メイデーア転生物語 この世界で一番悪い魔女

友麻碧/富士見L文庫

プロローグ


 私は、片想いをしている。


「夢を見た? どんな夢?」

「ん……落ちる夢」

「なんだそりゃ。受験生だからって気にしすぎだろ」

「その落ちるじゃなくて、下に下に落ちる夢! ……確かに受験も気になってるけど」

 隣で他愛たわいのない話をしながら、今日もコンビニの梅干しおにぎりを頬張っているさいとうというおさなじみに、私は恋をしていた。

 だけどこの恋は実らない。だって……

「ねえ斎藤。私のクラスになかさんっているじゃない?」

「おお」

「田中さんがね、放課後、斎藤に話したいことがあるんだって」

 私はさりげなく伝えた。クラスメイトの頼みごとを。

 斎藤は「は?」と、年相応の男の子らしい反応。

「それで、今日の放課後、校舎の屋上に来て欲しいって」

「…………」

「よかったねー斎藤。前に田中さんのこと可愛いって言ってたもんね」

 からかってみたけど、まだ変な顔してる。本当はうれしいくせに。

 それから斎藤はちょっと無口になって、自転車を押しながらもんもんとしていた。

 そりゃあ、学年で一番モテる女の子に呼び出されたらね……

「あのね斎藤」

「……なに」

「私……斎藤……が」

 友人を出し抜き、先に告白してしまおうか。

 そもそも先に斎藤を好きになったのは、私だったはずだ。

「ううん。……放課後、校舎の屋上だよ。忘れないでね」

 だけど、怖い。そんな勇気ない。

 いつも、思っていることを口に出せない、情けない私。

 人生の分岐点とも言える、高校三年生になったばかりの頃のこと。


       ◯


 高校受験に失敗して、両親を大きく失望させたことがある。

 両親や兄の母校である私立の難関校に、私は受からなかったからだ。

 すごく、頑張ったつもりだったんだけど、届かなかった。

「泣くなよ。……いいじゃねーか、一緒の高校に行けるようになったんだから」

 そう言ったのは、同じマンションに住む幼馴染の斎藤だった。

 合格発表があった日の夕方、私がドアの前にしゃがみこんで一人で泣いていたから、同じ階に住む斎藤に見つかったのだ。

 そっか。斎藤と一緒なら、いいか。

 むしろ第二志望校の方が家からも近いし、学食も美味おいしいと聞くし、制服だって可愛い。

 両親のためではなく、自分のためにあんし、未来への期待を持てた。それが私にとっての、一つの救いだった。

 高校に入ってからは、斎藤とほぼ毎朝一緒に登校したし、学校の廊下ですれ違えば言葉を交わした。忘れた教科書をお互いに借りることもあったし、部活を引退してからは一緒に帰ることも多い。

 私たちが付き合っていると勘違いしている人も居たけど、そんなことはない。

 ただ、確かに私はこの三年間、斎藤が好きだった。

 だけど、いつまでたっても告白する勇気が持てず、私たちの関係は幼馴染のまま。

 多分、私は自分に自信がないのだ。

 告白してしまったら、この居心地の良い幼馴染の関係も終わるし、彼を困らせるだけだろう。だから、それがとても、怖くて。

 最近なんて受験勉強を言い訳に、気持ちを伝えることを避けてきた。

 それなのに、


「あのね、さん。あたしも、斎藤君が好きかもしれない」


 そう耳打ちしたのは、クラスメイトの田中さんだ。

 女の子らしくて可愛くて、感じのいい子だ。当然、男子にもモテる。

 だけど時々突拍子もないことを言ったり、夢見がちなところもあったから、女子の間では少し変わった子だと言われていた。

 可愛くて少し変わった子は、同じ女子の反感を買いやすい。

 もともと田中さんは別の女子グループに加わっていたけれど、何があったのか、ある時から無視され始めて仲間外れにされていたようだ。

 高二で彼女と同じクラスになり、私が声をかけてお昼ご飯を一緒に食べるようになる。

「ねえ小田さん。このヘアピン見て。小田さんと一緒の、色違いにしてみたの!」

 田中さんは、どこに行くにも私について来て、とにかく私とでいようとした。

 例えば使っていたヘアピン、お気に入りの文房具など。持ち物は何でも色違いのお揃いにしようとしたし、私服も徐々に私に似てきたっけ。

 多分、私に嫌われたくなかったんだと思う。私と話を合わせたかったんだと思う。

 一方で、私も田中さんに楽しいことを色々教えてもらった。田中さんは図書委員で、本や漫画が凄く好きみたい。オススメをいくつか貸してくれたし、彼女はこっそりと自分でも小説を書いていると、教えてくれた。

 私は家が厳しくて、本はともかく漫画は一切禁止だったから、田中さんに借りた物語をこっそり読むのが新鮮で楽しかった。彼女の創作小説の話を聞くのも。

 そう。私たちは色んなことを共有しあった。趣味も、秘密も、好きな人のことも。

 だけど……

 好きな人まで、私と同じにしなくてもいいじゃない。

「斎藤が、好き?」

「うん。かっこいいし、優しいじゃない。図書委員で一緒だから、同じ当番の日にちょっとだけ進路のことを相談したの。そしたら凄く真剣に考えてくれて。小説家になりたい、なんて夢……馬鹿にしないでくれて、嬉しかったんだ」

 内心、ざわついていた。

 確かに斎藤と田中さんは、私を介して関わりを持つことも多かったけれど、田中さんは私が斎藤のことを好きだと、知っていたはずだから。

「来年で卒業だし、あたし、勇気を出して告白しようと思うんだ」

「…………うん。凄いと思う」

「ほんと!? 本当にいいの!? ありがとう小田さん! あのね、少し協力して欲しいことがあって。明日あしたの放課後なんだけど……」

 本当は「嫌だ」とか、「私が斎藤のことが好きだって知っているくせに」とか、言いたかった。だけどまるで言葉が出てこない。

 田中さんが相手なら、かないっこない。

 例えば二人が上手うまくいったら、私はただのお邪魔虫だ。


       ◯


 ああいう時に本心を隠して、当たり障りのないことばかり言う自分が嫌いだ。ずっと。

 田中さんは私に了解を得たし、何も悪いことはしていない。

 結局、身を引いて後悔するくらいなら、友人をけんせいし、出し抜いてでも最初に告白した者が勝ちなのだ。むしろ勇気があるくらい。

 悪いのは、田中さんのように何かを失う勇気もない、私。

「いや、もういい。受験が最優先。恋なんて……もういい」

 恋にうつつを抜かしてるやからは、みんな受験に落ちてしまえ。

 そんな黒い感情を順調に育てながら、私は放課後、トボトボと校門を出た。

 ちょうどその時、見知らぬ〝金髪〟の男が真横を通り過ぎて……

「……?」

 横目で少し見ただけだが、ぞっとするほど整った顔立ちの青年だった。新しい英語の先生なのかもしれないと思いながら、振り返る。

「あ……」

 そのせいで、屋上にいる斎藤と田中さんの人影を見つけてしまった。二人が向き合って、何か話している。ちょうど今、田中さんは斎藤に告白しているのかな。

 胸がますますザワザワッとした。

 田中さんに遠慮して、私はこのまま斎藤に何も言えず、高校を卒業するのだろうか。

「やっぱり……嫌だ」

 告白してもどうせ斎藤に振られる、とか、田中さんにけいべつされてしまう、とか。

 二人を同時に失うかもしれないのが怖い。だけど、このままだともっと後悔する。

「私、やっぱり斎藤に好きだって伝えたい……っ」

 きびすを返し、まるで青春映画の一コマのように、走る。走る。

 私は出たばかりの学校に戻る。放課後の校舎には西日が差し込み、私の走る廊下を、駆け上る階段をオレンジ色に染めていた。

 もしかしたら、田中さんはもう告白してしまったのかもしれない。

 もしかしたら、斎藤はそれを受け入れたのかもしれない。

 だけど、私は───

「斎藤、田中さん……っ!」

 バタンと音を立ててドアを開け、屋上に出た。

 今日の夕焼けは、なぜだか異様な赤さを帯びて、空いっぱいに広がっている。

 反対側に開けた場所があるので、きっとそこに二人がいる。私は深呼吸を一つして、そちらへ向かう。

 親友を裏切ってでも、好きな人に告白したい。

 そう、覚悟は決まっていた、はずだった。

「……え?」

 だけど、何かがおかしい。

 夕焼け空以上に、真っ赤に染まったコンクリートの床。

 広がる、血の海───横たわる、二人の体。

 私がそこで見たものは、血だまりに伏せて動かなくなっている、斎藤と田中さんだ。

「あ……っ」

 目に映るものが現実だと思えなくて、私は息をすることもできず、ただ立ち尽くしていた。徐々に血の気が引いて、体が震え始める。

 なに、これ。

 二人、は、死んでるの……?

「何度、生まれ変わっても……」

 背後から声がして、ドキリとして振り返る。

 そこには上着のフードを深くかぶった男がいて、彼は血のついた手でそのフードを取った。

「あ……」

 さっき校門ですれ違った金髪の男だ。だが人のものとは思えない、柘榴ざくろ色に光るひとみで私をにらみ、手には血れたナイフを持っている。

 もしかして、この男が斎藤と田中さんを刺したの?

 何もわからない。何もわからない。あるのは大きな恐怖だけ。

 私はふらふらとおぼつかない足取りで屋上の端まで逃げた。

 ここは屋上だ。出入口も男のいる方にある。

 逃げ場のない場所で、手すりから身を乗り出し「助けて、助けて、助けて!」と何度も叫ぶ。

 でもあまり声は出ていなかったかもしれない。ここから見える運動場では、生徒たちが部活をしている様が見えるのに、誰も私に気がついてくれないから。

 ────ドスッ。

 背中を圧迫するような感覚の後、痛みが体を駆け巡る。

 私は自分の身に起こったことを理解していた。

 私もナイフで刺されたのだ。斎藤や、田中さんと同じように。

「メイデーア」

 男が私の耳元で、一言、ささやく。

 何かのスイッチが入ったかのように、私の中で不思議な音がカチッと鳴った気がした。


「何度生まれ変わっても、俺は、お前を、必ず殺す」


 その言葉の意味もわからず、私は男に押されて、この体は屋上からズルリと落ちて、落ちて、落ちて───

 何かが砕けて壊れる、嫌な音がした。


 ああ……

 どこで、なにを、どう間違ったら、人生こんな終わり方になるんだろう。

 厳しい両親の言いなりで育ち、それでも期待にはこたえられなくて、自分に自信もなくて言いたいことも言えない。好きな人にも想いを伝えることは出来なかったし、仲のよかった親友と、真正面から向き合いけんすることも出来なかった。

 例えば田中さんに、私も斎藤が好きなんだとハッキリ言っていたなら?

 例えば今朝、友人を出し抜いてでも斎藤に「好き」だと伝えられていたなら?

 結果的に、誰もこの屋上に来なかったなら?

 私がこの〝片想い〟に決着をつけていたなら、私たちの結末は少しでも変わっていたのだろうか。それとも何も変わらなかったのだろうか。


 もし生まれ変わることがあったなら。

 今度こそ好きな人に、ちゃんと〝好き〟だと伝えられる、勇気と自信にあふれた自分でありますように。

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