ヘルゲート〈味方に殺された勇者は後に魔王と呼ばれた。〉

アンドリュー

第1話 勇者の涙

魔族と人が魔法を使い争う異世界。長い年月の中で双方は異世界での覇権をめぐり、争い合っていた。そしてついに、長きにわたる戦いに終わりが近づいていた。




魔族の王が控える国【リバイン魔導国】。その国の中央には、巨大な城があり、城の最も高い棟の最上階の屋外で勇者達四人と魔王の争う姿があった。激しく魔法や武器による戦いをする両者は数日に及ぶ攻防にかなりの疲労感をみせていた。




「勇者よ!ソナタの力を魔族の王として認めよう!300年という長きに渡り戦った者の中でソナタは最も強者であると!」




「そんな言葉を聞くために俺達は戦ってるわけじゃねえ!お前達魔族は無作為に人々を襲い、苦しめてきた!そんな事を許せないからここまで来たんだよ!」




頭から大きな二本の角を生やし真っ白の髪をオールバックにととのえた齢50代程の見た目をした魔王と、黒い髪の30代程の勇者は共に剣を合わせながら魔法を放ちつづけていた。そんな勇者の背後では壁役の男騎士と女魔法使いが聖女の治癒魔法により介抱されていた。魔法と剣で戦う二人を見ながら騎士はくぐもった声をだした。




「じ、徐々に形勢は【ネロ】に傾き始めているが、隙を見せれば即座に形勢が逆転しかね無い!そんな時に私は助けにもなれないとは、、【イムリス】、治癒魔法でこの切断された片足が付くにはどれ程かかるのか?!」




「もう少しで結合は終わります。ただ、魔王との魔法の打ち合いで腹部に損傷を負った【リーファ】さんの治癒も同時にしてるので、【ドル】さんの足を完全に治すには時間が、、」




イムリスと呼ばれた長い金髪に白い修道女のような衣服の聖女は、治癒魔法を二人にかけながらドルと呼んだ40代程の鎧を身に付けたガタイの良い騎士に返答した。




「それでいい!仮にでもくっついていれば魔王の攻撃をこの身で受け、一瞬でも隙を作れるだろう!」




「そんな!?駄目です!その体でそんな事をすれば、ドルさんは確実に死んでしまいます!魔王を倒す事が終わりではなく、新たな時代のスタートなのですよ!」




「だからこそだ。新たな時代にはもう妻と娘は居ない。であらば、その時代の礎を築き愛する家族の元へ行く事に何の未練も後悔も無い!」




ドルの言葉にイムリスによって治癒魔法を受けていた肩までの赤い髪に魔女の様な黒いドレスの30代程のリーファが反応した。




「イムリス、この戦いまで数えきれない者達が犠牲になってきた。その者達の意志を無駄にしない為には、先の時代に思いを馳せる前に、この場で勝利しなければならない。だから、その大バカ者を行かせてやってくれ。わらわもその為に魔法で援護する。」




イムリスは瞳の涙をこらえ、決心を固めた。


未だ魔王と熾烈な戦いを続けるネロの動きが徐々に疲労からおぼつかなくなった時、魔王はその一瞬の隙を見逃さず自身の持つ剣に雷を纏わせ勇者に向けて振り下ろした。




「さらばだ勇者よ!」




「オールカバー!」




魔王の剣が振り下ろされた瞬間ネロの目の前にドルがその身を盾に現れた。唐突に現れたドルの体からは飛び出す様に血が吹き出た。




「なっ!?ドル!?!」




ネロがドルに呼び掛けた時、魔王の足下から無数の鎖が地面を砕き現れその体を捕らえた。魔法を放ったネロの後方のリーファは続き様に魔法を放った。




「十字の元に懺悔せよ[クルーシファイ!]」




魔王は背面に現れた十字架に磔られた。同時にイムリスの治癒魔法により回復されたネロに口から血を吐きながらドルが叫んだ。




「ネロ!今だー!!」




皆が作り上げた一瞬ドルの背後から飛び出たネロは自身の持つ剣ともう一本の剣を出現させ、冷気と火炎を双剣に纏わせた。




「これで終わりだー!合成魔法![ジャッジメント!]」




ネロの渾身の攻撃により魔王は二本の切り口から氷と炎があがり、リーファの魔法により魔王を拘束していた鎖と十字架はその反動で粉々に砕かれた。




「、、なるほど。余が老いたわけではないのだな。やはりソナタは今までの誰よりも強い。だが、これで平和になるなどは思わぬ方が良いぞ?」




十字架から解放された魔王は四人の前に立ち意味深な言葉を伝えた。




「それはどういう事だ?もうお前には何も出来はしない!この戦いは終わったんだ!」




「、、哀れなものだな。勇者よ、我ら魔族と人とが争う前にこの世界に何があったか知っているか?我はただバランスをとっていたにすぎない。次期に分かる。」




ネロに魔王が返答し終えた時、勇者達の援護として、城内の魔族と戦っていた軍と司令官である王子が現れた。黄金の髪に豪華な装飾の施された鎧を身に付け、ネロと同じ30代程の王子は状況を見るや否やネロ達に言葉を掛けた。




「状況としていぜん魔王は生きているが、最早消滅は時間の問題のようだな?長きに及んだ戦乱は終わり、これでこの世は救われるであろう!」




王子の鎧には殆ど傷が無く、現れたタイミングからネロ達は何か不穏を感じた。




「エレン王子、ご無事で何よりです。城内の方も落ち着いたのですか?」




「無論、大多数の魔の者たちは討ち、世の大安は約束された。勇者ネロ、並びに守護騎士ドル、暁の魔法使いリーファ、そして、神聖なる治術師イムリス。貴公等の献身によりこの世界は救われたのだ!」




ネロの言葉にエレン王子は言葉を返したが、次に紡がれた王子の言葉に一同は驚愕した。




「故に、残る脅威は魔王を凌駕した力を持つ貴公等のみ!その脅威を退ける事で、平和は完成する!そして最初に討つべきは、勇者達を回復させられる者、すなわち、、、」




その言葉と共に何かの合図を出すように王子が片腕を上に上げたその瞬間、イムリスの背に三本の矢が突き刺さった。ゆっくり前のめりに倒れるイムリスを目にし、急な出来事に理解が追いつかずにいたイムリスの隣に立つリーファの背にも数本の矢が射たれた。




「イムリス!!!リーファ!!!」




「この外道どもがー!!」




ネロの呼び掛けに二人は共に倒れたまま返事をかえす事は無かった。その様子を目にしたドルは雄叫びを上げながら王子達の元に駆け出したが、直ぐに王子の配下の者達の魔法により出現した光の枷が手足と首に巻き付く様にその動きを止めた。同様に背後のネロと魔王にも光による拘束が為され、三人は完全に身動きを封じられた。




「魔王との闘いでかなり消耗しているようだな?貴殿らがこの程度の魔法で身動きを封じられるなど!では、正義の下に平和な世の礎となる事を感謝する!」




「やめろーーーーーーーーーーー!!!!」






























ネロの悲痛な叫びは空を覆い尽くす雲に虚しく響きわたった。頭部を失くしたドルの体は力無く地に伏し、ネロは感情を失くした瞳でその脇に転がるドルの頭部に視線を向けていた。生前に家族を亡くした時にすら涙を堪え、共に平和の為に戦ってきたドルの最後の顔からは、その信念を打ち砕かれたかのように無念がる表情から大粒の涙を流した跡があった。




「貴公等の名誉は守る事を約束しよう!その死は魔王との戦いの末共に亡くなった事にし、功績を称えて後世に英雄として語り継ごう!」




王子は剣に付いたドルの血を振り払い、ネロに語りかけながら歩み寄ってきていた。未だ感情を喪失させたままのネロは、その瞳から一筋の涙を流した。その時、背後から魔王がネロに語りかけた。




「何とも勝手なものだな人間とは。まあ、我ら魔族もあまり変わらぬが、ここまででは無かったな。だが最後に良い余興を見せて貰った!その礼と、ソナタの力を称えてあの者達に復讐する力を与えてやってもよいが、どうするか勇者よ?」




魔王の問いかけに未だ無反応のネロの前にエレン王子が到達した。その事に気付いたネロは光の無い目をドルから矢によって倒れたイムリスとリーファに向けた。




「新たなる平和な時代に栄光を!」




エレン王子の剣が振り上げられた時、ネロの瞳には怒りや憎しみの光が宿り、エレン王子に殺気を放ちながら視線を向けた。




「そんな時代は、来ない!!!!」




ネロの殺気に当てられたエレン王子は一瞬たじろいだが、直ぐにその剣をネロの首に目掛けて降りおろされた。瞬間ネロの視界は大きく乱れ、自身の体の全体を目にした。その体の背後には既に一部が灰のように消滅しかけていた魔王がこちらを見据えて呟くように言葉をはっした。




「地獄の果てより楽しませてもらうぞ、【元勇者ネロ】よ。」




その言葉を自身の体を見つめながら聞いた後、ネロは深い暗闇へと誘われていった。


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