第10話上級武官登用試験

 俺は大爺様とフォレストに付き添われて、上級武官登用試験会場に行った。

 朝から緊張で身体がガチガチだったので、実力を発揮できないと諦めていた。

 緊張をほぐそうと色々試したが、全く効果がなかった。

 まあ、最初から分かっていた事なので、直ぐに諦めがついた。

 上級武官登用試験に合格する事よりも、多くの試験官の前で武芸を披露する事で、少しでも小心が改善できればいいと考え直した。


 何故そう思ったかといえば、上級文官登用試験で首席合格できたからだ。

 今迄は、二度三度四度と見直ししているのに、必ず簡単な間違いをいくつも見逃してしまっていたのに、今回はそれが極端に少なかったのだ。

 理由は簡単な話で、個室に隔離されて受ける筆記試験でさえ、緊張して実力を発揮できていなかったのだ。


 その小心からくる見逃しを、激しい鍛錬のお陰で、いや、衆人環視状態での鍛錬のお陰で、少なくすることができたのだと思う。

 ほんの少しだが、小心な性分が改善されたのだと思う。

 まあ、一番の原因は、盲人たちを倒した実戦経験だとは思うが、そう何度もこの太平の世で実戦を経験する事は無理だ。

 皆に見られる大舞台、上級武官登用試験を繰り返し経験するしかない。


 そんな気持ちで会場入りした俺を待っていたのは、驚くべき事実だった。

 なんと、大臣筆頭のシュレースヴィヒ伯爵マクシミリアン卿と、人事省次官のイェシュケ宮中子ウィリアム卿が、試験官の採点に不正がないか確かめると、急遽上級武官登用試験会場入りされているというのだ。


 俺は、あまりの事に茫然自失となった。

 だが、直ぐに有難い気持ちが胸一杯になり、涙が流れそうになった。

 不正によって貴族や上級士族の子弟が加点されたり、俺のような身分の低い子弟が減点されないように、厳正に試験をしてくれるという事だ。

 俺のために不正をして加点するようなお二人ではない。

 いや、そもそも不正を監視されるだけで、直接採点されるわけではないのだ。


 だが、そう思えば思うほど、身体が今まで以上に強張ってしまう。

 全く知らない権力者とは違って、多少は親しみがあり、緊張しないだろうと他人は思うかもしれないが、これほどの好意を見せていただくと、期待に応えなければいけないと思ってしまい、それはそれでとても緊張してしまうのだ。

 こんな状態で緊張せずにいられるのなら、最初から小心者とは言われない。


「なにを緊張しているのだ、バルド殿。

 普段通りにやれば簡単に合格できる。

 楽勝だよ、楽勝」


 後ろから不意にエルザ様に声をかけられた。

 俺の応援に来てくださったのだろうか?

 そうだとしたら、身分違いの期待をしてしまう。

 ありえない事を、望んでしまう。

 その期待が、更に俺を緊張させてしまって、上手く身体が動かせない。

 全く自分の身体ではないようで、左右の手足が同時に出てしまう。


「バルド様、これは我が家に伝わる秘薬でございます。

 ここだけの話でございますが、忍びの家に伝わる秘薬中の秘薬でございます。

 これを飲めば、狂戦士化してしまうので、普段は絶対に使いません。

 今日は一世一代の試験なので、どうかお飲みください」


 エリザ様がマクシミリアン卿の護衛に戻られたのを確認してから、忍者のフォレストがとんでもない事を言いだした。

 俺はついフォレストがだした薬を凝視してしまった。

 飲みたい誘惑にかられたが、理性がそれを押し止めた。


「有難いが、飲むわけにはいかない。

 狂戦士化してしまったら、試験の後で何をしてしまうか分からない。

 積年の恨みで、貴族士族に襲いかかってしまう可能性もあるのだろ」


「それは大丈夫でございます。

 試験を受ける直前に、この丸薬をよく噛み潰して飲んでください。

 試験が終わった直後に、恐れながら解毒剤を塗った手裏剣を投げ刺します。

 それで狂戦士化から回復致します。

 安心してこの薬を使ってください」


 本当にフォレストは忠義の忍者だな。

 全てを想定したうえで、俺の力になってくれる。

 このやり方ならば、小心な俺でも実力を発揮できるだろう。


「心配せずに、安心してその丸薬を使えばいい。

 儂もヴィルヘルもクリスも、その丸薬の世話になって来た。

 血の繋がったお前と儂らが、そんなに大きな違いなどないのだ。

 若いうちは小心で、経験を積んで徐々に小心を克服してきたのだ」


 大爺様の言葉に、腰が抜けそうになるくらい驚いた。

 自分だけ小心な性格に生まれたことを、心底恥じていたのだ。

 それが、俺だけが小心なのではなく、大爺様も御爺様も父上も小心だったと教えて貰えて、全身から力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまいそうになるくらい、心底安心できた。


 どういう基準で順番が決められているのか分からないが、俺の順番は一〇〇〇人中八〇〇人目くらいだった。

 最初に試験を受ける人間は、とても緊張するだろうと思う。

 俺でなくて本当によかったが、想像通り散々な成績だった。

 だがそれが呼び水になったのか、多くの受験生が、俺から見ても明らかに緊張していて、例年の平均点の半分程度という惨憺たる成績だった。


 俺は秘薬のお陰で実力通りの成績を収めることができた。

 流鏑馬と笠懸を連続して行い、三六騎の受験者が流鏑馬と笠懸を終えてから、一二騎一組を三組作って犬追物が行われる。

 俺は最初の流鏑馬と笠懸で、満点に近い成績を上げることができた。

 正直普段以上の好成績だと思う。


 解毒剤のお陰で暴れまわる事もなく冷静に犬追物が始まるまで待つことができた。

 犬追物の前にまた秘薬を飲み、最高の状態で犬を射ることができた。

 鍛錬ではつい味方に気を使い、一歩遅れてしまってたのが、味方を押しのけてでも犬を狙って射ることができた。

 流石に犬追物で満点など不可能だが、難しい射法で高得点の場所に当てる事がでいたので、マクシミリアン卿とウィリアム卿に恥ずかしくない成績をあげられた。

 もしかしたら、エルザ様もほめてくださるかもしれない。


「素晴らしい成績だったぞ、バルド殿。

 今回の試験は不正を防止できたので、例年よりも最高点も平均点の極端に低いので、後半の者達の得点次第では、バルド殿が首席になるかもしれんぞ」


 エルザ様の話を聞いて、正直心底驚いた。

 不正が行われているとは思っていたが、ここまで酷いとは思ってもいなかった。

 フォレストの話では、例年の半分の得点だというのだ。

 それが本当なら、例年は不正で得点が倍になっていることになる。

 御爺様も父上も、そんな状態でよく上級武官登用試験に合格されたものだ。


「バルド様、今年は中級武官登用試験の成績の低い者から試験を受けていたようでございますが、後半に行くほど酷い成績のようでございます。

 中には急病を理由に試験を辞退する者もいるようでございます。

 ですが本当の理由は、替え玉受験がバレて、密かに処分されたそうです」


 フォレストの話が本当だといたら、皇国の腐敗が酷過ぎる。

 文武官登用試験が不正をなくして公正に行われているという前提で、皇国の政治体制が腐敗しないことになっている。

 それが百年以上の太平につながって来たのだ。

 その前提が崩れてしまったら、太平の世が終わってしまうかもしれない。


 まあ、そんな事は皇国の高位高官が心配するべき事だ。

 民が苦しむ世の中になるのは嫌だが、俺に何ができるわけではない。

 アルベルト家が何かすれば、内乱が起きてしまって、戦乱の世が早く来てしまう。

 叛乱を起こすなのら、一撃で皇朝が入れ替わるくらい鮮やかな勝ち方ができなければいけないと思う。

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