SS バイトと白咲さん

「終電…逃しちゃったね…」

「こんな真っ昼間に終電になる電車があるか」


こちらを向き、もじもじとなにか言いたげな、恥ずかしい演技をする白咲。

なにやら戯言を呟いたと思えば、えへへー、一度言ってみたかったのー。と呑気に笑っている。


日差しと蝉の声が和らいだ午後。授業を終えた俺たちは、駅のホームで次の電車を待っていた。

白咲はいつものように俺の隣にいて、いつものようにべらべらと言いたいことを喋っている。


「慶崎くん、時間大丈夫?バイトまで結構ギリギリじゃない?」

「当たり前のように俺のバイト時間を把握するな」


白咲の言う通り、俺は夕方からバイトのシフトを入れていた。なぜ白咲にそれを把握されているかは謎だが、確かにこの電車を逃すと遅刻確定になってしまうので、白咲の言っていることは正しい。


湿気を含んだ駅の空気を紛らわすようにくたびれた英語のノートで首元を仰ぐ。

白咲も派手な色をした携帯型扇風機を片手に、なんとか暑さを紛らわせていた。

数分後に到着した電車の扉からは、心地よい冷気がひんやりと漏れていた。


珍しく白咲は俺の下車する駅に用事があると言い、俺たちは目的の駅までくだらない話をしながら電車に揺られていた。降りた駅で白咲と別れてから、すぐ近くのバイト先であるスーパーへ早足で向かう。


***


「慶崎くんのハートはどこに売っていますか?」


聞き覚えのある声で、寒いセリフが後ろから響く。

絶対来るだろうなとは予想していたので特に驚くこともなかった。


「慶崎くんの営業スマイルが無料で見られるなんて…お客さんが羨ましいよ」


用事を済ませてきたらしい白咲は落ち着いた様子で明るいスーパーの店内を見渡す。

白咲は俺のバイト先にまでストーキングする予定らしい。


「白咲には微笑みかける理由がまったくないからな…」


俺が笑うと白咲は気持ち悪い声を出して喜ぶので、普段から俺は白咲にあまり笑わないようにしている。

それを知ってか知らずか、白咲は笑わない慶崎くんも大好きだよ。と微笑む


「ほら、これやるから帰れ」

いつも通り白咲の告白を無視し、彼女の頬に半額シールをぺたぺたと貼る。

頬に貼られた「半額」と赤字で大きく書かれた丸いシールが、てかてかと照明に反射して輝く。


「やだ慶崎くん!!こんなの貼られたら一生剥がせないじゃない!」

「勝手にしろ」


そう騒ぐ白咲を放置して俺は食料品を棚に素早く並べてゆく。

あとで店長に言って、白咲を出禁にしてもらおうかな。

初めはどこに何の食料品が置かれているかなんて覚えられる気がしなかったが、今はもうすっかりと慣れたものだ。

しばらくして白咲は、働く俺を眺めてから満足したのかいつのまにかどこかへ消えていた。

白咲の姿が見えなくなり、俺は内心ほっとする。

流石にバイト中までストーキングされるとなると、気が散って仕事にならない。


そしてしばらく仕事をしたのちに、食料品が保管されている冷蔵室へ行くために俺はバックヤードに戻った。


「さっきの彼女?結構可愛いじゃん」


冷蔵室の大きな扉をゆっくり開くと、そこにいた男の先輩が話しかけてきた。明るい茶髪がよく似合う、俺より少しばかり年上のひょうひょうと明るい須藤さんだ。


「まっっっっっったくもって違います。」


俺は全力で否定する。


「あれは人のいうことをまったく聞かないストーカーゾンビ女です」


須藤さんはゾンビ?と首を傾げる。


「何お前。あのJKにストーカーされてんの?」

「まあそうですね。俺は嫌だって言ってるんですけど」


俺は食料品の詰まった目当てのダンボールを探しながら答える。


「はあ〜〜。もったいねー。あんなJKにストーカーされるとかなんだお前。俺がお前だったら秒で食ってるけどな」

「はあ…何言ってんですかもう…」


不満げに言う須藤さんに、俺は苦笑する。

気持ちはわからんでもないが、白咲相手にそうするわけにはいかないのだ。

白咲とどうこうする前に、俺にはやるべきことがある。それはまだ、頭の中で形になっている訳ではないけれど。


それはさておき、大きな段ボールを抱えた俺は薄暗いバックヤードを出て仕事を再開する。

しかし、手早く段ボールを開けていく俺の手にいつもよりわずかに力が入っていることに気がついた。

須藤さんの言葉を聞いてから、わずかに苛立っている自分がいるのだ。

須藤さんの無神経な言葉と、…白咲にと。


…白咲は俺と高校で出会わなかったらどうしていたのだろう。

あの時松葉杖を持った男が俺でない他人だったとしたら、そいつに愛を囁いていたのだろうか。

運命だとか、遺伝子だとか、そんな言葉を簡単に紡いでいたのだろうか。


「………」


らしくないことを考えてしまった。

白咲が俺を好きでも好きでなくても、どうでも良いことのはずじゃないか。

白咲の事なんて、どうでもいいだろう。ずっとそう思っていたはずだ。


白咲は俺のバイト先だけでなく、俺の脳内までかき回してゆく。

厄介な存在にも程がある。


***


「お疲れ様です」


高校の制服姿に戻った俺は、須藤さんとサボりがちの社員に声をかけてバックヤードを出る。


「お疲れ様、慶崎くん。はい、乾杯」

「……」


バックヤード側の自転車置き場に、本日三回目の白咲。手にはミルクコーヒーの缶が二つ。そのうちの片方を俺の手の中におさめてくる。


「このクソ暑い中ずっと待ってたのかよ。頭おかしくなるぞ」

「大丈夫だよ。元々おかしいから」


自覚はあったらしい。


「すぐ日が暮れたしね。大丈夫大丈夫。慶崎くんのためなら五億年でも待てるよ」


俺は五億年と聞いて、ネットでみたホラー漫画を思い出して少し怖くなった。


「今日は良い日だったよ。慶崎くんとおしゃべりできたし。慶崎くんのエプロン姿も見れたし」


まだ半額シールを頬につけたままの白咲がそっと呟く。

流石にみてるこっちが恥ずかしくなったのでベリベリと剥がしてやった。いたた、と白咲が頬を撫でる。


「私もここにバイトの応募しようかな」

「絶対にやめろ」


早いうちに店長に出禁の話をつけなければ。

…それと、


「もうここには来るな。悪い大人がいるから」

「…悪い大人?」

「女子高生をとって食うような、大学生だよ」


先ほどの須藤さんを思い出しながら言う。須藤さんはそんなつもりじゃないのはわかっているが、口が勝手に動いていた。


「慶崎くん、心配してくれてるの?私の事好きなの?」

「…嫌いだな、めちゃくちゃ」


柵にもたれかかり、もらった缶のミルクコーヒーをごくごくと飲みながら白咲を振る。


「私は好きだけどねー。慶崎くんの事。私たちは運命だもん」


運命、という言葉を聞いて、俺は再び口を開く。


「……白咲。俺が同じ高校に入学してなかったらどうしてた」

「この足が壊れるまで慶崎くんを探しにいくよ。それは私と慶崎くんが生まれた時から決まっていたことだから」


白咲は澄んだ声で迷いなくそう答えた。


「…馬鹿」


俺は呆れたように苦笑し、ため息をつく。

だがしかし、わずかに、この白咲のそんな絶対的な言葉を期待していた自分がいた。

それは紛れもない事実だった。

そんな俺は腹立たしいような、むず痒いような、この場から逃げたくなるくらい恥ずかしい気持ちになり、日用品を搬入する大型トラックの点滅するテールランプをミルクコーヒーを飲みながらずっと見つめていた。

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