法の宿った宝なのだということを。


 王様は笑いながら言いました。





「どうだ魔法使いよ、褒美に、おまえの望みをひとつ叶えてやろう。なにか申してみよ」





 魔法使いはこたえました。





「いいえ王様、わたしはなにも望みません。いまのままで、十分にございます」





王様は高らかに笑いました。





「無欲な魔法使いよ、いつまでもそのまま無欲なおまえでいておくれ」





魔法使いは無欲な人間でした。


 そして、おおきな力を持った人間のおろかさをよく知ってもいました。


それからと言うもの王様は、秘宝の力で国をどんどん豊かにさせていきました。人々の不満をすぐに解決し、望みを言えばなんなくそれを叶えてやりました。


今や王様はかしこい魔法使いよりも尊敬され、魔法使いよりも慕われるようになっていました。


 しかしどの大陸のどの国より、富にあふれるようになったこの国をおもしろく思っていない人もおりました。


 それは西の大陸よりさらに西にある、名もなき大陸の人々でした。いつも貧しく飢えた人々でした。


 彼らは口々に言いました。





「なぜあの国は豊かで、この国は貧しいのだろう。なぜあれだけ富にあふれていながら、この国にわずかな恵みをくれないのだろう」





 誰かが言いました。





「あの国の王様は、望みのなんでも叶う秘宝を持っていると言う。その秘宝さえあれば、この国も豊かになるはずだ」





 人々はそんなことを思い始め、そしてとうとう、戦がおこりました。


 西の国の王様は、戦に倒れていく民を見て、嘆き、かなしみ、そして名もなき大陸の人々を、憎らしく思いました。


 王様は憎しみのままに、秘宝に願いました。





「秘宝よあの名もなき大陸を、そこにすむ者たちを、すべて消してしまえ!」





 秘宝は王様の願いを叶えました。


 名もなき大陸の人々はあっというまに、それこそ霞のように消え去り、大陸は命のない荒野となりはてたのです。


 王様は喜びました。大喜びでした。





「この秘宝さえあれば、わたしに不可能なことはない。わたしは世界の王にもなれよう!」





 戦が終わり一夜あけると、王様はすっかり変わっていました。


 王様の言うことと少しでも違うことを言った人、王様の食事に嫌いな食べ物をまぜた人、王様お気に入りの花瓶をぴかぴかに磨いておかなかった人、王様の思いどうりに走らない馬、王様に吠えた犬。とにかく、王様は少しでも気に食わないことをした人を、秘宝に願い消してしまうようになったのでした。


 誰もが今度は、王様をおそれるようになりました。人々は、かしこい魔法使いを頼って、なんとかしてくれるように言いました。


 魔法使いはかなしみました。魔法使いにも、できないことがありました。





「わたしがあの秘宝を見つけださなければ、王様に渡したりしなければ、王様はやさしい王様のままだった。こんなことにはならなかった…」





 魔法使いはお城に出むき、王様の前で、ひざまずいて言いました。





「王様、どうかその秘宝を手放してください。それは誰も手にいれてはならなかったものです」





 王様は、怒ってどなりました。





「手放せだと?ばかなことを。この国がこんなにも豊かになったのは、誰のおかげだと思っているのだ。わたしが秘宝にそうあれと願ったからだ、わたしが秘宝を手にしているからだ。さてはきさま、わたしの秘宝をよこどりして、自分が王になろうと言うのだろう!」





 王様は、兵士たちに命じました。





「魔法使いをつかまえろ。牢屋につないで、閉じこめてしまえ!」





 兵士たちが魔法使いをとりかこみました。魔法使いはとっさに、王様の持っていた秘宝に大声で言いました。





「秘宝よ、お前とわたしを誰もいない場所へつれていっておくれ!」





 すると、いつのまにか魔法使いは、なにもない荒野に立っていました。兵士も王様も、魔法使いのほかは誰もいません。かわいた土くれのほかは、なにもありません。


 そこは王様の願いで滅んだ、あの名もなき大陸でした。


 魔法使いは、秘宝をにぎりしめていたことに気づきました。そして、この秘宝をいそいでかくさなければと思い魔法で、小さな箱と、鍵をつくりました。


小箱は、秘宝をいれるのにぴったりの大きさでした。しっかりと鍵をかけ、秘宝へ最後に願いました。





「秘宝よ、この錠前の鍵をかくしておくれ、おまえの眠る小箱もろとも。二度と、誰の目にもふれぬように」





 小箱は鍵と一緒に、魔法使いの手の中から消え去りました。魔法使いはほっと一息つくと、そのまま、二度と帰らぬ旅にでました。


 魔法使いが秘宝をかくしたことを知った王様は、大勢の民を呼びだし命じました。





「秘宝をかくした小箱を探せ。その小箱の鍵を探せ!」





 王様の命令にはさからえず、民らは旅立ちました。しかし旅立った者たちは、誰一人帰ってくることはありませんでした。小箱は見つからず、鍵も見つかりませんでしたので、帰れなかったのです。


 けれども王様は、あきらめきれずに民を呼びだし、命じ続けました。小箱を探し永遠にさまようさだめをおった彼らをやがて人々は流浪の民と呼ぶようになりました。。


魔法使いのつくった小箱は今も、秘宝をいだいて世界のどこかで眠っています。


 小箱が見つかるその日まで、流浪の民の旅は終わらないのです……

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