ベテルギってる君へ、余命640年のわたしより

青葉ナオ

第1話

 ここ数年、毎日が曇り空だ。


 この一文だけだと、異常気象でも発生しているのかと思われるかもしれないが、別にそういうわけではない。曇天続きなのは俺の心の中の話なのだから。

 胸中が曇っているというのは、どういうことなのか。いざ説明しようとすると意外と難しい。

別に俺は、深刻な悩みを抱えているわけではないのだ。学校でいじめられているわけでもなければ、勉強や運動もそこそこ出来る。決して交友関係が広い方では無いけれど、放課後に雑談をする友だちなら複数いるし、家族との関係だって悪くはない。決して俺は不幸ではない。

 けれど悩みが無いからといって幸せかと問われると、それはそれで疑問が残る。

少なくともここ最近、自分自身が幸せだと実感したことはない。飛び上がるほど嬉しかった経験なんて、小学一年生の頃にカブトムシを捕まえたのが最後だ。日々のどうでもいいことに一喜一憂していたあの頃の自分の心情が、高校二年生になった今となっては想像出来ない。例え今の俺がカブトムシを捕まえたところで、ただの虫だよな……くらいの感想しか思い浮かばない。

 とびきり不幸なわけではなく、幸せなわけでもない。だから俺の心の中は雨でも晴れでもなく曇りなのだ。

具体的な悩みを挙げられるわけでは無いけれど、漠然と心がモヤモヤする感じ。

 そんな状況がしばらく続いたからだろうか。つい最近、退屈な授業中に外を見ながら空想にふけっていた時、ふと、俺はある一つの事実に気がついた。


 人生なんて所詮、壮大な暇つぶしに過ぎない。


 これが十七歳にして俺がたどり着いた、この世の真理だ。

 もちろんこれは、全員に当てはまるわけではない。大リーグで活躍したり、オリンピックで金メダルを取ったり、ノーベル賞を受賞したりするような人の人生には意味があるだろう。流石にその人達の人生を、暇つぶしの一言で片付けることが失礼なことくらい、俺にも分かる。そういう才能に溢れた極々一部の人たちは、世の中の役にたっているのだから。

 でも、俺のように何一つ秀でた才能を持たない凡人の場合はどうだろう? 考えてみれば、すぐ分かる。別に俺がいてもいなくても、世界は何も変わらないということに。

 テレビを点けていると、毎日暗いニュースばかり流れてくる。地球温暖化の進行、平均賃金の低下、災害情報などなど。これらも俺の心の中を曇り空にしている原因の一つなのかもしれない。かといって、これらを俺の力でどうにかすることは出来るだろうか? いや、無理だ。そういうことは、権力を持った一部の人間にしか出来ない。俺に出来ることはせいぜい、テレビのスイッチを切って情報をシャットアウトすることくらいだ。

結局の所、人とは何か一つは光るものを持っていないと存在価値なんて無いのだ。才能、権力、財力、そのどれも持ち合わせていない俺のような人間は、存在したところで役に立たない。

それが世の中というものだ。

とはいえ……

この世に生まれてきてしまった以上、無価値だからといってゴミのように捨てられるのはごめんだ。こんな俺にだって自我くらいはある。死ぬもの痛い思いをするのも嫌だ。だから俺は、これからもずっと暇つぶしを続けるのだ。

あと何年、暇をつぶしていればいいのだろう?

そんな疑問が頭に浮かぶ。俺は気になって平均寿命を調べてみた。男性の平均寿命は八十歳前後らしい。ということは、俺はあと六十五年近く生きなければいけないということになる。

いや、よく考えたら俺が八十歳で死ぬ確証なんてどこにもない。これはあくまで平均なので、もっと長生きする可能性だってある。俺は決して自発的に死にたいとは考えていない。

続いて男性の長寿の記録を検索する。結果は百十六歳だった。ということは、最大であと百年近く生きるかもしれないということだ。

分かりやすい言葉で言えば余命百年。

長い、というのが正直な感想だ。

俺はまだ十七年しか生きていないのだから、あと六回ほど今の人生を繰り返すことになる。それだけ長期間、今のような曇り空の状態で過ごさなければいけないのかと思うと、憂鬱だ。今また、心の雲がほんの少し分厚くなった。

この漠然とした状況をなんとかする手立てはないのか?

俺は自分に問いかける。しばらく頭を悩ませてみたけれど、やっぱり何も思いつかなかった。

残りの人生が長すぎるのがいけないのだ。いっそのこと余命宣告でも受けて、百年の余命が一年になったら見える景色は変わるのかもしれない。自暴自棄気味に俺はそんなことを考える。

映画や小説でも、余命わずかのキャラクターが出てくる作品は多い。それだけ余命宣告というのは、人の心を大きく動かすインパクトがあるのだろう。

それなら俺も、余命宣告を受けてみたい……。

一瞬、そんな考えが頭に浮かんだけれど、俺は首を横に振ってすぐに否定する。余命宣告を受けたところで、心中の空模様は雨になるだけだ。曇りから更に悪化させるのでは意味がない。それに今の考えは、本当に余命宣告を受けている人に対して失礼だ。

はぁ……。

今日も俺は、小さくため息をつく。結局、一人で悶々と考え込んだところで状況は何も変わりやしないのだ。

別に雨じゃなくて曇りなんだから良いじゃないか。

俺は自分にそう言い聞かせる。

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