神崎みおはツイている。

鯖根 大

零番 大凶:大変不運なことでしょう。

この世には、運と呼ばれるものがある。それは時に、正月の神社にて決まるものであったり、時に朝のニュースの占いで決まるものであったり、時に神によって決まるものであったりする。しかし、その運というものの「強さ」は、生まれながらにしてある程度決まっているものであると、俺は思う。運の良いやつはきっと得をするだろうし、運の悪いやつはきっとどんどん損をしていく。それはその人のやってきたことにはおそらくあまり関係せず、結果として「よかったね」か「仕方ないね」の二通りしか残らない。これは人間にとって、否、世の中の仕組みとして、とても不条理で不平等なことだ。ひどい話である。まあちょっと不条理なくらいは正直別にどうでもいいのだが、問題はここからだ。

文句を言っているあたりからもうお察しなのかもしれないが、俺は生まれながらにして圧倒的に不運なのである。実例としては、正月のおみくじはすべて凶か末吉の二択、自転車のサドルには頻繁に鳥のフン。そんなだから朝のニュースの占いは見ないようにしているが、たまの気まぐれで見るといつも最下位。だがこんなのは小さなこと。現実的な話もしておこう。狙っていた公立高校があり、とことん勉強して合格圏内に余裕で入っていた。しかし、当日には強い腹痛に襲われ、一日目の数学はまるっきり落としてしまった。二日目で何とか取り戻そうとしてみるものの、理系が強みの高校だったので理系科目の代表ともいえる数学がダメでは話にならなかったわけである。俺の人生は不運と定められたのだろう。いくら努力して結果を出しても、不運というだけですべて無になる。運というものは嫌いだ。そしてそれを与えてくる世界も、嫌いだ。俺はだんだん、そう思うようになった。

そんなこんなで世界がとてもとても嫌いな俺。滑り止めで入った私立高校に明日から通わなければならない。だが、徒歩圏内なので、通学にあまり時間を割かれないことはいいことだ。これでいい。しかし新しい環境になることには変わりない。様々な人と出会うことになるのだろう。でも個人的には、あまり多くの人とは関わりたくない。そして、関わってほしくない。だって俺と関わってしまうと…。

「ちょっとちょっとー。なに暗い顔してんのよ。明日から花の高校生活だよ?青春桜花爛漫はなさかじいさんでしょ?」

対面に座っていた姉に話しかけられ、ふと我に返る。

「だれがはなさかじいさんだ。そりゃあ姉ちゃんにとっちゃあ高校生活ははなさかばあさんだったかもしんないけど、俺にとってはどうなるかわかんないだろ?」

「ばあさんなんて失礼なっ。」

十五の男にじいさんっていうのもまあ失礼なんじゃないかと思いつつ、そのまま続けられた姉の話を聞く。

「確かに今までのじんちゃんのことを考えると、不安ななるのもわかるよ。」

これまで俺はかなり姉に助けてもらっていた。自分が不運だということを理解している数少ない人物であり、これまで何度も危機を救ってもらっているので、この姉なくして今の俺はないともいえる。返しきれない恩とはこのことだろう。

「そんな華やかじゃなくていいから、せめて平穏に過ごしたいな。」

「なるほどねえ。ところで…」

「ん?」

「おねえちゃん特製の炊き込みご飯が冷めちゃうんですが。」

「すんまへん、いただきます。」

こうして鬼山家は晩ごはんを食べるのであった。


△△△


「お母さんこの炊き込みご飯とってもおいしいよ!」

「そうでしょ!今日は牡蠣を入れてみたの。」

「そうそうこの牡蠣が濃厚でまたおいしいんだよおー。そ、そういえばさ、お父さんも牡蠣好きだったよね…。やっぱりお母さん、お父さんに返ってきてほしいんじゃ…」

「そ、そ、そ、そんなことないわよ!あんな人、もうしらないわ!」

「むー、いい加減謝ったらいいのに。」

「連絡先消しちゃったし…。」

「え!?じゃあどうしようもないじゃん!」

「と、とにかく、あの人が今どこで何してるかなんて私たちには関係ないの!さっさとご飯食べて!」

「わかった….」

そう言って、少女は速やかに食事を済ませ、自室に入っていった。


△△△


午後十時。この時間になると、母親は就寝する。同じく少女も床につき消灯していたが、真っ暗になった少女の部屋に、お腹の虫の音が鳴り響く。

 ぐう~。

「お腹すいたな…。そういえば今日喧嘩してしゅばばっと食べちゃったから、いつもの食後のデザート、食べてないんだった。この時間だと…コンビニ?でもなあ…。」

彼女の脳裏には、現在の所持金が浮かんでいた。

「200円かあ…。」

闇の中で葛藤する少女。結論から言うと、彼女は食欲には勝てなかった。


▼▼▼


 リビングでテレビを見ていたら姉が突然口を開いた。

「あら大変、醤油きれちゃってる。明日の朝ごはんに使うのに。」

「醤油くらいならコンビニにあるよな。行ってこようか?」

「ほんとに?じゃあお言葉に甘えようかな♪」

了解と俺は返事をし、財布をカバンに入れる。まあパーカーとジャージでいいだろなんて思いながら、靴を履き玄関を開い…。

「あー!」

「あ?」

あまりに唐突な姉の声に、ついついオウム返ししてしまった。

「九時くらいだと思ってたら十時じゃん!あたしも一緒に行くわ!」

「どうしてさ。タイムセールでもあるのか?」

「なにバカなこと言ってんの。補導されちゃうのよ!」

「ああ、なるほど。」

中学のころ、塾の帰りで遅くなることは多々あったので慣れてしまっていたが、この時間にわざわざお醤油を買いに行くのは外出の正当な理由にはならない。これは普通に姉が行くだけでよかったのではと思ったが、姉はそのことに気づいていないようなので黙っておくことにした。

 街灯の光を浴びながら、夜の近所を姉とうろついていた。この町には電車が通っていて、その線路沿いの細道を歩き、大通りと交わる交差点で曲がるとコンビニにつく。わざわざ自転車で行くほどの距離ではないが、歩くうえでは五分くらいかかるので、話題として前から気になっていた質問を姉に投げかけてみることにした。                                     

「看護の専門学校を卒業してから一年と少し経ったけど、その職に就いたりはしないのか?」

「うーん、考えたのは考えたんだけどね。パパっと看護師になって一人暮らしも始めて、ついでに病院で出会った若い学生をとっ捕まえて食べてやろうかとも思ってみたり。」

その場合とっ捕まるのは姉ちゃんだけどな。

「だけど、とりあえず家で家事をやって、主婦力を上げるのもありかなーなんてね。」

「なるほどねえ。」

我が家で家事をやってくれている理由が、自分のためでよかった。その歳で、仕事の多い両親や学生である俺のためにわざわざ家事をやっているのだとしたら、それは姉にとってもったいない気もしてくる。そんなことを考えていると、この時間まで明るい、便利でありがたい店が見えてきた。


△△△


ピロロン

「いらっしゃいませ」

少女は食欲を抑えきれず、こんな時間に買い物に来てしまった。そんなに良い行動ではないので、フードをかぶり目立たないようにしていた。こそっと歩き、冷蔵陳列されたプリンたちを眺める。プリンは何種類かあった。シンプルだけど大きめのプリンや、そんなに大きくはないけど生クリームとの二層構造のもの、そして小さめだがクリームやフルーツの乗ったやたら豪華なプリンもあった。ただ所持金があまりないので、せいぜい買えて一つだ。質を取るか量を取るか、お財布のためにいっそ買わないという選択肢もあった。

「どうしよう…。」

彼女は結構、まじめに悩んでいた。


▼▼▼


 入店音を聞きながら、ゆったりと店内に入った。遅めの時間なので客も少なく、見回す限りはスイーツの陳列の前に一人いるくらいだった。そんな中、姉は突拍子もないことを言い出した。

「あれ、何買いに来たんだっけ。」

「醤油だ。明日の朝ごはんは豆腐なんだろ?」

「そうだそうだ!お醤油買いに来たんだったね。」

「年なんじゃないのか?」

「失礼な!まだぴちぴちの二十一歳ですよ!」

ふーん。と言いつつ、醤油がありそうなところまで歩いた。

「お、あるねー。さすがコンビニ。コンビーフビニール。」

略称の見当違いもいいとこだろ。

「でもやっぱりちょっと高いね。小銭だけで足りるかなー…あれ?」

「どうかしたかい姉よ。」

「ごめん、財布持ってきてないんだった☆」

「そんなポップな言い方をして許されるような関係だと思っているのか?」

「てへぺろ」

久しぶりに聞いたよそれ。

「てことでお願いします!」

「明日の晩御飯は肉料理で。」

「わかりましたお兄様!」

「はわ~、肉料理…。はっ!」

…人の声が聞こえたが、姉の口は動いてない。

「姉よ、腹話術でも習ったか?」

「一回挑戦したことあったけど唇くっつけて発音するマ行バ行パ行をどう発声していいかわかんなくて挫折した。」

姉はプチ挫折を語ったのちに、少し声を小さめにして「多分…」と続ける。

「あそこにいる子じゃないかな。」

姉がさしたほうには入店時からずっとスイーツ陳列にいた人が、耳を真っ赤にしてしゃがみ込んでいた。

なるほどね。と言いながらそのまま醤油を手に取る。そして…

「おい、それちょっと貸せ。」

「え!?あの、えと…。」

半ば強引に、その子が持っていたプリンを奪い、そのまま会計に向かう。

「これお願いします。」

たまの気まぐれ。年に一回くらいの善行を、なぜかここで起こしてしまった。ここのコンビニはスイーツにはそれほど力は入れていないので、プリンの種類で悩んでいるわけじゃないだろう。それに、肉料理はそんなに珍しいものでもないはずだ。ふつうはお母さんが作ってくれる。だとすればあそこでずっと悩んでいる理由は…。


▼▼▼


「ほら、これやるよ。」

会計が済んだ後、動揺で立ったまま固まっていたプリンの子に、プリンを渡した。

「いいんですか…?」

「いらねえなら普通に俺が食べるぞ?」

「ありがたく…いただきます!」

返されたあまりにもまっすぐな感謝に、少し照れ臭くなってしまった。そんな中、店員が申し訳なさそうに声をかける。

「お客様!すみません、ただいまキャンペーンをやっておりまして、先程のお会計が500円以上でしたので、くじが一回引けます。この箱から見ずに一つお選びください。」

「く、くじか…。姉ちゃん、頼める…?」

「うーん、いいけど今日占い十二位だったしなあ。」

「占いなんて大差ないだろ!」

「じゃあ歩夢くんがひいてもいいじゃん。」

「俺は無理だって。知ってるだろ?」

「あ、あの…!」

プリンの人がくじの押し付け合いに割って入ってきた。

「私が引いてみてももいいですか?」

「ま、まあいいけどそんなに自信があるのか…?」

「はい。任せてください。」

くじなんて運である。運が絡むものは全般、俺はうまうま棒くらいしか当たらない。

 なのにプリンさんからは、はったりでもビックマウスでもない強い『自信』が感じられた。

「じゃ、じゃあ、お願いします。」

わかりました。と箱の中に手をするりと入れ、一枚紙きれを取り出す。

「え!?すげえ!あ、おめでとうございます!!こちら、全国のコンビニエンスストアで使える三千円分の金券です!」

まじか、本当にやりやがった。160円くらいのプリンが三千円になってしまった。店員さんも素で驚いちゃってたよ。

「すごーい!やるじゃんプリンちゃん!」

「あ、ありがとうございます…。」

姉は歓喜のあまりプリンさんに抱きついて頭をなでていた。初対面の人に何してんだうちの姉は。そんな姉の首根っこをつかみ、回収する。

「帰るぞ姉よ。投稿初日に遅刻するわけにはいかないから今日はさっさと寝る。」

「わかった!わかったからかかと引きずるのやめてー。サンダルだからー。かかとなくなっちゃうからー。」

姉はサンダルの裏を見た後、「ばいばーい、ありがとねー」とプリンさんに手を振っていた。


△△△


「ばいばーい、ありがとねー。」

 さっきの陽気なお姉さんが手を振りながらそう言ってくれたので、そっと一礼した。

近頃あまりいいことがなかったけれど、あの二人のおかげでなんだか元気が出た。明日から行く学校もそんな人がいてくれたらいいなと、そう思った。い勢いで買ってもらってしまったプリンを眺めているとあることに気づく。

「あ、これ一番量いっぱい入っててカロリーが一番高いやつだ…。まあでも…」

見ず知らずの人が、私のことを何も知らないはずなのに、お腹すいてるんだなっていうことだけで買ってくれたプリンだ。それに恩返しもちゃんとできたわけだし。


△△△▼▼▼


「「たまにはいっか。」」


▼▼▼


「なにが?」

「柄に合わず善行をしたこと。」

「柄に合わずだなんて、自分で勝手に決めてるだけなんじゃない?」

「というと?」

「だって歩夢くんはそもそも優しい子じゃん。」

「俺、世界嫌いなんだけど。」

「今は嫌いかもしれないけど、でも歩夢くんはまだ世界のほーんの一部しか見てないよ?もしかしたら、まだ見てない部分は歩夢くんだって好きになれるかもしれない。だから、これからまだまだある人生でもっともっといろんな世界を見て、いろんな人に会っていけばいい。きっと明日はいいことあるよ。」

「そういうもんかね。」

「そういうもんさね。姉からの言葉よ。おぼえておきなさい。」

まだ半信半疑なので、適当に心にしまって、そんなもんかととりあえず思うことにした。

 

 家に帰り、床に着く。そこで、先程適当にしまった姉の言葉を思い返す。確かに考えてもなかった。もしかしたら明日からは何かが変わっていくのかもしれない。肩書きは高校一年生となり、周りの人間はガラッと変わる。いったいどんな人と出会ってしまうのだろう。でも今までさんざん運が悪かったんだ。たまにはいいこともあるのかもしれない。そんな希望を少しだけ持って、その日はぐっすりと眠った。決してあらがえない、運命の人物と出会う明日が待っていることも知らずに。

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