第8話 はじめて
お風呂上がり、お父さんにドライヤーを当ててもらいながらスマートフォンをいじる。お父さんのなんだけど、調べたいものがあって少し借りているのだ。スッ、スッと画面をタップして、検索窓を開き、文字を打ち込む。
えーと、正式名称なんだっけ。まぁいいか。国際、絵画、コンテスト。
「何調べてんの?」
「あのー、あれ。国際コンテストの発表あってないかなって」
「今日なの?」
「判んない。けど、中旬ってあったからそろそろあるはずなんだよねー」
ドライヤーの音に負けないように声を張る。
お父さんの指がわたしの髪を持ち上げて、軽くすきながら遠めにドライヤーを当てる。わたしの髪はお母さんみたいに背中に掛かるほどではないけど、風を当てられるとふわっと持ち上がるくらいには長い。いつも大体こうして5分くらいやってもらっている。
たっ、たっと小さい画面を叩いてページを表示する。これでもない、これでもない。うーん。似たような名前のはずなんだけど、出てこないなぁ。
あ、と気付く。自分の名前で検索すればいいのだ。そうしたら、この間代表に選ばれているサイトは出てくるはず。そこから多分飛べるだろう。
『なつ』まで入れて検索候補に出てくる苗字をタップする。そのままアリスと出てくるので合わせて変換して、虫眼鏡のマークを叩いた。
ずらりと、沢山の検索結果が出てくる。
お母さんほどではないけど、わたしも小学校に入ってからこちら色んなコンクールで賞をもらっている。検索結果の数はそれまでに手に入れた評価の可視化でもあって、それがたくさんあることはやっぱり嬉しい。
たまに、同じ名前の別の人も引っかかっているけど、それは仕方ない。
「あった」
一番上に表示されているサイトの国内予選優秀賞の欄に、自分の名前を見つけた。ここから、国際コンテストの方に飛べば、
「うわ」
飛んだ先のサイトは全部英語だった。アルファベットは自分の名前くらいなら読めるけど、そもそもそれがどこに書いてあるのかが判らない。一番下まで見てみたけれど、結果発表は一番最初のページにはないみたいだ。
「お父さん、これ読めるー?」
「あーちょっと待って、もうちょいで終わる」
首元、うなじの辺りの髪を持ち上げて最後のブローをしていたお父さんが、パチリとドライヤーを止める。
「つかあれじゃん、翻訳すればいいよ」
そんな機能が。
お父さんはわたしの手からスマホを取り上げると、左手にドライヤーを持ったまま右手だけで器用にスマホを持ち替えて二、三回画面を操作してすぐに返す。
「ありがと」
「うむ」
それだけ言って、わたしの頭を少し眺めて満足げに頷いたお父さんはお風呂場の方へ歩いていった。わたしの次はお母さんの髪を乾かしに行くのだ。
受け取ったスマホを見てみれば画面の文字は全部日本語になっていて、ヤングアーティストコンテストと大きな文字が躍っていた。その下に小さく「結果」の文字があるので、多分これだろう。
開いたページはさらに年度別に分かれていて、そこに一番新しい今年の分があった。やっぱり更新されている。
ととっ、とイラストの部分をタップすると読み込みが始まる。ちょっと遅い更新を待ちつつ、そういえばしづかさんの娘さんも代表になっているって話を思い出した。下の名前はなんていうんだろう。聞いておけば……、あ、でも森さんだろうから居たら判るか。
ページの更新が終わりきる前に、わたしは画面のスクロールを始めた。絵のテーマごとに分かれている三つのカテゴリで、それぞれ一等、二等、三等と表示されている。この辺はちょっと違和感があるけど、翻訳機能の都合もあるんだろう。途中でアメリカの人が漢字三文字の名前になっていたから、どんな風に変換されたんだろうってちょっと笑ってしまった。
表彰ページ。名前の隣にはその人の描いた絵があって、一緒に出身国名も書いてある。
わたしの名前より先に「森白雪」という名前を見つける。驚きながらも「あ、選ばれてる。しかも一等か、すごいなぁ」と呑気に考えていた。
白雪さんの絵は、油彩でありながら使う色を絞った水墨画のようなデザインで、ほんの少しだけ置かれた赤い色が、不思議な魅力を放っていた。どこかで見たような覚えがある、そんな印象とともに白黒の華が、わたしの目に焼き付く。
一緒のジャンルを受賞している他の二枚と比べても目を惹いて、技術的に飛びぬけているような印象を持った。
しづかさんが言うだけはあるし、ちょっと会ってみたい、かもしれない。そんなことを考えていた時はまだ気付いていなかった。
一番下まで行って、それ以上スクロールできないことに気付いて、一度上に戻る。
そうやってまたゆっくりスクロールしていって二週目で、ようやく気付いた。
わたしの応募したカテゴリーは白雪さんと同じだった。
そして、そこにあった他の三枚の絵はどれもわたしの描いた絵ではなく、
受賞者の欄に、夏目アリスの名前はなかったのだ。
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