第19話謁見
「苦しゅうない、面を上げよ」
急な謁見願いだったのにもかかわらず、直ぐに認められた。
相手が皇太子だからなのか、それとも謀叛が起こったからなのか?
はっきり分かっているのは、今上陛下の側に両閣下がおられる事だ。
それだけで、今回の件が両閣下の思惑の元に行われたのが明らかだ。
気になる事は、それを今上陛下が認めておられたかどうかだ。
「父王陛下、私は愚かにも家臣に操られておりました、申し訳ございません」
「いや、それはそなたの罪ではない、そのような者共を近習に選んだ朕の罪である。
ただ分かってくれ、朕といえども、万能ではないのだ。
心の悪意を持ち、懐に剣を忍ばせ、命を狙う者がいては、自由にはならぬのだ。
表向きは皇帝と持ち上げられていても、やれないことが多過ぎたのだ」
親子の情にまみれた告白を聞かされたら、その場でどんな顔をすべきなのだ?
聞かされる家臣の心情も考えて欲しいものだが、それは欲張りすぎなのか?
両閣下は関係者で、感情移入もできれば責任もあるだろうが、俺にはないのだよ。
何の責任もないから、感情も思い浮かばないし、手持無沙汰なのだ。
できれば家に帰りたいが、そんな事は絶対に許されない。
「皇帝陛下であられる父上でさえできないことがあるのでございますか?!」
「皇帝が何かをできるのも、皇帝の命令通りの事が行われるのも、臣下に忠誠があって初めて成り立つモノなのだ。
皇帝を亡きものにしようとする臣下や、皇帝を敬わない臣下が増えたら、皇帝にといえども何もできないのだ。
コンラディン宮中大公家のルートヴィッヒが皇位を狙った時点で、朕やお前達を亡きものにした方が利のある者たちが、蠢動したのだ。
シュレースヴィヒ伯爵とイェシュケ宮中子が命懸けで忠義を貫き、朕とお前を護ってくれていなければ、二人ともペーターのように殺されていた」
今上陛下も第二皇子を暗殺された事に気が付いていたのだな。
それでもルートヴィッヒを誅殺できないくらい、多くの家臣が裏切っていたのだ。
心身に障害があった先代皇帝の皇位争いで、皇帝に選ばれなかったコンラディン宮中大公家が、時間をかけて画策していたのだろうな。
この後も、親子で慰め合って、今迄の事情を話し合っていた。
俺は心を空にして、親子の会話は聞かないことにした。
宮廷に仕える者なら、慣れなければいけない事なのだろう。
宮廷内の家臣とは、皇室という家族の内情に触れる仕事なのだと、うんざりする気持ちと共に理解した。
「バルド殿、近習としての初出仕はどうであった?
宮中とは魑魅魍魎の蠢く伏魔殿と聞いているが、まことにそうであったか?」
エルザ様が興味津々の様子で聞いてくるが、返事に困る。
確かに伏魔殿だとはお思うが、それが普通なのかもしれない。
この世界で最も権力のある者に仕えるのだから、その権力によって利を得ようとする者が、雲霞の如く集まって競い合うのが普通だ。
俺の性格には合わないが、近習の役目を頂いた以上、慣れるしかない。
「私から見れば伏魔殿ですか、長らく宮中に勤められる方々からすれば、普通の場所なのだと思いました。
私も慣れなければいけないと思っています」
「なんだ、普通の返事だな、もっと面白い返事を期待していたのだ。
まあ、いい、それよりは戦闘の詳細を聞かせてくれ。
皇太子殿下の近習たちは強かったのか?」
エルザ様らしいと言えばらしい質問だが、女性らしくない事はなはだしい。
まあ、そんなエルザ様の事が好きなので、俺も変わっているのかもしれない。
ついつい目がエルザ様の胸やお尻に行ってしまうが、精神力の限りを尽くして見ないようにしている。
それでも、ほんの一瞬気を緩めると目が行ってしまう。
そんな自分を恥じ入るばかりだったが、大爺様が男ならそれが普通だと教えてくださったが、大爺様が色に濃い方なので、全然安心できなかった。
だが、フォレストとアーダが夫婦そろって同じことを言ってくれたので、ようやく自分が色に狂っていないのだと安心できた。
別に大爺様を色気違いだと思っているわけではないが、少々色の濃すぎる方なのだと思っているのは確かだ。
だがそれは、人間の普通の欲で、多くの人が表面上隠しているだけで、裏では上手に色事に興じているのだと、女性のアーダに言われてようやく安心できた。
俺もいずれは上手に隠せるようになるのだと、本当に安心できたが、今こうしてエルザ様の間近で好い香りを感じてしまうと、痺れるように色欲に囚われてしまう。
何と未熟なのだと、恥じ入るばかりだ。
「いえ、全く怖さを感じませんでした。
二十数人いましたが、仇討ちに集まった者たちの方が、まだましなくらいでした」
「なんと、皇太子殿下の近習を務める者たちが、あの連中より弱かったのか。
それは由々しき問題だな、何かあれば皇太子殿下を護れないではないか。
やはり上級武官登用試験は、形だけの試験に成り下がっていたのだな」
確かにエルザ様の申される通りで、俺も疑問に思って確認したが、建前上は全員上級武官登用試験に合格したことになっていた。
それにしては、あまりに歯応えがなく、弱すぎたのだ。
どう考えても、不正な手段で合格したとしか思えないほど弱かった。
今両閣下が親や一族が厳しく調べておられるそうだから、直ぐに不正の証拠証言が表に出てくると思われる。
「今日初めて拝謁させていただきましたが、今上陛下と両閣下ならば、皇国の膿を全てだし、健全な国になされる事でしょう。
私はそんな事よりも、自分の事を何とかしなければいけません。
今日も小心が露になって、本能のままに暴れてしまいました。
もう少し宮廷の作法を覚えないと、大きなしくじりをしてしまいます」
「ああ、残念だが、それは私では力になってやれないな。
私は行儀作法が全く駄目で、何時も閣下に叱られてしまっているのだ。
そのような事は、閣下に教えてもらってくれ」
容姿端麗で、絶世の美女といっていいエルザ様だが、挙措は全くの武人だ。
姿形は美しいのだが、動きは嫋やかではなく無骨そのものだ。
だが、その武骨な動きが、無意識に視線が追ってしまうくらい美しい。
武芸の達人の動きは、芸事の達人のように鑑賞しても美しいのだとつくづく思う。
「そんな畏れ多い事などできません、伝手を頼りに分相応の方に教わります」
「馬鹿な事を言う、アルベルト家に宮中騎士の伝手などないであろう。
甘えるべきところは、武芸の師匠である私に甘えればいいのだ。
まあ、閣下に教わるのが畏れ多いというのなら、別に行儀作法の師匠を探してやるから、その辺の事は私に任せろ」
なんだかんだ言っても、エルザ様は本当に優しい方だ。
幸運にも皇太子の近習に取立てられ、実家とは別に家を興すことができた。
俺が家を継いで、皇都警備隊のアルベルト家を宮中騎士家に成りあがらせることもできるが、それでは弟がどこかに養子に行くか、仕官口を探さなければいけない。
だが、俺が家を出る形で別家を起こせば、弟のゲイリーが皇都警備隊足軽家を継げるようになるのだ。
形の上では、家を継いだのではなく能力によって新規登用されたことになるが、それは建前上の事だけで、王都の警備や犯罪の取り締まりといった、平民との人間関係が大切な役目だから、年少の頃から見習をした者でなければ務まらないのだ。
まあ、それにしても、皇太子殿下の近習とは想像もしていなかった。
気持ちとしてはあと四年は勉強や鍛錬に集中できると思っていたのに、成人の抜け道といえる皇太子殿下の近習に抜擢されてしまった。
それも、皇太子殿下の学友ともいえる、宮中貴族格を与えられてしまった。
同じ近習でも学友扱いは別格で、将来の大臣候補らしいが、正直荷が重い。
だが、別家を興せたことで、しかも宮中男という貴族扱いのお陰で、莫大な扶持を頂けることになった。
まあ、実際には、宮中男に相応しい二百人扶持(小金貨一六〇〇枚と玄米一〇〇〇俵)ではなく、役職の近習に相応しい二十人扶持(小金貨一六〇枚と玄米一〇〇俵)でしかないが、それでも皇都警備隊足軽の実家に比べたら莫大だ。
「エルザ様、今迄の御礼に何か差し上げたいのですが、欲しいものはありますか?」
「本当は断りたいところだけど、相手の面子を潰さないように、御礼は受け取るように教えたのは私だし、断れないわね。
だけどこれだけは覚えていなさい、これから皇太子殿下の近習として色々とお金が必要になるわ。
それを前提に、私への御礼を選ぶのよ、その上で、私の欲しいのは武器か防具よ」
まったくもってエルザ様らしいのだが、うら若い絶世の美女が望むのが武器や防具だなんて、色事に不慣れな俺が聞いてもおかしいと思ってしまう。
でも同時に、エルザ様に本当に似合うのは、華美な装飾品ではなく、無骨ながら独特の美しさを持つ武具だと納得するところもある。
さて、エルザ様に念を押された以上、皇太子の近習に相応しい衣装をそろえなければ、師に恥をかかせてしまう事になる。
だが、正直な所、俺から見れば莫大な扶持だけれど、特に選ばれた権力者の子弟が務めるはずだった、皇太子のご学友に相応しい衣装を整えるには少なすぎる。
だからといって、返す当てのない借金をするわけにはいかない。
「バルド様、バルド様の知遇を得たいという商人どもが、屋敷の前に列をなしておりますが、いかがいたしましょうか?」
エルザ様との激しい鍛錬を終えた後で、自室で悩んでいる俺の元に、フォレストがやって来て声をかけてきた。
「俺の知遇を得たいだと?
集まっている商人どもは、俺が汚職に加担するとでも思っているのか?」
「そうかもしれませんが、それを上手く利用して、役目のための資金を得るのが、建国皇帝の定めたことです。
持って生まれて吝嗇だった建国皇帝は、役職を務めるのに必要なだけの手当てをあたえず、商人や領地持ち貴族から献金をとって補わせる仕組みの国を造ったのです。
だからバルド様も、不正にならないように、上手に献金を受け取ってください」
建国皇帝とはどんな人間だったのだ?!
国の定めが余りに酷過ぎて笑ってしまいそうになる。
根本的な仕組みが不正に堕落しそうなのに、よく今日まで国が続いたな。
「分かった、だが俺には賄賂と献金の差が分からない。
フォレストが仕切ってくれ」
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