小話 〜マキアとトールの文通〜
○月1日
愚かなトールよ。
今朝はよくも私の涙ぐましい制止を振り切って、お父様と一緒に王都出張に行ってしまいましたね。
もう許しません。一週間もの間、私の側を離れるなんて騎士失格です。
代わりにもっと優秀でイケメンで優しい騎士を探して雇いますから。
○月2日
親愛なるマキアお嬢様へ。
涙ぐましい制止って、朝食に睡眠薬を混ぜたり、馬車を破壊したり、玄関前に深い落とし穴を作ったりのアレですか? 危うく死にかけました。
ていうか、俺より優秀でイケメンで優しい騎士って、この世に存在するんですかあ?
○月3日
トールへ。
嘘です。あなたより優秀でイケメンな騎士はいません。あなたより優しい騎士はいるかもしれませんけど。
あー、暇だなー。
今日は遊び相手がいないので、水たまりに映る自分と話してました。
何か面白い話をしなさい。
○月4日
マキアお嬢様へ。
そんな寂しい遊び、やめてください……
今日は旦那様と一緒に依頼人のお屋敷に伺いました。
依頼はすぐに解決し、そこでレモンパイなる洒落たお菓子を頂きました。ふわふわしたメレンゲがたっぷり乗った、甘酸っぱいケーキです。お嬢が好きそうです。
王都はデリアフィールドと違って人でいっぱいです。何でもありますが、俺はあまり好きな場所ではないですね。
○月5日
親愛なるトールへ。
本当!? 依頼が解決したのだったら、一日でも早く帰ってくるといいわ!
お父様には私から言ってあげますから。ね?
あと、レモンパイとっても美味しそうですね。
お土産期待してます。あー、早くトール帰ってこないかなー。
○月6日
親愛なるお嬢へ。
残念ながらレモンパイは日持ちしないそうです。別のお土産を持って帰ります。
あと、すみません……
依頼人のご意向で、もう一つ旦那様の仕事が増えました。すぐに戻れそうにありません。
一週間ほど王都滞在が伸びそうです。
○月7日
ええええええええっ!
そんなああああああああああああっ!
バカヤロウ〜〜酷い〜〜酷すぎる〜〜っ!
あと少しでトールが帰ってくるって思ってたのに。
毎日毎日カレンダーに×印つけて待ってたのに!
更に一週間もあなたが帰ってこないなんて生殺しの蛇です。
溶けた砂糖に溺れるアリです。真夏に荒野で干からびたカエルです。
もういいわ。あなたのために焼いた塩リンゴパンをやけ食いします。
あなたの分は残ってないと思っていいからね。
○月8日
何を言っているのかよくわからないお嬢へ。
塩リンゴパンのやけ食いなんて、やめてください。腹壊しますよ……
ちょっと心配です。あと、俺のためにありがとうございます。
○月9日
トールへ。
お腹壊しました。
今ベッドで寝込んでいます。とってもしんどいです。
だから早く帰って来てね。大切なマキアお嬢様が腹痛で死んじゃうわよ……
○月10日
大切なマキアお嬢様へ。
嘘ですね。一応心配はしましたけど、お嬢がその程度で腹を壊すわけがありません。
本当に腹を壊したところで、オディリール家には治せる魔法薬が大量にありますし。
俺にはわかります。しおらしくしても無駄です。
○月11日
チッ、トールめ、可愛げのない。
まさかトール、王都の方が居心地良くなった訳じゃないわよね?
都会かぶれの騎士になっちゃった訳じゃないわよね?
依頼主って女主人だったわよね。
あなたを舐め回すように見て、あなたを欲しがったりしてないでしょうね? ずっとここにいたらいいわ、欲しいもの何でもあげる、うふふ、みたいな。
許さないぞ、許さないぞ……
呪ってやる、呪ってやる……
○月12日
お嬢、お気を確かに。
そんなに必死にならなくても、明後日には帰りますって。
あ、女主人からはうちの養子にしたいとまで言っていただきましたが、そこは旦那様がお断りしてくださいました。俺が取られなくてよかったですね(笑)
ところで、お土産何がいいですか。三択あります。
一、都会で人気のピスタチオチョコレート
二、お嬢があまり持ってなさそうなレモン色のハンカチ
三、クソ田舎なデリアフィールドでは手に入らない魔法雑誌の最新号
○月13日
ああああああああ。あああああああああ。
女主人やっぱりかあああああああああ(呪)
……でもちゃんと私のところに帰ってくるのよね?
トールに会いたいよー。会いたくて震えるよー。
あ、お土産は、三点フルセットでお願いします。一番のお土産は、トールが一秒でも早く、無事に帰ってくることだけど。
早く明日にならないかなー。あー。
だって寂しいんだもの。人間だもの。マキア。
○月14日
お嬢、お気を確かに。
お嬢の言ってることが割と怖くて震えます。
今夜遅くになりそうですが、デリアフィールドに戻ります。
もうしばらくお待ちください。トール。
***
ベッドの上で大の字になり、私は天井を見上げていた。
「トール、今日中には帰ってくるって言ってたわよね……遅いなー」
トールが私を置き去りにして、お父様のお仕事についていった、この二週間。
私はトールと毎日のように文通をしていた。
お父様のカラスの精霊フレディが、毎日毎日、お互いの手紙を送ったり届けたりしてくれていたの。
寝ずにひたすら待っていた私は、馬車がお屋敷に辿り着く音でガバッと起き上がり、寝間着姿のままドタドタと一階へと降りる。
「あらマキア、まだ寝てなかったの?」
「お母様、トールが帰ってきたわ! ついでにお父様も!」
「あらあら。お父様がついでになっちゃってるわ」
そして、お母様より早くに屋敷の扉を開けた。
「マキア! いま帰ったよ!」
と言って両手を広げるお父様には「あとでね!」と元気よく言って横を通り過ぎ、その背後に付いてきていた黒髪の少年に向かって、両手を広げて飛びかかる。
「トールうううううッ!」
勢いそのまま、がっしりと。
トールは半ば諦めたような顔をして、ただ私に抱きつかれていた。
「あのう、お嬢。俺まだ風呂に入ってないですし。あと旦那様が物欲しげにこっちを見ているので、旦那様にも抱きついてやってください……」
「だってだって! 二週間よ! 一週間でも許せないと思っていたのに、更に一週間伸びちゃったんだの。私は毎日、気が気じゃなかったわ!」
「あの手紙を見ていたらわかります。お嬢がもう限界だって。そんなに俺が恋しかったんですかあ?」
トールが皮肉っぽい笑みを浮かべ、首を傾げて私を見下ろしている。
こいつのこの煽るような表情を見ていると、私もスン……と冷静になる。
「馬鹿ね。いつも寝る時に抱きしめている毛布ってあるでしょ。あれが急に消えたら心細いって言うか、不安になって落ち着かなくなるでしょ? あれと同じよ」
と言いつつも、私は逃がすものかとトールをしっかり掴んで、お屋敷の私の部屋まで連行する。お父様が最後まで物欲しげにこちらを見ていたけれど。
トールはというと、長い溜息をついて、私にされるがままだった。
「……いつもは俺のこと適当に扱って、適当に連れ回してるくせに。こうやって一時期離れると、可愛く甘えてくるんだから。なんなんですか、猫なんですか?」
私の部屋のソファに、特に許可もなくドカッと座り込み、襟元を緩めだすトール。
とても使用人とは思えないが、私は別に気にしない。
むしろお茶とか淹れてあげちゃう。
「離れていると、当たり前にあるものの大切さに気がつくって言うじゃない。きっとそれよ。日常にトールがいることが当たり前になっていたんだわ。とにかく毎日が退屈で仕方がなかったわ。あと魔法をよく失敗した」
「……そういえば、屋敷の周辺に失敗した魔法陣の跡が山ほどあって、馬車で通ってると凄まじい緊張感がありました。お嬢の失敗魔法陣、時々軽く爆発しますし」
失敗魔法陣の後処理くらいちゃんとしといて下さいよ、とトールが呆れたように言う。
いつもならそういうところもちゃんとしている私だが、この二週間は本当に調子がおかしかったからなあ。反省、反省。
「しかしまあ、お嬢の言いたいこともわかります。俺だって、いつもお嬢を見張っていたせいで、この二週間はお嬢が何かやらかしてないか気が気じゃありませんでしたよ。また湖で溺れたりしたら、誰が助けるんだって。お嬢はカナヅチですから」
「何よ、そこはちゃんと気をつけていたもの! とりあえず湖には近づかなかったわ」
ふた月ほど前に湖で溺れてトールに助けてもらった事件があり、私はそのことを思い出しながら、お茶を淹れたティーカップをトールに渡す。
……でも、そっか。
まるで私ばかりが寂しがっているのかと思っていたけれど、トールも私を、心配してくれていたのね。
「ふふっ。なんだ。トールも私と同じだったのね。そもそも都会嫌いだものね、あなたは」
「そうですよ。人混みは酔いますし。俺は何もないデリアフィールドの方が好きですから」
「……大変だったわね、お勤めお疲れ様」
今になって、ソファに座るトールの頭を、よしよしと撫でたりする。
トールはされるがままだったが、何かを思い出すようにプッと吹き出した。
「まあ、でも……毎日お嬢から届く手紙だけは楽しみでしたよ。お嬢の愛があまりに重くて、途中で少し怖くなりましたけど。一種の呪いの手紙ではないかと、くまなくチェックしたり」
「何言ってるのよ。呪いなんてかけないわよ。あなたは私の騎士だもの」
「そうですね。……俺はお嬢の、お気に入り、ですからね」
わかってますとも。
と言わんばかりの小憎たらしい余裕な笑みを浮かべて、私の顔を見上げるトール。
こんな風に言われると何だか癪だが……
ああ、これぞ、私のトールだ、とも思う。
それからしばらく、私はこの二週間のトール不足を解消するかのように、朝から晩までどこにいくにしてもトールを側に置いていた。
トールが持って帰ったお土産や、土産話を、一つ一つ楽しみながら。
トールもまた、やたらと注意深く、私の行動を見守っていたっけ。
そしてやっぱり、二人でいると退屈することがないし、安心する。
二人でいると、何者にも負けないような、無敵の心地になるのだった。
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