異世界転生するチート野郎は前世の人間ではないけれど、マホウの技術を駆使してくそったれの世界を妖精とはしゃぐ様に生きていくようです
心の梟
第1話
だが、それもここまで。彼の視界にはでかでかとトラックのバンパーが映っていた。
──ああ、なにやってんだ俺。
彼は刹那の後には顔面ミンチになる恐怖より、いくつかの心残りが脳裏をよぎって奥歯を噛み締める。
──くそ、こんなことになるなら春秋の連載小説、読んでから家を出ればよかった。科学誌も、経済紙も、料理の友の今月号も。いや、まて。カノカノ新刊もまだ読んでねぇじゃねぇか! 最近のラノベは異世界やら俺強ハーレムやらで胃もたれ通り越して怒りさえ覚えるレベル。やはりラブコメ最強説証明されたよコレ。つか、ああ、今日は一学期の終わりだ。ここで俺が死んだらやるはずだったスピーチ、誰がやるんだ? いやいや、一学期の終わり、夏休みの始まりに教師が死んだってことで、校長の話が長くなっちまうかなぁ。すまねぇ、教え子たちよ! クーラーもない体育館に長く引き留められるのは、俺のせいだ! けど、悲しまないでいい。君たちの未来は輝かしいものだから!!! ……って、悲しんでくれるヤツ、一人もいないよなぁ。
と、自嘲気味な溜め息を吐き出して、視界の端に映る教え子に意識を向けた。
──それより、問題はこっちだよ。車道に飛び出した野良猫を助けようとするのは感心するけど、野良を一匹助けるのに自分の命を投げ出すのは先生、感心しないぞ? ってことで、今度は俺が助けたら目の前バンパー真っ最中。しかも、咄嗟だったからよく見えてなかったけど、うちのクラスの鈴木だよな、あれ。……やばいよなぁ、トラウマとかなったら嫌だなぁ。猫を助けようとしたら自分が助けられてました、しかもそれが担任教師であっという間に顔面挽き肉でした。目の前でそれ、見てました。とか、どんな罰ゲーム? 俺が子供の頃、事故ったらこうなるとかなんとかいうVHS作品があったけど、あれ見たときはしばらく気持ち悪さが続いたもんなぁ。一年の時から見て、あいつ繊細な子だって知ってるから、ああ、憂鬱だ。きっと一生もんだよ、人肉ミンチ。目の前ミンチはキズになるよ。──でも、あいつが死ぬより幾分マシだよな。人生十四年。まだまだ楽しいことも大変なことも味わえる年齢なんだ。たぶん、きっと、おそらく平気さ。十年も経てば記憶は薄れる! ……はず。
と、彼は事故真っ最中に自己肯定的不安という残尿感に似た納得のさせ方で己を律した。
ところで、だ。
だが、そうであっても。
これはおかしい事だった。
事実として、そういった脳内活動は科学の発展進展で解明されてきているが、実際に事故の瞬間は数秒もない文字通りの一瞬の間にすべてが終わる。走馬灯を見たことある人も、写真のように瞬間の場面が次々に頭を過ったというだけだ。今の彼のように鮮明に、それも後悔や心配を事細かに思考することなど通常はできない。
ならば何故?
決まっている。
異常事態だからだ。
転瞬の後──世界にアラートが鳴り響く。
「え、なに、顔面ミンチはダメですか!?」
彼は叫んだ。そして叫べたことに重ねて驚いた。
「あ、あれ? 喋れる……」
思考と発話は圧倒的に速度が違う。たとえ脳内分泌物の多量放出が起きていても喋るという行為は機械的速度を超過できないはず、なのに。
──どういう事だ?
疑問が浮かび、瞬間的に思考がフラットになった。目の前には依然としてトラックのバンパー。視線を動かせばクラスの鈴木が助けたときと同じ格好で何が起きたか分からない表情のまま動きを止めている。
そのとき。
機械音声のような、人間以外の生物の肉声のような、奇妙な音が頭に響いた。
『──名、
──分離? 保存? いったい何を……。
直後、彼は何十人もの人間に体を後ろに引っ張られるような感覚に襲われた。そしてその後、自分の体を斜め後ろ上空から見下ろしていると思ったら、クリスタルの檻みたいなところに吸い込まれる。
──幽体離脱、ってヤツか……?
目の前に映るクリアブルーの境界。閉じ込められたことに気づいても状況について行けない。視線の先にはいままさにトラックの下敷きにされそうになっている自分がいるが、慌てることすらできない。
──ここから見てみると、俺の顔面ミンチを見るのって鈴木だけじゃないんだな。案外、他に人がいる。通行人もそうだけど……トラックの運ちゃん、ああ、ひどい顔しちゃってらぁ。まぁ、いまから人をひき殺すんだからムリもないか。うん、あなたはなにも悪くない。悪いのは飛び出した俺だから、あまり悪夢にうなされるなよ!
と、
『続いて、重力歪みを利用し、保存した精神体を加速すると共に、GH系時間軸によるランダムチョイスを適用した転生世界の確定を行います──失敗。リトライ──失敗。原因の究明の為に余剰容量を使用──原因として、運命干渉による宿命の付与が発生しています。ランダム選択を破棄し、宿命付与による転送に移ります。確認。認証完了。当該生命体である
──耳、というよりは頭蓋の中から声が聞こえる? 脳細胞に直接書き込まれているような気持ち悪さだな。
肉体と精神体を分離すると聞こえたときには恐さから声をあげそうになったが、それは一瞬で、自分の体を服のように脱ぎ捨てるような感覚だった。が、いま何が起きているのか理解はできない。
──そもそも、精神体だとか宇宙の膨張速度を越えるだとか、できるはずがない!
そうは思うが機械音声のような響きを持つその声は淡々と続いていく。
『物理速度超過。次元壁へのトンネル効果を確認──秒間0.85%の跳躍。想定外の強制的宿命付与による世界選択により、
──え、なに!? ちょー怖い!!
ホラーゲームで突然画面が赤くなったような不気味さに、ビビりまくる
『……深刻なerrorの発生を確認。このまま
──え、ちょっ、スタッフー!!?!
頭に響いていた言葉の終わり、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます